26. 餅つき1
望は中央へ跳んで行ったルナとうさぎさんを目で追いかけた。
いつの間にか山の上には大勢のうさぎが集まっていたようだ。
数十匹、いや、数百匹か。
本物のうさぎも、うさぎのキャラクターグッズもいる。真鍋にセクシーモーションをかけていたバニーガールは、もち米の中を優雅にモデル歩きしている。
それに見とれたお父さんうさぎが、お母さんうさぎに蹴られて転がっていった。くるっと回転して起き上がると、お父さんうさぎはお母さんうさぎのもとへ駆け寄った。慌てて何かを言っているようだ。お母さんうさぎはぷん! とソッポを向いている。
望はぷっと吹き出した。
どこの世界も事情は似たり寄ったりらしい。
色とりどりのうさぎたちは、ぴょんぴょんと跳びはねながら、楽しそうに声を上げている。お祭りのようなわくわくの高揚感に、望も笑顔になる。
いいな、私も参加しようかな。でも、お清めをしたとはいえ、土足だし。靴を脱いで素足でお米を踏むというのも、ねえ。
稲作文化で育ってきた身としては抵抗がある。
望が躊躇している間にも、もち米の上を思い思いに跳んでいたうさぎたちは、どんどん動きを同調させていった。
やがてみんなが同じ間隔で跳び始める。
米粒だったもち米はどんどん潰れていき、まとまりができてきた。お餅に近づいてきたようだ。
ぴょんぴょんぴょん
うさぎたちが跳ぶと、まとまってきたもち米も一緒に宙に浮き上がる。
ぴょーんぴょーんぴょーん
うさぎたちはどんどん高く、望の身長よりも高くジャンプし始めた。
あ、これ無理だわ。
望はあっさりと参加を諦めた。
望が思い出したのは、小さい頃、親にねだって遊ばせてもらった『ふわふわトランポリン』だ。イベント会場によくある、空気で膨らませる大型のトランポリン。お城の形をしていて、中に入るとベースボールほどの大きさのゴム製のボールがゴロゴロ転がっているやつだ。
思いっきり飛び跳ねると、三回に二回くらいのペースでボールにつまづいて転ぶ。必死で起き上がろうとしても、他の興奮しきった子供たちが方々でジャンプしてるから、横倒しになったまま流されて、壁にぶつかるという……いや、壁も柔らかい素材だから痛くはないのだけど。
運動神経には全く自信がない。自分の能力をきちんと把握するのも大人の嗜みよね。
ふふっと余裕げに笑って、望は保護者モードに入ることにした。
「だーっ! お前たち! しつこい! 餅で遊んでろ!」
山の頂上をくるっと一回りしてきた真鍋が戻ってきた。そのまま両手で子うさぎたちをひょいひょいと中央に放り込んでいる。
子うさぎたちは嬉しそうに声を上げて跳んで行った。
「おかえりー」
大人気なく子供と全力で遊ぶ成人男子のお帰りだ。
「おう!」
片手を挙げて真鍋は返事をした。額の汗を手で拭って、白い歯を覗かせて笑う。
爽やかだ。
これはあれだね、部活のマネージャーがタオルを持ってくるやつだ。「真鍋先輩、使って下さい!」って柔軟剤のいい匂いがするふかふかのタオルを渡すやつ。
そういうのは望には無理なので、スルーすることにする。
「お前さんたち、楽しんどるかね」
ひょっこりと姿を現したのは、真っ白いうさぎだった。ルナに案内を頼んでくれた長老さんだ。
「長老さん! はい、おかげさまで、よくしていてただいて」
望は頭を下げた。真鍋も軽く会釈をする。
「今年はお前さんたちが来てくれたから盛り上がっとるのぉ。あんなに生き生きとしたルナを見たのは久しぶりじゃ。ありがとうよ」
長老さんは他のうさぎたちと一緒に飛び跳ねながら餅つきをしているルナを見て、愛おしそうに目を細めた。
「こちらこそ、ありがとうございます。ルナに案内してもらえたおかげで、貴重な体験がたくさんできました」
「……川に流されたり、風に吹っ飛んだりな」
ぼそっと真鍋が呟いた。望は無言で真鍋の脛を蹴った。
「おい!」という顔で真鍋が望を見る。
望は「なにか?」という顔で小首を傾げた。
「ふぉっふぉっふぉっ。青春じゃのう」
長老さんが可笑しそうに笑う。
望は少し躊躇って、拳を握りしめながら聞いた。
「あの、長老さん。ルナから、月の加護がなくなってしまうかもと聞いたんですが……」
長老さんはキョトンとした顔をして、声を上げて笑い出した。
「ふぉっふぉっふぉっ。心配しなさんな。お前さんたちが生きている間はまだ大丈夫じゃよ」
望と真鍋は面食らった。まさか笑い飛ばされるとは思わなかったのだ。
「ばあさん、大丈夫じゃねーだろ。将来的にはやばいってことだろ、それ」
真鍋が真剣な声で言った。
「星はいずれ滅びる。太陽は燃え尽きる。それがこの世の理じゃ。この楽園も同じこと。あの子はちょいと悲観的すぎるからな。優しすぎるが故に、他のうさぎの痛みを、自分のこととして捉えてしまうところがあるのじゃよ。はじめの頃にお前さんたちにきつく当たったのも、うさぎが傷つかないようにするためじゃ。許してやっておくれ」
「そんな。全然気にしてないです。私たちがいきなり現れたのがいけないんですから。ルナが優しい事はすごくよくわかります」
望は両手をぶんぶんと振って否定した。
ねえ真鍋くんと真鍋の方を見ると、聞いているのかいないのか、真鍋は腕を組んで眉を顰めている。
……待って。やめて。また地団駄踏む系?
望は真鍋の方に手をやって、真鍋を宥めにかかる。
「そういうことじゃ、」と言い始めた真鍋にかぶせるように、長老さんはやれやれと続けた。
「若者はせっかちじゃのう。そんなに結論を急ぎなさんな。今あるものに感謝する。そういう気持ちも大切じゃよ? 手元にあるからといって安心していては、他の者に掻っ攫われるぞ?」
長老さんはちらりと望を見てから、真鍋に流し目を送った。
「ばあさん! やめろ!」
真鍋は真っ赤になって両手を振り回した。
つられて望も赤くなった。
「隙ありっ!」
お餅と一緒に飛び跳ねていたうさぎが一匹、白い塊から高速で跳び出て来て、真鍋の頭に跳び蹴りしようとした。
パシリ。
真鍋はその蹴りを片手で受け止めると、うさぎの後ろ足二本をつかんで逆さづりにした。
「俺様がいつまでも同じ手に引っかかると思うなよ」
真鍋は悪役のようにニヒルな笑みを浮かべた。
「きぃぃぃ」と悔しそうにうさぎが鳴いた。身を捩らせて、必死に真鍋の手から抜け出そうとしている。
どこかで見覚えがあると思ったら、この茶色いうさぎは、森の中で真鍋の頭を踏み台にしたうさぎだ。
へぇぇ。うさぎって鳴くんだ。
感心しながら望は真鍋の手をパシリと叩いた。
真鍋は肩をすくめると、うさぎの足を掴んでいた手を離した。
うさぎはすぐに飛び退くと、また真鍋に食ってかかった。
「この子はずいぶんとお前さんのことを気に入っているようじゃの」
仲良きことは良い事じゃの、と長老さんは頷いた。
「そうかあ? こいつ結構本気で蹴ってくるんだけど」
うさぎの蹴りと噛みを余裕で払いながら、真鍋が言う。
「うさぎ流の友好の証じゃよ。うさぎは気に入ったものを噛むからのう」
「うさぎって電気コードとか噛んじゃうんですよね。それで感電しちゃううさぎがいるってニュースで見たことあります」
『うさぎをケージから出すときは家電のコードに気をつけて!』とネットニュースに書いてあったのを読んだときは、なんで美味しくもないコードなんて噛むんだろうと思っていたけど。
「電気こーどはのう、なんとも言えずにそそられるものがあるみたいじゃの。うさぎにとって猫じゃらしみたいなもんじゃな。そのせいで月に戻ってくるうさぎは毎年後を絶たないからの。ルナにこっぴどく叱られておる」
かかかと長老さんは笑った。
自分で話題を振ったがいいが、リアクションに困る答えが返ってきて望は困ってしまった。
「えっと、真鍋くんのことをお友達だと思ってるってことだよね? よかったね、真鍋くん!」
望は明るい声で真鍋に振った。
「しょうがねえな」
まんざらでもないように真鍋は笑った。手を止めた途端にうさぎに噛みつかれている。
「一緒に餅つきしたいんじゃないかな、その子。行ってあげたら?」
「いやー、俺はさすがに餅つきは、」
「隙あり!」
何匹かの叫び声が聞こえたと思ったら、大きい何かが望たちのところへ飛んできた。
望は思わず目をつぶって、頭の前に手をやった。




