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十五夜の夜、うさぎは月に還る  作者: 上条ソフィ
十五夜の夜、うさぎは月に還る
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25. 月の加護

「のんちゃーん! きたの!」

 うさぎさんがもくもく煙の中からぴょんと跳び出てきた。そのまま望の胸にぽふっと収まる。

「わ! うさぎさん。びっくりした。無事に着いたんだね。よかった」

 望はうさぎさんを手で受け止めると、頭を撫でた。


 指先にべちょっとした何かが引っかかった。

「……? うさぎさん、これどうしたの?」

「のんちゃん、うさぎ、もちつき、てつだってる!」

 うさぎさんは目をキラキラさせながら自慢げに言った。


「えっ。餅つき!? 駄目だよ。うさぎさん、危ないよ。うさぎさんは紙でできているんだから、もち米がくっついたらベタベタして取れなくなっちゃうよ」

「大丈夫ですよ。先ほどこの子は蜂蜜の川で泳いだでしょう」

 ルナがのんびりと言った。


 泳いだっていうか、流されたっていうか。


「そこで蜂蜜のコーティングがされましたから。うさぎたちはみんなここに餅つきに来る前に、川に入って蜂蜜コーティングをするか、泉でお清めをするんです。そうすればもち米にくっつかないようになります」


 そういえばルナの体もツヤツヤした見た目になってるな、と望はルナをまじまじと見た。


「そうなんだ。じゃあ、くっつかないね」

「うさぎ、くっつかない。うさぎ、もちつきする」

 キリッとした顔で宣言すると、うさぎさんはまたぴょんともち米の中に入っていった。

 手の甲サイズのうさぎさんは、すぐに見えなくなってしまった。


「大丈夫かな。うさぎさんは白いし、もち米も白いし、わかんなくなっちゃわないかな?」

「大丈夫ですよ。あなたがここにいれば、あの子は必ず帰ってきますから」


 望は目を凝らしてもち米の中にいるであろううさぎさんを探した。

 もくもく蒸気の間から小さく見えたうさぎさんは、もち米の中を楽しそうに飛び跳ねている。


 お友達と追いかけっこしたり。

 もくもくの蒸気に体を突っ込んで「あついー!」と叫んだり。

 もち米が引っ付いて動けなくなって、大きなうさぎに助けられたり。


 うむ。微笑ましい。

 でも……大丈夫なんだよね?

 望は心配になってきた。


 子供の成長を見守る親ってこういう気持ちなのかもしれない。危ないから、と行動を制限してしまえば、子供はすくすくと育たない。でも側から見ると、危なっかしくてたまらない。


 望はその場で手をわさわさと動かしたり、手をぐーぱーさせたりと、忙しない。


「やっぱり私近くで見てくる!」

「まあ落ち着けって。お前のうさぎはおそらく最強種だ。俺ら二人を月まで連れて来たんだぞ?」

 真鍋が望の肩をぽんと叩いた。


「そう……なんだけど。うさぎさんがお餅の中に入っちゃったらどうするの」

「そしたら美味しく食ってやれ」

 望は真鍋の脇腹に思いっきりパンチした。

「冗談だって! 紙なんか食えないだろ!」

 脇腹を押さえながら真鍋が抗議した。


「やれやれ。気の遣い方が子供並みですね」

 ルナが呆れたように首を振る。

「そうだよ! 真鍋くんのばーか!」

「ばかって言う方がばかなんですぅー」

 真鍋は望に向かってあっかんべーをしてくる。


 この男! 小学生か!

 もう一回殴ってやろうか。いや、腹筋が硬すぎてこっちの手のダメージのほうが強い。


 望が拳を振り上げると、真鍋はわざとらしく脇腹を押さえて痛がり始めた。


 もう知らないんだから!

 望はぷん! とそっぽを向くと、ルナだけに話しかけた。

「それにしてもすごいね、ルナ。うさぎがどんどん集まってくるね」


 一応、自分も小学生のような態度を取っている自覚は、ある。いやー、月の楽園の威力は恐ろしいですなー。はっはっは。


 望は「小学生か」というツッコミがブーメランのように返ってくる何とも言えない気持ちを紛らわせるために辺りを見渡した。

 大勢のうさぎがどんどんと山の上に登ってきては、中央のもち米のところに集まってきている。


「毎年やってるんだっけ? すごいね」

「毎年やっていることは確かですが、ここまで大規模なものは久しぶりですね。そもそも協調性のないうさぎたちですから、共同作業というものが苦手なのですよ。ですが、兎年だけはこうやって集まることが習わしとなっています。餅つきをして、大魔女様に感謝の祈りを捧げるためです。

 ……人手があってよかったのかもしれませんね。何とかとハサミは使い方次第と言いますし」

 ルナはちらりと真鍋を見た。

 真鍋は無言で片眉を上げた。


「のんちゃんも来て下さってよかったです。お手伝いいただけますか?」

「もちろん。何でもするよ」


「お前な、気軽に何でもするとか約束するなよ。なんかあったらどうするんだ」

「その時は真鍋くんのことを頼る」

 望は即答した。

 真鍋は言葉を詰まらせてから、照れたように言った。


「そんないきなり振られても。確かに俺は頼りになる男だけどな、」

「だって真鍋くん、ボス猿っぽいから」

「……は?」

「新入社員研修の時もリーダー役とかよくやってたし。好きなんじゃないの? そういうの」

「なっ。違う。あれは周りのやつらがやれって」

「そうそう。だから、適材適所ってやつだよ」


 人には向き不向きというものがある。望にはできないことができる人がいる。だったらお任せすればいい。

 望は望のできることをするだけだ。


 今ですか? 今の最優先事項は、うさぎさんとルナを愛でることですね。


「月に来れてよかったな。うさぎさんには本当に感謝だわ。それにここの子たちも、私達のことを受け入れてくれてるってことだよね?」


 最初の頃は警戒していたうさぎたちも、望たちに慣れたのか、それとも飽きたのか、目が合うだけで固まる子も逃げ去っていく子もいない。


「そうですね。気に入らない相手だったら、飛び蹴りされてバリアの外までひとっ飛びですね」

 ルナが淡々と言った。


「そしたら宇宙に放り出されて、全身が膨張して血液が瞬間沸騰するんだもんな」

 真鍋は乾いた笑いを浮かべた。


「……ここでこうして餅つきができるのはあと何回ほどでしょうかね」

 ルナは寂しそうに目を細めた。


「どういうこと?」と望が聞こうとしたところ、うさぎさんが戻ってきて、ぴょんとルナの頭に着地した。


「るなー! るなもやろう!」

「うさぎさん!」

 望はしゃがんでうさぎさんの頭を撫でた。


 もち米パワーなのか、つやつや感が増している気がする。


 餅つきがよっぽど面白かったのだろう。うさぎさんは興奮したように体をそわそわと揺らしている。

 ルナはくすぐったそうに耳を振るわせた。


 うさぎさんの無事を確認してほっとした望は、うさぎさんを撫でながら話を続けた。


「兎年にやるんだったら、十二年に一回やるんじゃないの? 止めちゃうの?」

「そういう習わしではあるのですが……月の加護はどんどん薄れてきているのです。長老様がお話された、偉大なる大魔女様の偉業のお話は覚えていますか?」

「うん、あれだよね、月にバリアを張ったっていう」


 望は空を見上げた。

 大空に広がる青は、地球と変わらない。

 雲も太陽も。

 どこまでも続くかと思われるこの空が、実はバリアだなんて、地球にいた頃に聞いていたら冗談だと思って軽く流しただろう。


「そうです。大魔女様は、私たちに楽園を作ってくださいました。その加護は、大魔女様が儚くなられてからも、こうして私たちを守ってくださっています。ですが、それも恒久のものではありません。

 形あるものはいつか壊れる。

 命あるものはいつか死に絶える。

 これも自然の摂理です。

 生まれた瞬間から、人も物も死に近づいていっている……そう言ったら悲観的過ぎますかね。

 命は巡り、生まれ変わる。その過程で変化をしないものなどないのです。私たちもその一部。そうは分かっているのですが……」

 それ以上言葉が続かなくなったのか、ルナは口をつぐんだ。


「……どうにかできないのか、その加護とやらは。自分しか扱えないシステムを残して死ぬなんて無責任だろう、その魔女は」

 仕事の引き継ぎというのは、と真鍋が真剣に怒り始めた。


 いきなりどうしたんだ、と望が真鍋を見ると、「あの後輩、引き継ぎもろくにしないで辞めやがって、こっちの身にもなってみろ。取引先に怒鳴られたのは俺らなんだからな」とぶつくさ言っている。


 ああ、その話題、総務にまで届いてきたわ。なんか大変だったらしい、とは聞いていたけど、いまだに真鍋くんがこんなに怒っているくらいだから、よっぽどだったんだろうな。


 望が当時のことに思いを馳せていると、真鍋はよっぽど腹に据えかねていたのか、どんどんヒートアップしている。


「大体な、仕事っていうのは誰がやっても結果にさほど影響が出ないくらい標準化しておくべきなんだよ。世の中のワンマン社長とかカリスマ社長とか、ああいう奴らは『自分と言う存在こそこの会社のすべて』なんてナルシストなことを思っているから厄介なんだ。そういう奴はだいたい後継者をきちんと育てないまま死んで、その後会社が混乱を起こすんだよ。『自分でないとこの仕事はできない』状態に持っていくなんて、その魔女はいったい何様なんだ!」

 真鍋は腕を組んで、苛立たしげに右かかとを地面に小刻みに叩きつけている。

 周りにいたうさぎたちも、何事かと遊ぶのをやめて真鍋を凝視している。


「え、いやだから魔女様でしょ?」

 ねえ、と望はルナを見た。


「そう……ですね、大魔女様です」

 ルナは目をぱちくりとさせて呆気に取られている。


 しんと辺りが静まり返る。


「ちがーう! そういうことじゃねえ!」

 真鍋が叫んだ。


「いいか! 仕事というものはっ!」

 真鍋は地団駄を踏み始めた。


 周りのうさぎたちがドン引く中、子うさぎが一匹真鍋にそろそろと近寄った。

 子うさぎは「ちがーう!」と叫びながらぴょんぴょんと真鍋の周りを跳び始めた。

 それを皮切りに、子うさぎたちがわらわらと集まってきて「ちがーう!」の合唱が始まった。


「なっ! お前ら! 違う! そうじゃねえ!」


「ちがーう!」

 ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。


 真鍋と子うさぎたちは追いかけっこを始めてしまった。


 しんみりとした雰囲気は、真鍋の癇癪で吹き飛んでしまった。


 ぷっと望は吹き出した。ふっと肩の力が抜ける。

 ルナと顔を見合わせると、自然と笑いが込み上げてきた。


 真鍋くんて頭はいいけど時々空気読めない人なんだなあ。と思ったのは本人には言わないようにする。また地団駄踏まれたら困るし。


「ふふふ。ああ、可笑しい。こんなにたくさん笑ったのなんていつぶりでしょう。余計なことを言って困らせてしまい、申し訳ありませんでした。あなた方に甘えてしまいましたね。

 大丈夫です。大魔女様はきちんと仕事の引き継ぎをされて逝かれましたよ。地球からお弟子さんを一人連れてこられたのです。彼が大魔女様の加護が長く続くように管理をしてくださいましたから。

 いつまで保つかは誰にも分からないのですが、それでも今、私たちは今こうして集まって餅つきをすることができる。それで充分です」


「ルナ……」


「さて、私も餅つきに参加するとしましょうかね。さ、いきましょう」

「るな、いこう! はやく!」


 ルナはうさぎさんを連れて中央に跳んで行った。

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