ディオン皇太子殿下と7つの聖剣
とある日、フローラがいつも通りに学園の教室でマギーとおしゃべりしていると、マリアンヌが取り巻きの女生徒達から離れて話しかけてきた。
「これはフォルダン公爵令嬢ごきげんよう。」
「あら、マリアンヌ様。何か御用ですか。」
マリアンヌはにんまり笑って。
「今度、ディオン皇太子殿下が皇太子妃様と外遊からお帰りになりますわ。大きな顔をしていられるのも今のうち。貴方が私からローゼン様を奪い取った事を報告させていただきます。覚悟なさい。」
フローラが答える前に、いつの間にいたのか、フィリップ第二王子殿下が頭を抱えて。
「そうだ。あの兄上が帰ってくるのだ。頭が痛い。」
フローラが疑問に思い。
「私、あまり皇太子殿下を知らなくて。どのような方ですの?」
「それはだな…。兄上は、えらく規格外の方なのだ。3年も外遊に行ってしまわれるのも、規格外だが。ここだけの話…」
フローラとマリアンヌ、マギーを手招きし、小声で。
「勇者の再来と言われている。」
マリアンヌが高笑いをしながら。
「さすが皇太子殿下。すばらしいですわ。」
慌ててフィリップ殿下は指先でシーっとしながら。
「背中に勇者の印が百合の紋章がこう…でかでかと一面に。ふつう小さくあるものだろう?ああいうものは。」
フローラも頷いて。
「確かに、奥ゆかしく、ありますわ。そういう印って。」
マギーも思い浮かべるように。
「肩にちょこっととかありますよね。皇太子殿下凄いですね。」
フィリップ殿下が言葉を続ける。
「それにだな。聖剣を7つも見つけて来たらしい。」
「普通ひとつでは?石に刺さっていたのを、勇者が抜いておおおおおおっ。っていうのが定番ですわ。」
フローラの言葉にフィリップ殿下が聞いた事を思い出したように。
「散歩に馬で出かけたら、地面に突き刺さっていたらしい。道をふさぐように。一週間連続で。引き抜くたびに、通行の邪魔だったのをどかしてくれて有難うと民衆に感謝されたとか。」
マギーがアハハと乾いた笑いをしながら。
「何か悪意としか思えませんが。す、すみません。不敬罪ですよね。」
フィリップ殿下が首を振って。
「いやいや。私も悪意しか感じられないと思っていた所だ。そもそも本当に聖なる剣なのだろうかと、ローゼン騎士団長に見て貰った所、そのうちの一振りが輝きだして、その輝いた剣をローゼン騎士団長にあげたそうだ。」
それを立ち聞きしていたのだろうか。ソフィアがぼそっと。
「その7つの剣って、持ち主が決まっているんじゃありません?皇太子殿下は持ち主に渡すように単なるお使いに過ぎなかったんじゃないでしょうか?」
全員が慌てて指先を唇に当てて、しいいっと言う。
フィリップ殿下が。
「ソフィア、単なるお使い扱いはさすがにまずい。」
マリアンヌも。
「そうですわ。皇太子殿下に聞かれたら、それこそ不敬罪に問われますわ。」
フローラが立ち上がって。
「その剣、私も見てみたいわ。ねぇ。フィリップ殿下、どうにかできないかしら。」
「出た。フローラ様の我儘攻撃。」
マギーの言葉にフローラはにっこり笑って。
「私はフォルダン公爵令嬢。見たいものは見たいんですもの。」
マリアンヌが両腕を組んで呆れて。
「ちょっと、ローゼン様の事を皇太子殿下に報告するって言ったわよね。貴方、聞いていなかったの?」
「マリアンヌ様も見たいでしょう。どんな剣か。」
「そりゃ…見たいけど。」
フローラは腕を振り上げて。
「よし、決定。フィリップ殿下、よろしくお願いね。」
ソフィアがうっとりと。
「聖剣が見られるなんて、私、楽しみです。フィリップ殿下。」
フィリップ殿下はやれやれと。
「私も見せて貰った事はないのだ。解った。兄上に頼んでみよう。」
「「有難うございます。」」
皆が一斉に礼を言う。
そして、3日後、フローラ、マギー、ソフィア、マリアンヌは宮廷の本殿に招待された。
ドレスを着ていくのは大変だろうと王家が気を利かせてくれてお達しがあり、皆、灰色に赤のリボンのついた学園の制服で訪れる。本殿の入り口でフィリップ殿下が出迎えてくれた。
「兄上がお待ちだ。」
4人は応接室に通される。フィリップ殿下と共に座って待っていれば、ディオン皇太子殿下が現れた。
黒髪の背の高い、さわやかな感じの若者である。
「良く来たな。俺がディオンだ。今日は聖剣を見たいとか。」
マリアンヌが立ち上がり、制服のスカートを両手で摘み、優雅におじぎをする。
「お久しぶりです。マリアンヌです。殿下。」
「おおっ。あのマリアンヌか。大人っぽくなったな。」
ディオン皇太子殿下にとってマリアンヌは従妹である。
フローラもマギーもソフィアもそれぞれ自己紹介をする。
「フローラ・フォルダン公爵令嬢ですわ。」
「ああ、ローゼンと婚約したそうだな。その節はうちのフィリップが失礼した。兄として申し訳なく思う。他の女性にうつつを抜かすとは。」
ソフィアが申し訳なさそうに、
「その…ソフィア・アルバイン伯爵令嬢です。私がうつつを抜かされた、相手です。」
フィリップ殿下はソフィアの傍に行き、その手を取って。
「私はソフィアをあきらめた訳ではない。ソフィアと婚姻したいのだ。」
マリアンヌが立ち上がり。
「皇太子殿下。その前に私のお話を。フローラが、その泥棒猫が私からローゼン様を強引な手段でっ。」
ディオン皇太子殿下は呆れて。
「何やら修羅場だな。今日は聖剣を見に来たのではなかったのか?」
フローラが慌てて。
「そうなのです。聖なる剣を見たくて。皇太子殿下。お願い致しますわ。」
マギーは自己紹介しそびれて困っているようだ。
「あの…私、マギー・エスタル伯爵令嬢です。ご紹介が遅れて申し訳ありません。」
ディオン皇太子殿下は笑って。
「いやいや、紹介する隙がなかったからな。かまわぬ。それでは部屋へ移動しよう。」
奥殿へ行けば鍵がかかった部屋があり、その鍵を開ければ、部屋の中央に6本の剣がそれぞれ立てかけてあった。
1つ目は赤い炎のような形の大ぶりの剣、黒龍の彫刻が鞘に巻き付いている。
2つ目は橙色に淡く輝いた花が鞘や柄にあしらわれた小さめの剣。
3つ目は透き通るような緑に草木の装飾が鞘や柄に施された中位の剣。
4つ目は装飾は何もなく青空のような透き通った青色の中位の剣。
5つ目は鞘の根元が藍色の暮れ行く夕空のような深みを持つ、先に行くにつれて橙色に色を変えている美しさを持つ中位の剣、柄に月と星が装飾されている。
そして最後の6つ目は紫色の水晶のような美しさを持つ宝石をあしらった小さめの剣である。
ディオン皇太子殿下が3つ目の緑の剣を手に持ちながら。
「この剣だけが手にしっくり来るんだが、どうも後の剣は持ち主を探しているらしい。金色の中位の剣があったんだが、ローゼンにやってしまった。あの剣がローゼンを求めていたようだったからな。」
フィリップ殿下が目を輝かして。
「私がもし選ばれたのなら、頂いてよろしいのですか?」
ディオン皇太子殿下が頷き。
「勿論。持ち主を探さねばならない。それが俺の使命だと思っている。」
フィリップ殿下が赤い色の大きいな剣に触ろうとした。
ばしっと光が走り、弾かれる。
「な、なんだ?触れないぞ。」
マリアンヌも紫色の水晶のような小さめの剣を触ろうとするが、それもバシっと弾かれた。
「何なのかしら。嫌がられているわ。触られる事さえ。」
ソフィアが興味深そうに剣一つ一つを見ている。
「不思議ですね…この剣達を見ていると、何だか持ち主がイメージできます。例えばこの赤い剣。激しい気性の相当鍛えた方が使う。そんなイメージ。それに比べて隣の橙の剣はとても繊細で綺麗。花びらが透き通った装飾が施されてまるで女性向けのような…。」
その言葉にフローラが惹かれるようにその橙の剣を手に取れば、その剣が喜ぶように明るく輝いて。
「何かしら。この剣。まるで私を待っていたよう…。とても手にしっくりくるのよ。」
マギーも傍でその橙の剣をマジマジと見て。
「何だかこの剣。フローラ様のようですわ。美しくて、華やかで。」
ディオン皇太子殿下はフローラに向かって。
「その剣は貴方にあげよう。フローラ。」
「有難うございます。ディオン皇太子殿下。」
マリアンヌがきいいいと悔しそうに。
「他の剣も触れなかったわ。なんでこの女だけが優遇されているのよ。聖剣にも。ってこの女、魔族じゃなかったかしら。」
ディオン皇太子殿下は宣言するように。
「我が国は魔族と持ちつ持たれつ成り立っている。聖なる剣の一つがフローラを選んだということは何か意味があるのだろう。」
フローラは大事に橙の剣を抱きしめ。
「何の意味があるのかしら…」
フィリップ殿下が考え込むように。
「3つは持ち主が解っているのでしょう。兄上。後の4つの持ち主を探さないと。」
「ううむ。どうやって探したらよいだろうか…何か良い案はないか?」
ソフィアが4つ目の青の剣を見つめ。
「この剣は若くて心の綺麗な人…少年?青年?とても正義感が強いわ。5つ目の藍色の剣は
こちらも若い青年…でも綺麗な心と共に闇色も持っている人…。そして最後の一つは。」
紫色の豪華な宝石があしらわれた小さめの剣を見つめる。
「女性…とても高貴なプライドの高い…女性用だわ。これは。」
フローラが紫色の剣に近づいて。
「何だかお姉様を見ているよう。そしてこっちの剣…。藍色の夕空のような剣はまるでクロードみたい。」
マギーも剣をじっくりと見つめながら。
「確かにお二人を思わせますね。その剣。」
ディオン皇太子殿下は。
「その二人を今度、連れて来てほしい。この聖なる剣が望むなら渡すとしよう。」
フローラが頭を下げて。
「有難うございます。今度、姉とクロードをお連れしますわ。」
ソフィアが赤い剣と青い剣を見つめ、
「これで5つですね。後の2つは誰なんでしょう。」
フローラも2つを見つめて。
「まるで心辺りがないわ。赤い剣はとても危険な、怖い物を感じる。どんな方なんでしょう。」
フィリップ殿下が青い剣を手に持とうとするも、バシっと弾かれる。
「悔しいな。私ではないのか。」
ディオン皇太子殿下は、フィリップ殿下に。
「選ばれた事は光栄とは言えないぞ。何か使命があるに決まっているからな。まったく、
俺は呪われているのか。背中と胸にでかでかと百合の紋章の痣があるし。」
皆が驚いたように、フローラが。
「胸にもあるんですか?」
「ああ。最近、胸にまで浮かび上がってきた。まったく、神様は老眼か何かだと思えるんだが。余程、俺の事を勇者だと念押ししたいらしい。」
しつこそうな神様に見込まれたディオン皇太子殿下は大変だよなぁと思う一同であった。
フローラは聖なる橙色の剣を大切に抱えながら。
使命とは何かしら。それにはローゼン様も、おそらくお姉様、クロードも関わってくる。
何だかとても心配だわ。
我儘令嬢フローラであるが、何が待ち受けているのか、とてつもなく不安になるのであった。