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白蓮教 首都連続爆破事件  作者: 松本忠之
13/18

尊師

王恵妹と金橋は衝撃を抑えきれなかった。特に王恵妹は。なぜ。どうして。一体、何がどうなってしまったのか?気が付くと、へなへなと床に座り込んでいた。すぐに気付いた金橋が支えてくれた。しかし、再び立ち上がる気力もなかった。不思議と、涙は出ない。しかし、体に力が入らない。金橋が「大丈夫、大丈夫だよ」と優しく背中を撫でてくれた。

白蓮堂に潜んでいた白蓮教徒たちが確保されたとの一報が、人民大会堂の劉鋭たちにもたらされた。全部で十名。全員が白装束を着ていたという。しかも、顔まですっぽり隠れる頭巾をかぶっていた。九名は一人の人物を守るように梅岩山の中を逃げ回っていた。しかし、九江市公安局の包囲網により、一斉逮捕された。そんな目立つ姿でどこへ逃れようとしていたのかは不明だが、山道もない、険しい山の中で発見された。この十名で全員なのか、他にまだ逃げている信者がいるのか、それはこれからの取り調べとなる。信者は全員が黙秘しているという。恐らく、事前にそう取り決めていたのだろう。

十名は公安の護送車へ連行された。これから九江市公安局の留置所に収監され、取り調べが行われる。特殊部隊の隊長は、護送車を発車させる前に、教祖とおぼしき人物をテレビ電話で劉鋭に見せようとコンタクトしてきたのだった。

興奮気味に隊長が語る。

「白蓮教の信者十名を確保しました。現在、護送車に乗せています。これから、公安局に連行しますが、まず第一報として、指揮官にお伝えしたいと思いまして」

「よくやってくれた。本当に、よくやってくれました。感謝します」

「とんでもありません。任務を遂行したまでです。それより、本当に驚きでした。教祖と思わしき人物です」

「何が驚きだったんですか?」

「女性でした」

これには、人民大会堂の一行も言葉を失った。無意識のうちに、男性だと思っていたからだ。

「教祖は女性、ですか?」

「はい。他の九名は全員男でしたが、その九名全員が、一人の女性を守るようにして逃げていたのです。また、あの女性が教祖であることは、信者の一人が認めています」

そういうと、隊長は後部座席に座る教祖を、カメラに映すように部下に指示した。護送車は後部座席との間に鉄格子が設置されており、まるで牢獄の中にいる犯人を見るような映像だった。

「この人物です」

そこには、うつむき加減の女性の顔があった。だが、車内が暗く、うつむいているめ、顔がはっきり見えない。劉鋭がそういうと、車内灯が付けられ、呼びかけられた教祖が顔を上げた。

その瞬間だった。金橋は最初、気が付かなかった。というより、あまりに想定外のことで、気付けるはずがない、ともいえた。小さな悲鳴を上げて、席を立ってスクリーンに近づき、食い入るようにその顔を確認したのは、王恵妹だった。

「江静!」と王恵妹が叫んだ。

「えっ!」金橋はその声で初めて気が付いた。

なんと、王恵妹の大学時代の親友、江静がそこに座っていたのだ。王恵妹は力を失い、その場に座り込んでしまった。

「何かありましたか?」と九江側が聞いてきたが、「いえ。大丈夫です。まずは無事に署まで連行してください。その後、またこちらに連絡ください」

「わかりました。医師を呼んでいますので、移動中に車内で健康状態を確認し、問題なければ、すぐにでも取り調べを開始します。まだ余罪があったり、逃走中の信者がいるかもしれませんので」

「そうしてください」

テレビ電話が切れた。

劉鋭は顔露に目配せし、王恵妹を休ませるように指示した。

顔露は頷くと、「さぁ。あなたはとても疲れてる。別の部屋で少し横になって」と王恵妹を立たせた。王恵妹は気丈にも大丈夫だと言い張ったが、どちらにしろ、今すぐ取り調べは始まらない。取り調べが始まったら、必ず呼び戻すからと説得し、別室へ連れて行った。

「どういうことでしょうか?」と劉鋭が二人だけになった部屋で金橋に聞いた。

「あの教祖、うちの大学の卒業生で、王恵妹の同級生であり、大親友だったんです」

さすがの劉鋭もこれには驚いたようだった。

「詳しく教えてください」

「彼女は私の生徒ではなかったので、私も詳しくは知りません」と答えた。王恵妹なら何でも知っていると言おうとして、止めた。劉鋭がそれを聞いて、強引に王恵妹から話を聞くとは思わないが、それでも、あまりのショックに座り込んでしまった王恵妹を気遣わざるを得なかった。

顔露が戻ってきた。王恵妹は隣の部屋のソファに横になっているという。また、すでに医者が手配されており、こちらに向かっているという。

金橋は、顔露にも劉鋭に伝えたことと同じ内容を伝えた。

「今は、彼女を少し休ませてあげないと」と顔露が女性らしく気遣った。

「そうだな。彼女が戻ってきたら、江静という教祖について詳しく聞いてみよう。それにしても、教祖が女性で、しかも彼女の大親友だったとは」と劉鋭はいまだに驚いている様子だ。

劉鋭は、教祖一行の逮捕を郭部長に報告するため、再び部屋を出た。

「郭部長。九江市の山中に潜んでいたテロリスト一行を確保しました」

「すでに報告は聞いている」と郭白生は言った。

「ご苦労だった」

「ありがとうございます」

「パレードも無事に始まった」

「はい」

「無事に完了するまで、油断するな」

「承知しました」

「それから…」と郭白生が少し間を置いてから、「李凱がそちらに向かっている」と告げた。

劉鋭は黙って次の言葉を待った。

「李凱は、ドローンを操縦していた男の取り調べに自分も参加したく、そちらへ向かっていたが、どこからか九江市での教祖確保の報告を聞いて、急遽、そちらに合流すると、副部長を通じて私に言ってきた」

劉鋭は、なるほどと思った。郭白生が、自分の報告より先に教祖確保について知っていたのは、なぜだろうと思っていた。李凱だったのだ。李凱なら、劉鋭の命令系統とは違う筋から情報を入手することは可能だろう。そして、劉鋭よりも早く、自分に裏金を渡した副部長を通じて、情報を郭白生に伝えることで、自分の存在意義を示したいのだろう。そして、教祖の取り調べの場に自分がいないことが許せないのだろう。李凱は自分で取り調べをしたいのではない。取り調べの現場に自分もいて、情報をいち早くつかんで、上層部に伝えるためだ。劉鋭よりも早く。劉鋭は李凱の変わらぬ姑息なやり方に、苦笑するしかなかった。

はっきりいって、李凱の同席は邪魔にしかならない。そういう姑息な行動をするからというのもあるが、そもそも人格的に周囲から毛嫌いされている人物がその場にいるだけで、他のメンバーは居心地の悪さを感じるだろう。だから、本音では李凱の同席を拒否したいが、郭白生の手前、それもできない。劉鋭は黙って郭白生の指示に従うことにした。

「劉鋭。お前にひとつ言っておく。李凱がそちらに到着したら…」と郭白生がある指示を出した。

劉鋭が部屋に戻ると、なんと李凱はすでに到着していた。顔露が困ったような顔で劉鋭を見た。

「劉鋭。お手柄だな」と李凱が相変わらずの態度で言った。

「君もご苦労だった」

「おやおや。労いの言葉か?そんな言葉が指揮官様の口から聞けるなんて、思ってもなかったぜ」と卑しい笑みを浮かべた。

「パレード開始時には、パレード車両の周りをうろうろし、教祖確保の報を聞くや否や、今度はここへ駆けつけてきたか」

劉鋭の皮肉を、李凱は鼻で笑った。

「ところで、ここには何しに来た?」と劉鋭は構わず聞いた。

「そんなもの、聞かなくともわかっているはずだ」

「なんだ?」

「とぼけるな」

「さぁ。わからんな」

李凱は劉鋭に聞こえるくらいのあからさまな舌打ちをしてから、「教祖の取り調べをするんだろう?九江市の連中はここにテレビ電話をつないで取り調べするはずだ。おれも同席する」

顔露が何か言いかけたが、劉鋭が制した。金橋は、不安そうにこの状況を見守っている。

「李凱、その必要はない」

「なんだと?」

「お前が取り調べに同席する必要はないと言ったんだ」

李凱はイヒヒと歪な笑い声を立てた。

「指揮官さん、まだわからないようだな。あんたはZG本部でもおれをのけ者にしようとした。だが、なぜわからないかね。あんたは確かに指揮官だから、おれに命令する権利はある。だが、おれにはもっと上のバックがいるんだよ」

「口を慎んでください!劉鋭指揮官に向かって、あんたとは何ですか!」とついに我慢しきれなかった顔露が声を上げた。

「いいんだ、顔露」と劉鋭は言うと、「もと上のバックだと。誰だ?」

李凱は再び歪な笑い声を立てると、「そんなもの、いわずもがな、だろう」と言った。

「お前、九江市での教祖確保の一報を、郭部長に入れただろう?」と今度は李凱が聞いてきた。

「もちろんだ」

「郭部長は、さぞ褒めてくれただろう、お前の手柄を?」

「労いの言葉はいただいた」

「それだけか?」

「郭部長は、私が報告する前に、すでに教祖確保の件をご存じだった」

えっと声を上げたのは顔露だ。当然だろう。指揮官である劉鋭が報告する前に、郭白生に報告しているものがいるとすれば、命令及び報告系統がめちゃくちゃだ。

「そういうことだ。劉鋭、お前はおれを見くびった。だがな、おれはお前より早く、状況を郭部長まで届けることができる。特別なルートを持っているからな」

郭白生の次の公安部長の座を、劉鋭の直属の上司である柳躍進と争う副部長の顔が浮かんだ。このテロが発生した時に、郭白生の部屋にいた二人の副部長のどちらかだろう。いや、もしかしたら、二人が共謀しているかもしれない。柳躍進が「二匹の醜い鴨」と呼んだ二人だ。どちらかが部長の座につき、もう片方が主席副部長の座につき、権力にしがみつこうという魂胆か。

「それはご苦労なことだ。だったら、私が報告する手間が省ける」

「やっとわかってきたようだな。そういうことだ。お前の報告など、郭部長にとっては二番煎じでしかない。現場指揮官の報告が二番煎じとはな。お前はあまりに仕事が遅い。おれみたいに、スピーディーに仕事をすることだ」

顔露がついに席を立ちあがった。李凱を睨みつける。

「劉鋭。お前に惚れてるこちらのお嬢さんが、怖い顔でおれを睨んでるぜ」と李凱が言うと、劉鋭は顔露には何も言わず、突然、金橋に話しかけた。

「金橋先生。先生は、漢伝仏教の大家であられる。中国の古典や古文にもお詳しいことでしょう」

金橋は、何が起こったのかという顔をしている。

「そんな先生にお聞きします。『狐假虎威』のことわざをご存知ですね?」

「もちろんです。日本語にも『虎の威を借る狐』といって、ことわざになっているほど、有名な言葉です」

「そうですか。日本人も使いますか。ところで、このことわざの由来になった故事については、いかがですか?」

「知っています。ある日、トラがキツネを捕まえて食べようとしたとき、そのキツネが、自分は神様から百獣の王に命じられたので、食べてはいけません。もし嘘だと思うのなら、自分についてきなさい。森の動物たちは、わたしを見たらみんな逃げ出すでしょう、と言います。トラは言われた通りにキツネの後ろについて森を歩くと、確かに動物たちはみな逃げ出します。もちろん、それはキツネが神様から百獣の王に命じられたなどという嘘が原因ではなく、トラが後ろにいるから、恐くて逃げ出したのですが、トラはそれに気付かず、キツネを恐れて逃げ出したと思ってしまった。そんな内容です」

「さすが先生。では、お聞きします。ここからは故事としての言い伝えではなく、この故事を使って、ケーススタディをしてみたいと思います」

李凱は話の行きつく先がどこなのか、それがわからないという風に、ただ劉鋭と金橋のやり取りを見ている。そしてそれは、顔露も同じだった。座ることも忘れ、立ったまま、二人のやり取りを見ている。劉鋭は金橋に話しかけ続けた。

「トラを後ろに従えたキツネは、威風も堂々に森の中を闊歩します。自分を見て動物たちが次々と逃げ出していく様子を見て大満足。中には自分に反抗しようとする姿を見せる動物もいるが、やはり後ろに控えているトラを恐れて、手が出せない」

「はい」

「では、先生にお伺いします。そのキツネとトラの関係は、いつまで続くでしょうか?」

「いつまで、ですか?」

「そうです。一生、そのままの状態でいられるでしょうか?」

金橋は、劉鋭の着地点がわかった。着地の仕方については知らないが、劉鋭の中で、何か確証があるのだろう。これは、しっかりとこの会話に乗らなければと思った。

「一生は無理でしょうね」

「そうですよね」

「一生どころか、一日、いや、一時間も持つでしょうか?」

劉鋭は、金橋の聡明さに感謝した。この大学教授は、この会話の着地点に気が付いた。

「そうですよね。では、もしもトラが、キツネに騙されていたと知ったら、どうでしょうか?」

「それはキツネさんにとって、大変なことになりますね。今まで、騙して自分の後ろを歩かせたわけですから」

さすがに会話がここまで来ると、李凱の表情が変わり始めた。

「劉鋭。何を言いたい?」

劉鋭はその声を無視すると、ドアの外に控えている公安局員を呼んだ。そして、何かを指示すると、その局員は一旦、退室した。

「この故事のみそは、キツネがトラを騙しているという点です。騙されている方からしたら、気付かないうちはいいが、気付いた時には、それはそれは怒るでしょうな。先生、いかがでしょう?」

「もちろん、その通りです。しかも、キツネはトラを騙しただけでなく、その威を利用した。そして、トラの威を、あたかも自分の権威のようにした。トラにとっては、騙された上に、利用された。二重の怒りがあることでしょう」

「ご名答。さすがは金橋先生ですね。では、その二重の怒りに震えたトラは、キツネをどうするでしょうか?」

これについては、金橋はどう答えるか迷った。話の着地点は劉鋭だけが知っているからだ。

「さぁ。想像するしかありませんが、元々、この故事の出発点は、トラがキツネを食べようとしていたということです。よって、怒りに震えて、食べてしまうのか。それとも、食べるのもおぞましいと殺すだけで食べはしないのか。まぁトラは動物だから、本能に従って食べてしまうかもしれませんね」

「先生、またしてもご名答です」と劉鋭が言うと、「入れ!」と劉鋭が大きな声を出した。突然、ドアが開いて、公安の制服を着た人間がぞろぞろと部屋に入ってきた。全員、劉鋭を見てその指示を待っている。

「この男だ」と劉鋭が李凱を指差すと、突然、李凱を羽交い絞めにし、両手を後ろに引きつけた。

「な、何をする!」と李凱が叫ぶと、劉鋭は一言、落ち着いた声で言い放った。

「李凱。お前を公務執行妨害で逮捕する」

顔露は驚いたまま、固まってしまっている。

「なんだと?」

「聞こえなかったか?じゃもう一度教えてやる。お前は、今回のテロ事件の捜査において、指揮官である私の命に従わないばかりか、明らかな妨害工作もした。その妨害工作は、公務執行妨害に当たる」

「お前に、おれを逮捕する権利があるのか!」

「おいおい。お前も公安の人間だろう?公務執行妨害の、しかも現行犯なら、おれにもお前にも、逮捕する権利はあるんだ」

「馬鹿を言うな。上が許さないぞ」と李凱が言うと、劉鋭は告げた。

「この逮捕はな、トラの命令だ。おれの意思ではない。お前はトラを怒らせたのだ」

李凱がここに来る前の郭白生との電話で、郭が劉鋭に伝えた内容。それは、劉鋭も驚く、李凱逮捕の指示だった。その話を聞く直前に、劉鋭は何を指示されても、郭白生の言うとおりに動こうと決めていたので、同じ公安局員の、しかも副指揮官クラスを逮捕せよとの指示にも、躊躇なく「わかりました」と答えた。郭白生の中で、あるいはその周辺で、いったい何があったのかは知らない。だが、これまでもそうだったように、劉鋭自身にとって、それはどうでもいいことだった。権力闘争には興味がない。自分の任務を果たすのみ。

李凱はまだ喚いていたが、劉鋭の「連れていけ」の指示で、部屋から連れ出された。あれだけ暗躍した人物が、今はその手首に手錠をはめられて連行された。金橋は、その急展開に驚きつつも、劉鋭のクレバーさに驚嘆した。顔露は信頼と尊敬の眼差しで劉鋭を見つめた。


一方、その頃、国家公安局の総本部ビル二十階、部長室では、郭白生が劉鋭の上司であり、副部長でもある柳躍進と、その他二名の副部長を呼び出していた。

「諸君も知っての通り、天安門のパレード車両を狙ったドローン攻撃は防いだものの、全部で四つのビルが爆破され、死傷者が出て、殉教者も出た」

死傷者、殉教者という言葉に、厳粛な空気が流れる。

「白蓮教とかいう秘密結社の教祖とその一味は九江市で身柄を拘束した。取り調べが進めば、どんな組織か、何が目的か、余罪はあるのか、残党がいるのか、詳細が明らかになるであろう」

三名の副部長がうなずく。

「全体的な総括はこれから行うとして、現段階で、すでに捜査上の問題として明るみに出ている事象がいくつかある」

そういうと、郭白生はスマホを手に、情報を確認しながら話し始めた。

「今回の捜査には、金橋強という、中央民族大学の宗教学院の助教授が加わっている。一般人であるにも関わらず、ZG本部に入り込み、公安と共に行動し、全国各地の公安局とのテレビ会議にも普通に参加していたという」

二名の副部長が柳躍進を見た。そこには、その教授を公安内部に侵入させたのは劉鋭だぞ、つまり、お前の部下だぞという態度がありありと出ていた。

「しかも、この教授は今もまだ、劉鋭と行動を共にしているそうだ」

二名の副部長の得意げな顔がさらにその度合いを増した。

「これは我が国の公安及び捜査体制史上、非常に重大かつ由々しき問題である」と郭白生が断言した。

「郭部長。しかし、この教授がいなければ、テロリストの正体も不明でしたし、九江市のアジトの手がかりも見つかりませんでした」

柳躍進が必死で言い訳するのを、郭白生は制止して、

「もちろん、そういう特殊な事情があるのはわかっている。だが、一般人を組織内部の深部まで入り込ませておいて、そのままで済むわけがないことは、君もわかるだろう?しかも」

少し間をおいて、

「その教授は日本人と中国人のハーフで、日本国籍だという」と言った。

柳躍進は黙って頷くことしかできなかった。

「劉鋭が指揮官としての判断で行ったことだ。劉鋭本人にも責任があり、尋問する必要がある。しかし、一般人である上に、日本国籍の者を内部に招き入れた行動は大いに問題だ」

郭白生はさらにそう述べると、「後日、諮問委員会を開くことになる。君は劉鋭と共に、申し開きがある場合は、そこで言いたまえ。今ここで私に訴えたとしても、意味がない」

残り二名の副部長は悠々とした態度で柳躍進がうつむくのを見ていた。

ところが。

「それから、今回のテロ捜査では、それ以外にも重大な規律違反が起こっていた」と郭白生がじろりと二人を睨んだ。

一人が答える。

「き、規律違反ですか?」

「そうだ」

「規律違反は、劉鋭が一般人を公安内部に招き入れたこと…」

「それ以外だ」

ぴしゃりと郭白生が言い切った。

「河南ビル爆破の際、劉鋭は自爆テロの可能性があることを副指揮官である李凱に伝え、それを現場にも伝えるように指示したという。しかし、それがなされなかった」

「そ、そんなことがあったのですか?」

うろたえる二人。どうやら二人の耳には入っていないようだ。

「それが原因で、現場の職員は自爆テロの可能性について一切捜査しなかった。その結果、公安から殉職者が二人出た」

今度は柳躍進が二人の副部長を睨み返すことになった。

「それが事実だとすれば…」と一人が言うと、

「事実だ」と、すかさず郭白生が言い返し、「まだある」と続けた。

「陳剛という隊員を、劉鋭は現場の必要性から副指揮官に任命したに。にも関わらず、李凱は虚言を弄してその座から引きずり下ろした。その虚言とは何か。なんと、この私が陳剛を外すことに同意したという、なんとも馬鹿げた茶番だ」

「そ、そんなことまで」と二人は絶句した。しかし、すぐに、「それなら、李凱に責任がありますね。彼を処罰せねば」と一人が言った。

「その通りだ。李凱のせいで、殉職者まで出てしまうなんて」

二人は口をそろえて、李凱の責任をその場で追及し始めた。

これこそ、郭白生が待っていたものだった。人間は窮地に追い込まれると、その本性を露わにする。忠誠心だけあって、責任感のない人間、また窮地で責任転嫁するような人間は、トップに相応しくない。

「李凱はすでに処罰を受けている」

「えっ」と二人が同時に声を上げた。柳躍進が興味津々の目線で郭白生を見る。

「どんな処罰ですか?」

「逮捕だ」

「逮捕!」

これには柳躍進も驚きを隠せなかった。

「しかしまた、どうして?」

「公務執行妨害だ。河南ビルの自爆テロを現場に伝えなかっただけでなく、勝手に私を利用した」

「しかし、逮捕とはまだ、度が過ぎませんか」

じろりと郭白生が睨んだ。

「殉職者が出た捜査で、指揮の邪魔をする。私の名前を勝手に利用する。そちらのほうがよっぽど度が過ぎているとは思わんか!」

これには、二人とも黙るしかなかった。

「私が直接、劉鋭に指示した。すでに逮捕したと報告もあった」

二人はうつむくしかない。

柳躍進は、郭白生の抜け目のなさを改めて感じていた。彼は最初、郭白生は自分のことを嫌い、この二人の副部長に肩入れしていると思ってきた。この二人のよいしょはあからさまだし、郭白生もそれを当然のことのように受けてきたからだ。そして、李凱を副指揮官に認めたのも、李凱をして劉鋭の粗探しをさせて劉鋭の責任を問い、最終的には自分の責任を問う、そういうストーリーを描いているのだとばかり思っていた。もちろん、そういう側面もあったようだが、一方で李凱の逮捕という、非常に厳しい処遇を実行した。いったい、この郭白生という男は、誰の見方で、公安部の次期トップに誰を据えようとしているのか。それがまったくわからない。それくらい、一筋縄ではいかない男ということか。

「李凱の容疑についても、諮問委員会で問う。李凱を副指揮官にと推薦した君たちの任命責任と共にな。言いたいことがあれば、そこで発言するように」

郭白生はそう言うと、三人の副部長を退室させた。



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