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白蓮教 首都連続爆破事件  作者: 松本忠之
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12/18

空中戦

いよいよ十二時まで十分を切った。顔露がノートパソコンに目を光らせている以外は、全員が窓の外を注視していた。

天安門広場に集まった群衆から歓声が上がる。天安門広場の北側、天安門の前に何台もの黒塗りの車が登場したのだ。その車列の真ん中には、ルーフに遺影を高々と掲げた車両があった。ここに、元国家主席の江卓民同志の棺が載せられている。パレードがいよいよ始まる。出発地点と終了地点が今の場所だ。集まった群衆の中には、涙を流して追悼の意を表明している老人もいれば、このパレードを単なるエンターテイメントとしてしか考えていないような、楽しげな若者もいた。悲喜こもごもというべきか、関心と無関心の入り混じりというべきか。ある種独特の雰囲気に天安門広場は包まれていた。

陳剛は、劉鋭の指示を信じていた。そして、それ以外の可能性は自分の頭から除外し、とにかくそれを探すことだけに集中していた。ありとあらゆる可能性を考慮することは大切だが、それは逆に言えばありとあらゆる可能性に対策を取らねばならないことも意味する。今回の場合でいえば、テロ集団がここ天安門で爆発を起こすのには、時限爆弾を仕掛けたり、手榴弾を投げ込んだり、自爆テロを実行するなど、いろいろな手段が考えられた。だが、劉鋭が示した方法はそのどれにも当たらないものだった。劉鋭は、その方法に対する対策もすでに取らせていた。劉鋭は指揮官として、九江市の教祖の身柄確保にも気を回さなければならないし、また郭白生や李凱など、公安内部の権力闘争もあった。陳剛は、今こそ尊敬する劉鋭に応えるときであると決めていた。

年齢で言えば、陳剛のほうが劉鋭よりも年上だ。確か、自分のほうが六歳年上だ。しかし、陳剛は劉鋭を尊敬していた。それは、劉鋭の出自や経歴、人格によるところが大きいが、それだけではない。劉鋭は陳剛にとって恩人だった。それは数年前の出来事だった。陳剛の妻が外国人と不倫関係になり、それが明るみになった。後にわかったことだが、その外国人は陳剛の妻が国家公安部の妻であることを知って近づき、誘惑し、不倫関係になったのだった。陳剛の妻から公安部の情報を盗み取ろうとしていたのだ。不倫発覚後、陳剛は何度も公安内部の尋問を受けた。本人の問題ではないとはいえ、情報の漏洩は重大な規律違反となる。まして、自分の妻が外国人と不倫関係にあったのだ。陳剛は、懲戒免職を覚悟した。少なくとも、ZG部隊から除隊されるのは確実だと踏んでいた。しかし、最終処分の結果は、三ヶ月の減給とZG副指揮官からの降格のみだった。どうしてそれだけ軽く済んだのか、陳剛は不思議でならなかったが、後日、それが劉鋭の助けによるものだと知った。公安内部での尋問は第三者委員会によって行われていたが、劉鋭が絶えず、陳剛の優秀さを訴えて、国家の大事には必ず必要な人物であるから、ZGから除外すべきではないと進言してくれていたのだ。だが、劉鋭本人はそんなことは一ミリも自分に話したことはない。いまだに、だ。陳剛はその後、妻と離婚し、財産分与も行った。そんな陳剛を劉鋭は気にかけて、度々食事に誘ってくれたものだ。食事に行くと、必ず陳剛を先輩として敬った。陳剛は、年下ながら、自分に期待を寄せてくれる人格者である劉鋭をいつしか尊敬するようになった。そして、いつか任務上で必ず、この恩に報いようと心に決めていたのだった。

今がまさに、その時だ。必ず、天安門での爆破を阻止してみせる。

「十二時まであと八分です」と顔露が全員に伝えた。緊張が高まる。金橋は、陳剛チームのメンバーが監視している双眼鏡の角度が、広場ではないことに気づいていた。最初は高いところから広場を監視し、怪しい人物を見つけようとしているのだと思っていたが、それなら双眼鏡は下方を向いているはずだ。だが、角度は水平。ここは三階。つまり、広場の上空を見ているのだ。

突然、広場の一角で騒ぎが起こった。その場だけ渦を巻いたように人々がしゃがみ始める。もちろん、すぐに警備員が駆けつける。陳剛がすぐに状況報告を要求する。だが、陳剛も、そして劉鋭も、そちらには見向きもしない。

陳剛が隣に立つ劉鋭に話しかける。

「おとりですね?」

「そうだ。動き出したぞ」

騒ぎが起こった場所では爆発は起きていない。ただ、人々がしゃがみ込んでいるだけだ。

「体調不良により、一人の女性が倒れました。医療班を向かわしています」と音声による報告が入った。金橋も王恵妹も、その報告を聞きながら現場を見つめる。気付いたことは、この広大な広場では、その騒ぎに気がつかない範囲のほうが大きいということだ。騒ぎが起こっていることなど露知らず、追悼パレードを待ち望んでいる人々のほうが多い。だが、警備隊の意識は当然騒ぎに向かう。出発直前に騒ぎを起こすことなどあってはならないからだ。続々と警備員が騒ぎの現場へ駆けつけているのが見て取れる。劉鋭は「その女性を病院へ連れて行け。ただし、身元確認をして、病室から出してはならない。監視しろ」と指示した。指示を終えたとき、また報告が入った。

「電波をキャッチしました!」

全員がスピーカーからの報告に集中する。

「北緯39度56分13秒、東経116度13分50秒、錦繍大地スポーツセンターです!」

「迎え撃て!」と劉鋭が指示した。

「動画が転送されてきました。受信しますか?」と顔露が聞いた。

「頼む」と劉鋭が答えた。

受信された動画の映像がスクリーンに映し出される。眼下に町並みが見える。

「ドローンだ!」と金橋が叫んだ。「ドローン?」と王恵妹が驚く。

映像はドローンからのライブ中継だ。そのドローンの前方には、五機のドローンが飛んでいた。これはつまり、ドローンの編隊だ。

「そうか!」と金橋は気がついた。「やつらは、ドローンに爆弾を積んで、天安門を攻撃しようとしていたのか!」

それを聞いた王恵妹の背筋に冷たいものが走った。

劉鋭と陳剛は、金橋のコメントには反応せず任務に集中している。

ドローン目線の映像はぐんぐん進んでいく。ドローン編隊は、天安門広場から飛び立ち、西長安街、復興門内大街と西に向かって突進する。

「どこで捉えられそうだ?」と劉鋭が聞く。

「このまま行けば、甘家口辺りで捉えられます」

顔露がスクリーンの映像を二つに分割し、片方に引き続きドローン映像を、片方に地図を映し出した。

甘家口は天安門から西へ十一キロにある地域だ。地図を見ていた劉鋭は「打ち落とし場所を指示する」と告げると、「玉淵潭公園にある八一湖だ」と指示した。続けて、「相手はこちらがドローンで迎撃することに気付いていない。甘家口上空で相手のドローンを囲い込み、湖上空に誘導しそこで打ち落とせ」と告げた。

「起爆方法はどう思われますか?」と陳剛が聞くと、「落下衝撃だろう」と劉鋭が即答した。

「落下方式ですか。原始的ですね」と金橋が話しかけた。これまで、あらゆる手段を駆使してきた相手だ。いろいろな技術に長けているのに、最後の爆弾は落下の衝撃で爆破させるというのは、時代遅れのような気がしたのだ。

「奴らにとっては、現代版白蓮教徒の乱を完成させる最後の爆破だ。よりインパクトの強い、メッセージ性の高い爆破を実行しようとするだろう。今日のこの状況でその爆破がどのようなものか。上空で爆破させてもインパクトは弱く、それではむしろビル爆破のほうが衝撃が強い。時間が来たら、状況に関係なく爆発してしまう時限式は、ドローンで爆弾を運ぶという時間的な不確定要素が多い方式には向かない。そうなると、答えはひとつしかない」

「まさか」と顔露が珍しくパソコン画面から目を背けて劉鋭を見た。金橋も王恵妹も、陳剛もだ。

「そうだ。ドローンで、江卓民同志の棺を載せた車に爆弾を落下させて爆発させるのが狙いだろう」

一瞬の静寂がその場を支配した。

「敵のドローンを捉えました!」との報告がその静寂を破った。顔露が慌ててスクリーンの画像から地図を消し、ドローンの動画だけに切り替える。

「進路を防ぎ、湖の上に誘導しろ!」

確かに、スクリーンの映像には、前方に黒い影が見える。徐々に輪郭がはっきりしてくる。

「絶対にそれより先に進ませるな!」と劉鋭が檄を飛ばす。

相手のドローンは、突然のドローン編隊の登場に戸惑っているようだった。敵のドローンも、当然ながら、彼らの操縦士がどこかで映像をモニタリングしながら遠隔操作しているはずだ。その操作に、戸惑いと驚きが見て取れた。急にスピードを下げ、様子を見るようにホバリングを始めた。すると、公安部のドローン編隊が隊列を崩し、一機一機が相手のドローンを囲い込むように配置され、同じくホバリング状態に入った。

「近づいて湖の上に誘導しろ!」と劉鋭が指示を出す。公安部のドローンがじわじわと距離を詰める。すると、なんとかその合間を縫って天安門に向かおうと相手のドローンも前後左右に動き始めた。

「全体で追い詰めろ、だが距離を縮めすぎるな」劉鋭が続けざまに指示を出す。

「指揮官、これを!」と顔露が言うと、再びスクリーンにはドローンの映像と地図が映し出されたが、地図上には、ひとつの赤い点と十個以上の青い点が描かれていた。赤が相手の、青が公安のドローンを示していた。他の場所で待機していたドローンも合流したのだろう、公安ドローンの数が増えていた。

赤い点は、戸惑いを隠せず、地図上をうろうろしている。青い点が圧倒的な数的有利を生かして囲い込みを狭くしていく。赤い点はやがて、市街地から湖の上へと追いやられていった。

「北緯39度54分52秒、東経116度19分52秒!八一湖の上空です!」と報告が入った。

八一湖とは、甘家口地区にある玉淵潭公園内にある人口の湖だ。

「打ち落とせ!」劉鋭が指示した。

金橋は思った。小型のドローンが銃やミサイルなどの装備を持っているとは思えない。では、どう打ち落とすのだろうかと。

すると、地図上の青い点が一気に距離を縮めた。映像でもそれはわかる。「体当たりか!」と金橋は思った。

相手のドローンは公安ドローンの体当たり攻撃を間一髪、下方に移動して避けた。しかし、バランスを崩していた。「いまだ!当たれ!」と、劉鋭が指示なのか、願望なのか、どちらともつかぬ声を発した瞬間、一機のドローンが体当たりした。相手のドローンは完全に制御を失い、落下を始めた。そして…。

ドローン映像が下方の八一湖を捉えた瞬間、すさまじい水しぶきがあがった。

ZG部隊から「任務完了」と報告された。

「ご苦労」と劉鋭が声をかけると、「すぐに現場保全に向かえ。怪我人がいないかどうかも調べて報告するように」「それから、ドローンの遠隔操作をしていた人物も確保しろ。錦繍大地スポーツセンターの周辺から飛ばしていたと思われる。パレードの開始に合わせて交通規制をかけているから、自動車やバイクでは自由に移動できない。どこかに身を潜めているだろう。徹底して探すんだ」と矢継ぎ早に指示を出した。

本当は、最後の最後まで忍耐強く待機し、やっとの思いで出動したZG部隊の一人ひとりを労ってあげたかった。しかし、まだ任務は続いていた。

すると、窓の外で大きなクラクション音が響き、それに呼応して群集が歓声を上げた。パレードの出発を告げるクラクションだ。

全員が窓から天安門広場を見下ろす。そこには、何十万という市民が手に中国国旗を掲げて、パレードの出発を祝福する荘厳な光景が広がっていた。

「わ…」と王恵妹が言葉にならない声を発した。

「なんて壮大な」と金橋も感動で声にならなかった。

劉鋭はふうと一つ息を吐くと、陳剛に右手を差し出した。陳剛は「おめでとうございます」とその手を握り返した。一瞬だけ、二人は笑顔で天安門での爆破を防いだことを祝すと、すぐに表情を元に戻した。まだ、九江市での教祖確保の任務が残っている。

劉鋭が「顔露、君の機転の利いた操作に感謝する」とねぎらうと、顔露も笑顔を見せた。そしてすぐに、「九江市につなぎますか?」と聞いた。

「いや。少し休んでくれ。何かあれば、向こうから連絡してくることになっているからな」といい、全員にお茶を飲んで一息つくよう指示した。

「指揮官は?」と顔露が聞くと、「郭部長に報告してくる」と一旦部屋を出た。

テロリストの攻撃を防ぎ、無事にパレードが始まり、一息ついたことで、やっとこのチーム全体にリラックスムードが漂った。まだ九江市でのテログループ確保が残っているとはいえ、どうしても気持ちは緩む。

「まさか、ドローンで爆弾を運んで、棺を載せた車両に落下させるなんてな」と金橋は王恵妹に話しかけた。

「自爆テロもだけど、本当に恐いことを思いつくもんだわ」と王恵妹は応じた。

「ドローン部隊を用意していたんですね」と金橋が陳剛に聞いた。

「指揮官は三つ目の四川ビルが爆破された直後に指示を出していたそうです」

「えっ!あの時は確か、次の河南ビルでの自爆テロの可能性を示唆していたと思いますが」と王恵妹が言った。

劉鋭が報告を終えて戻ってきた。みんなの話を改めて聞いた劉鋭は、

「あの時、まだ李凱がZG本部内をうろうろしていた。河南ビルでの自爆テロについてはあいつを信じて裏切られた。だが、天安門に関してだけは、どうしてもあいつの耳に入れるのは憚られた」

「四川ビル爆破のあと、私は、副指揮官の座を下ろされました。そして、再び復帰させていただいたときに、指揮官からドローン隊を準備していたことを告げられました。ただし、誰にも言うなと」と陳剛が続けた。

「そうだ。李凱を例に出すまでもなく、いつ、どこで、誰が情報を漏らすか、わかったものじゃない。まして、ドローンは天安門を攻撃しようとしていた。そんな重大事項を誰にも邪魔されずに防ぐために、あらゆる気を遣った」

金橋は、改めて、劉鋭の心理的負担を思った。なんという忍耐力だろう。そして、実際にドローン攻撃は起こり、それを未然に防いだ。パレードは無事に始まった。その裏にドローンによるパレード爆破攻撃が未遂に終わっていたことを知る者はほとんどいない。

「それで、双眼鏡でずっと上空を見ていたんですね。私は最初、てっきり皆さんが高所から天安門広場を見下ろして、テロリストを探しているのかと思いました。しかし、皆さんの双眼鏡の角度はどう見ても下には向いていない。広場の上空を見ていた」

「あれは実は、包囲網の第二番目です」と陳剛。

「二番目?」と金橋が聞いた。

「はい。パレードの標準警備で、天安門から第二環状線までの範囲内は徹底的に警備していますから、その範囲内からドローンが飛ばされることはないと確信はしていました。しかし、万が一ということもある。そのために、我々は双眼鏡で上空を観察していました。もっとも、双眼鏡に見える範囲まで相手のドローンに入り込まれたら、かなり手遅れですが」

「でも、東西南北、相手のドローンがどこから飛んでくるのかわからないのに、どうやって備えていたんですか?」と王恵妹が聞いた。

「電波監視だ」と劉鋭が即答した。

「今現在、世界中で入手可能なドローンのメーカーや機種、そのスペックのすべてが技術品質管理局に登録されている。そこからドローンを遠隔操作するための周波数を割り出し、範囲を第五環状線まで広げて監視させた」

北京市は天安門を中心に、そこを四角形で囲むように環状道路が広がっている。パレードのために徹底警備されたのがその第二環状線までで、劉鋭はドローンの電波監視を更に広げて第五環状線まで展開したと説明した。

「電波を発見したのが、錦繍大地スポーツセンターだった。つまり、第五環状線と第四環状線の間だった。奴らのドローンはそこから更に移動して第四環状線を越えてきた。顔露が出してくれた地図を見て、どこで体当たりして爆弾を爆破させるかを即断する必要があった。幸い、敵のドローンは天安門に向けて一直線に進んでおり、甘家口エリアに差し掛かることが見て取れた。そしてすぐに玉淵潭公園に八一湖があることを思い出し、その上空だと決断した」

劉鋭が振り返るように説明するのを全員で聞いていると、報告が入った。

「八一湖周辺の状況ですが、死者、怪我人、ともにゼロです」

安堵の空気が部屋に流れた。

「爆弾は八一湖の水中で爆発しました。そのため、火災もありませんでした。爆発によって水しぶきが上がり、湖畔で休日を過ごしていた家族や老人をかなり驚かせてしまいましたが、何より、怪我人がなかったことがよかったです」

「ご苦労。錦繍大地スポーツセンター周辺の捜査はどうだ?」

「まだ被疑者確保はできていませんが、手がかりは見つかっています」

「どんな手がかりだ?」

「発電機とモニター機器が、スポーツセンターの器具室に放置されていました。明らかに、ここでドローンを操縦していたと思われます」

「必ず捕まえてくれ」と劉鋭は言うと、マイクを切った後に、陳剛に対して「白蓮教の北京での拠点も割り出して、確保しなければならないな」と告げた。

陳剛は頷いたが、まずはドローン操縦者を捕まえることが優先事項であることは暗黙の了解だった。その人物を捕まえることができれば、自供で北京のアジトを聞きだすことができるかもしれない。

九江市公安局からはまだ報告は来ていない。だが劉鋭は、自分から動くのは止めようと思っていた。それをやると、自然と相手を催促することになる。今回の事件の指揮を見ていて、九江市公安局の特殊部隊長は非常に優秀な指揮官であることを劉鋭は見抜いていた。彼なら必ず、身柄を確保するだろう。もう時間の問題だ。自分から連絡することで、結果を焦らせて、現場指揮官に余計な混乱を招くことをよしとしなかった。

「午後一時にも爆弾を仕掛けている、なんてことはないでしょうか?」

顔露が不安げな表情で聞いた。

「それはないと私は判断していますが、金橋先生、いかがでしょうか?」と劉鋭は聞いた。

「さぁ。少なくとも、私の見地からは、もうこれ以上、爆弾を仕掛けるべき場所はありません」と金橋が答えた。

「今のところ、北京と九江市のふたつにしか、この教団の影はありませんが、その他の地域にはいないのでしょうか?」と王恵妹が質問した。

「もちろん、それは今後の捜査によるが」と劉鋭は前置きしてから、「この教団の規模からして、そこまで全国に支部を張り巡らせているとは考えにくい。もしそこまで広げていたなら、我々の包囲網にとっくに引っかかっていたはずだ」

「でもなぜ、九江市にアジトを構えたのでしょうか。北京で攻撃するには、だいぶ距離が離れています」と王恵妹が続けた。北京市と九江市の距離は約千三百キロもある。

「恐らく、彼らは元々、全員北京にいたのだろう。北京にいながら、爆弾を作り、ドローンを購入し、通信環境を充実させ、攻撃の機会をうかがっていた。そんな時、今日のパレードが発表され、この日に狙いを定めた。しかし、全員が北京にいては計画が失敗した時に、一網打尽にされてしまう。そこで、遠隔地にアジトを構えることを決めた。杭州にも行っていた痕跡を我々はつかんだが、そこではアジトを築けなかった。そして、流れ流れて九江市の白蓮堂に落ち着いた。奴らは茅子元ゆかりの地にこだわり、最終的にたどり着いたのが九江市の白蓮堂だったのだろう」

ここで再び入電があり、ドローン操作をしたらしき人物を確保したと伝えられた。

「簡単でいいから、どんな人物か教えてくれ」

「被疑者は黙秘しています。性別は男、年齢は二十代。身長百七十センチくらい。やせ形で、身なりも貧相です。スポーツセンターから西へ三キロほどのところにホテルがあるのですが、そのホテルの支配人から情報提供があり、地下駐車場に潜んでいるところを捕まえました。」

「すぐに公安部に連行し、取り調べを行う。取り調べは陳剛にやってもらう」

劉鋭はそう告げると、陳剛に目線を送った。

「かしこまりました」と陳剛は言うと、自分のチームを引き連れて公安部へ戻る準備を始めた。

「指揮官はどうなさいますか?」

「私はもうしばらくここに残る。パレードはまだ終わっていないし、二時間後にまたここへ戻ってくるから、それまで、ここで安全を見届ける」

「承知しました」

「頼んだぞ。必ず、自供させてくれ。北京のアジト、更なる爆弾の有無、教団について、教祖について。ありとあらゆる情報だ」

「是!(はい!)」

陳剛が部屋を出ていきかけて、振り向いて言った。

「ZG隊員の全員が、あなたを指揮官として尊敬しています。最後の最後での出動要請、本当にありがとうございました」

「全隊員に伝えてくれ。私の指示に忠実に従い、よくぞ、出動まで、耐えに耐えてくれた、と。そして、今こそ大いに躍動する時だ。市民を守り、犯人を逮捕するぞ、とな」

陳剛が深くお辞儀をして退室した。

再び劉鋭、顔露、金橋、王恵妹の四人になった。

「まだ事件は解決していませんが」と前置きしてから、「この四人はゴールデンカルテットですね」と金橋が言った。

「九江市の捜索も、時間の問題でしょう」と劉鋭。

「金橋先生がいなければ、我々は手がかりをつかめずにいました」と顔露。

「でも…」と王恵妹が言った。

「私は何もしていません」

「何言ってるの。金橋先生を連れてきたのはあなたよ」

「そうれはそうですけど、私がたまたま先生のゼミ生だったというだけで、私自身の能力ではありませんから」と表情を曇らせた。

「君はまだ若い」と劉鋭が慰めた。

「まだまだこれからだ。知識も、経験も、実力も。これからまだまだ磨いていける」

「優秀な公安局員になりたいんです」と王恵妹は言った。

「正直、これまでは、そんなこと思ったことはありませんでした。公安といっても市局員だし、出世だの手柄だの、そういうものにも興味がありませんでした。でも、こんな重大事件の捜査を間近で見ることになって、公安とは何か、公安局員とはどうあるべきかをすごく考えました。そして、自分にはまったく、それにふさわしい実力がないこともよくわかりました。いえ、実力がないというより、どんな実力をつけていけばいいのかも、実際にはよくわかっていなかったんです」

そう語る王恵妹の眼は真剣そのものだった。

「変わらないな」と金橋が言った。

「学生時代から、ずっと変わらないな。その眼も。とにかく君はいつだって真剣だ。そして、目標に向かって努力を絶やさない。君なら大丈夫だよ。必ず優秀な公安局員になれる。どんな困難も乗り越えていけるよ。それに」と劉鋭と顔露を見て、「こんなにすごい人たちがいるんだからな」と笑った。

「いえ。この事件が解決したら、私は北京市局に戻りますし、お二人のような有能な方々と一緒に仕事する機会はありません」と王恵妹が否定した。

「一緒に仕事させてくれって、申請したらいいじゃないか」

「そんなこと、できるわけないじゃないですか!国家公安局と北京市局とでは、天と地なんですから」

「今、目の前に二人がいるんだ。コネで何とかしてくださいって、頼んでみたらどうだ?なんなら、恩師のおれから頼んでみようか?」

「先生、自分で恩師だなんて、言うもんじゃありませんよ?」

劉鋭と顔露は、そんな師弟の会話を、笑顔で見つめていた。

すると、陳剛から報告が入った。パレード開始直前に、天安門広場で倒れて病院に搬送された女性は、ドローン攻撃が失敗に終わったことを告げられると、信者であることを白状したという。そして、自身の役割は、ドローンから人の目を逸らさせるために、演技で倒れたふりをすることだったと報告があった。さらに、本当は天安門広場の東西南北の四方向から、同じうように広場に侵入して、かく乱行為を行う予定であったが、他の三人については、状況を把握していないとも自供した。

「次々と明るみになっていくな。あとは、教祖の確保だ」と劉鋭は言った。すると、九江市から入電があった。

「ついに来たか」

顔露がテレビ電話をスクリーンに映し出した。全員の目線がそこに集中した。



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