野巫の祭 76
野巫の祭 76
「なあ、健。その、なんだ。父さん本当に心当たりは無いんだが、なんというかな、世の中には奇妙な縁というものがあるものだ。」
「まぁそうだよね。」
「その重役さんもきっと何かのご縁で父さんのことを知っているのだと思う。」
「ん、まぁそんな感じだったしね。」
「でな、ご縁というのは良くも働くし、悪くも働くものだと思う。今回のご縁が悪いというのではないぞ、決してそうは思わないし、お前にとって良いご縁にしなくてはな。」
「ああ、そうなってもらいたいと願うよ。」
「そうだな。そう思う。しかしな、やはり仕事上はそれに振り回されても良くないと思う。声をかけられたのは幸運として今後も変わらず頑張っていくのが結果として良いことになっていくのだろう。」
「そうだね。」
「その〜なんだ、橋のことには父さんに心当たりは無いのだが、きっとどこかで関係があったのだろう。ただ橋を渡ったって話なら仕事上なのか旅行で行ったのか分からないが、何か特別なものとして憶えていることは無いので今はわからん。また声をかけてもらえることもあるだろうが、きっとそれほど重要なことでもあるまい。」
「まぁね。それでも一応は報告として言ったよ。些細なことかもしれないけど、また聞かれるかもしれないからさ、父さんも何か思い出したら教えてよね。」
「ああ、わかった。何か思い出したら連絡するよ。昔、飲んで橋の上で転んだのを助けてもらったりしていたかもしれんがな。はっはっはっ」
「そんな笑い話ならこちらとしても良い方向に持っていけるんだけどね。はっはっはっ」
「あははは、そうだな。そうなると良いな。」
「うん。そうだね。」
「今夜は連絡してくれてありがとうな。」
「ん、どう?一人で不便はしていない?」
「ああ、大丈夫だ。なんとか一人でやってるよ。まぁ、今更だが母さんがしてくれていたことに感謝しかないがね。」
「そうか。そうだね。」
少し間があり息子が絞り出すように言った。
「あのさ、寂しいとか、そんなふうに感じるかい?」
突然聞かれて、こちらも戸惑いがあったが素直な気持ちを言った。
「あるさ。毎日だよ。これ以上に寂しいことはない。利与が、母さんがどこにもいないのはどうしようもなく寂しい。それはずっと変わらないだろう。これからもずっとな。」
「そう、、、か。そりゃそうだよな。ごめん、変なこと聞いちゃってさ。」
「いやいや、今まで素直になれなかったが、少しスッキリしたよ。逆にありがとう。胸の支えが少し外れた気がするよ。」
「そうかい。それならいいけど、無理しないでね。辛かったらすぐに電話してくれよな。」
「ありがとう。そうさせてもらうよ。」
「それじゃあ切るよ。エアコンで身体冷やさないようにね。」
「ああ、気をつけるよ。」
「それじゃあね。」
「ああ、それじゃあ。」
携帯の「切」ボタンを押す手が血の気が引いていた。
嫌な汗を背中に感じながらマンションのエレベーターに向かい、周りを確認して中へ入った。




