野巫の祭 49
野巫の祭 49
展示室と展示室をつなぐ二階の通路は吹き抜けになった広い階段の上にあるので、まるでどこかの宮殿のようでもある。
真ん中に売店があり、今回の展示物に関するお土産品が売られていたが、とくに興味もなく物も増やしたくなし、何より早くここを離れたかったので階段の端にあるエスカレーターへまっすぐ進む。
目の前には広く大きな階段があるが、普通の建物なら3〜4階分はあるので歩きで登る人も下る人もいない。
が、下の方から若い娘さん3人が笑い声を上げて話しながら登ってくるのが見えた。
若いってのは羨ましいね
もう一度、通路の両側にある展示室の出入口を見ると、明るい通路にそこだけ口を開けている薄暗い部屋。
その中で蠢く人達から雑音のような気配を感じた。
やはり早く外へ出よう
エスカレーターに乗り一階の出口へと降りていくと、さっき階段の中央にいた3人の娘さんは階段端のエスカレータのすぐ脇を登って来ていた。
娘三人よればかしましいとはよくいうが、若い女性の声は広い吹き抜けの空間によく響いていた。
こんな長い階段を笑いながら登ってくるとはねぇ。
若さってのはかけがえのない宝なのだな。
そう思って三人を見ていると真ん中にいた娘さんと目があった。
いや、目を合わされた。
若くはつらつとした笑顔はみるみるうちに引き締まった表情に変わり、目はこちら合わせたままエスカレーターの動きに合わせて首をゆっくりと回している。
その顔には見覚えがあるぞ。
そうだ、昨日の夜屋台にいて、そのあと私の胸にアザを付けた娘だ!
反射的に手すりに体を預けて乗り出すような姿勢になっていた。
「き、君は一体⋯」
それ以上の言葉は出なかったが、こちらのいい終わりに合わせるように娘が口を開いた
「また会いましょう⋯モレヤのおじ様」
そう言うと、あの屋台の時と同じ夜の気配を漂わせる妖艶な笑みに変わり目を細めた。
「ま、待て!」
追いかけようと体を回すが、動いているエスカレーターを逆に登るほどの元気はない。
「くっそ⋯」
いったん下まで行って上りに乗り換えるんだ。
一階の入口前まで下り、上りのエスカレーターへ乗り換えようとすると。
ドックン!
胸が強く鼓動した。
「痛う⋯」
胸を押さえながら階段の上を見ると、娘3人はすでに上まで登り切ってこちらを見下ろしている。
胸が激しく痛むので一瞬下を向いて胸を鷲掴みにした。
なんとかあの娘に話を聞かなくては。
エスカレーターの前でもう一度上を見ると、なんと言うことか、両側の展示室の方からあの無表情の者達が出てきて娘達の横に並び始めた。
「あっ⋯うっ⋯」
横一列に並んだ者達がこちらを見ている。
あの娘達は、いや、あの娘はあいつらの仲間なのか。
列の真ん中にいるあの娘は腕組みをしていた。
その組んでいた手の右手だけを肘から立てて手をゆっくりと降った。
両脇の娘2人はそれに合わせてクスクスと笑いだす。
その横に広がる無表情の者達は変わらず直立不動でこちらを見下ろしていた。
全身が泡立つようだ。
怒りのような感情が込み上げて、エスカレーターに飛び乗ろうとした時。
ドックン!
また胸が強く鼓動する。
「くっ!」
立っていられない。
膝を折り、手をついて屈み込むと近くにいた職員が走り寄って来た。
「どうなされましたか」
同じく屈みこんでこちらに声を掛けてきた。
「いや、大丈夫です。すみません。」
そう言って立ち上がり階段の上を見上げると、あの連中はいなくなっていた。
昨日の夜のように、まるで始めからいなかったかのようにだ。
「お客様、大丈夫ですか」
職員が肩を支えながら言った。
「だ⋯大丈夫です。ありがとう。」
そう答えながらも、今まで連中がいたはずの二階の通路を呆然としながら眺めていた。
周りにいる大勢の見学者達の気配が一度に流れ込んでくる。
ザワザワした周りの人の声が広い空間に響いているのが聞こえてくる。
ここは確かに大勢の人たちがいる空間だ。
その中で一瞬、あの連中と私だけの空間になっていたように思う。
「一体⋯何なのだ⋯」
そう呟くと
「いかがなされましたか。何かございましたのでしょうか。」
と、職員が尋ねた。
「いや、何も⋯いえ、今階段の上に一列に並んでいる人達がいたでしょう?」
と尋ねると
「一列に?階段の上ですか?さぁどうでしょう。たくさんの方がいらっしゃっておりますので気がつきませんでしたが、お知り合いか何かで?」
気がつかなかったか。
いや、見えないのだろう。
あの連中は気にしない者には見えないのだ。
機にする者にしか見えない行動をしているのだ。
きっと。
「いや、私の見間違いだったのでしょう。いや、すみませんでした。」
「そうですか、ではお気をつけて、お身体の具合がよろしくないのであれば椅子におかけになられて休まれてはいかがでしょう。
親切に言葉をかけてくれた。
「いえ、私はもう帰ることにします。お世話様でした。」
「そうですか。それではお帰りもどうぞお気をつけて下さい。」
「ありがとう。」
職員さんに礼を言って出口へと向かう。
出口の扉のところでまた階段の上を見上げるが、やはり連中の姿は無かった。
消えたのか?
それとも初めからあんな連中はいなくて私だけが見ていた何かだったのか。
館内のエアコンで引いていた汗が、また全身べっとりと流れているのを感じながら熱風の吹く外へと出て行った。




