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「ひゃんんんっ!?」
牢屋の中、俺は股間を押さえながら飛び起きた。
そして相棒の無事を確かめる。
……いや、今は付いていないんだった。
というか、何でこんな事をしているのだろう。
何かすごい嫌なモノを感じてしまったが。
そう、とても恐ろしい何か……。
牢屋暮らしで精神がどうにかなってしまったのかもしれない。
誰とも会えない。
意外とこれがきついのである……。
「エリはともかく、俺を拘束した張本人のダックワーズすらこないなんて……」
このまま死ぬまで牢屋の中でぼっちなのだろうか。
ダックワーズカモーン!
今なら話し相手にでもなってやるから!
……って、何か牢屋に入ってから誰かの事を想像してばかりだな。
* * * * * * * *
ダックワーズの日記。
ベルゼビュートの月、1日。
ついに明日は、レイジョ様と地獄へ旅立つ日だ。
効き目は遅いが、苦しまないで確実に効果のある薬品を用意した。
これを飲ませて、レイジョ様が亡くなったという訃報が入ったら同じ物を飲もう。
ベルゼビュートの月、2日。
おかしい、確かに薬を飲ませたはずだ。
私が自宅に戻ろうとしていたところを、レイジョ様が倒れたから診て欲しいと言われ急行した。
死を確認するために向かったのに、レイジョ様は何故か生きていた。
メイドが言うには、倒れた後に元気よく飛び起きたというのだ。
死に至る薬だったはずなのに……おかしい。
だが、生き返ったかのようなレイジョ様は、より一層魅力的に見えた。
そうだ、この天から授かった明星を、私の自分勝手で消してしまう事を神が許してくれなかったのだろう。
その日は神に感謝して、レイジョ様の許嫁であるクレープ王子に詫びながら眠りに就いた。
ベルゼビュートの月、3日。
仕事中もレイジョ様の事ばかりを考えてしまう。
ベルゼビュートの月、4日。
今日もレイジョ様の事を想ってしまう。
嗚呼、狂おしい。これが私への罰なのだろうか。
ベルゼビュートの月、5日。
レイジョ様とクレープ王子の婚約破棄が報道された。
信じられなかった。
あの仲むつまじい2人が……。
ベルゼビュートの月、6日。
私の心が再び揺れ始める。
ああ、こんな時に魔王ベルゼビュートの甘い誘惑でもあれば……。
ベルゼビュートの月、7日。
私は耳を疑った。
遠国の王子を取り合うため、レイジョ様がパティ・スリーを行うとの事だ。
どういう事なのだろうか。
あの時、使った薬で堕落してしまったのだろうか。
私はなんて事をしてしまったのだ……。
ベルゼビュートの月、14日。
今日はレイジョ様の診察をさせて頂いた。
胸が高鳴り、そのお顔を直視できなかった。
狩猟を見ていてわかったが、本当はお優しいレイジョ様は相変わらずだった。
ますます、私の心は惹き付けられて、狂おしいまでに醜い獣へと変わりそうになっていた。
ベルゼビュートの月、15日。
悪魔から……いや、遠国側の人間──エリから交渉を持ち掛けられた。
うまく誘導するので、パティ・スリーが終わるまでレイジョ様を監禁しておいて欲しいとの事だ。
その後は自由にしていい。再び殺す事も自由だ、と。
どこから知られたのだろう。弱みを握られてしまった。
だが、これはチャンスかも知れなかった……。
ベルゼビュートの月、16日。
私は薬の調合を開始した。
今度こそ、一緒に逝くために。
ベルゼビュートの月、17日。
あの輝かしい星を誰にも渡したくない。
我が儘だろうか、我が儘だろう。
狂っているだろうか、狂っているだろう。
これを愛と呼ぶのだろうか、愛と呼ぶのだろう。
ベルゼビュートの月、18日。
我が家系に伝わる、門外不出の人体実験用の監獄。
そこにレイジョ様を連れて行くことにしよう。
準備は整った。
エリという女性の悪魔の囁きに従うことにした。
ベルゼビュートの月、19日。
決行は明日だ。眠れない。
ベルゼビュートの月、20日。
レイジョ様を監禁した。
正確には……私は拘束しただけで、後はエリが連れて行った。
動けなかったのだ。
私の話を黙って聞いて、何も責めなかったレイジョ様を見ていたら……。
私は……私は何て事をしてしまったのだろう。
あの輝かしい星は、私の元へ引きずり下ろしても、その輝きを失わなかった。
星は高いところにあるから輝いているのではない。
ベルゼビュートの月、21日。
もう何もする気が起きなかった。
エリからもらったマジックアイテムを使って家に閉じこもることにした。
これを家に設置する事によって、下級第三位を完璧に隠蔽する事ができるという物らしい。
一応は、共犯者であるエリにも義理がある。
パティ・スリーが終わるまでは隠れていよう。
兵士や、侍女のルト君が家にきたが、私に気が付かなかった。
本当に認識すらされていないらしい。
ベルゼビュートの月、22日。
今日もルト君がやってきていた。
そういえば、兵士達が言っていた。
ルト君が軍隊50000人、冒険者30000人、ドラゴン3000体とやり合ったと。
皆殺しにしたとか、みんな気絶させられたとか、指揮していた第二王子が失語症になったとか様々な噂だ。
一体何があったのだろうか。
ベルゼビュートの月、23日。
本日もルト君だ。
至る所を探しているが、証拠は完璧に処分しておいた。
だが、食料の減り具合などで何か感付かれるかもしれない。
ベルゼビュートの月、24日。
ルト君の顔は段々と疲れてきているようだった。
ベルゼビュートの月、25日。
あまりに必死なルト君を見ていると、本当にレイジョ様は愛されているんだと実感してしまう。
ベルゼビュートの月、26日。
今日は、ルト君が来なかった。
さすがに諦めたのだろうか。
だが、私は用心のために動かなかった。
ベルゼビュートの月、27日。
血塗れの人影が見えた。
私は、とうとうおかしくなってしまったのだろうか。
誰も来ていないはずなのに、家の物の配置も換わっている気がする。
身体の震えが止まらなかった。
ベルゼビュートの月、28日。
今日の決闘でパティ・スリーは終了だ。
不安でいっぱいの私は、一刻も早くレイジョ様に会いたかった。
会って何を言えばいいのか、どうすればいいのかは分からない。
だけど、とにかく会いたい。
今、数日ぶりにルト君が来ているが、彼女が帰ったら家から出ようと思う。
そしてレイジョ様のいる牢屋へ。
「ふーん、こんな事を思ってレイジョ様誘拐を実行したんだ。ちょっと可哀想かなとボクは思うね」
ボク──プラノは、足下に倒れているダックワーズを見ていた。
当てのない賭けだった。
ルトお姉ちゃんが帰ったように見せて、分身の術をしてボクが家を見張る。
まさか本当にダックワーズがここにいるとは……半信半疑だった。
ボク達の感覚を誤魔化すなんて、どんな強力なモノを使ったんだか。
だけど、それでも諦めないルトお姉ちゃんの執着心というものは、本当に呆れてしまう程だ。
ちなみに、ボクはこの分身の術というものが嫌いだ。
ルトお姉ちゃんの身体を使う時と違って、ボク自身の身体が見えてしまう。
背が低く、胸もなく、色々と真っ平らで貧相な身体。猫耳、猫尻尾。
見栄え的にちょっと情けなくなる。
それに、真面目な話だと多大なリスクが生じる。
ボクは、あの時と違って次は無いのだ。
「この奥の手を使うなんて、ルトお姉ちゃん切羽詰まりすぎだよ。まったく、どこもかしこも愛っていうのは恐いね」
さぁ、本日の主役を助けに行かなくちゃ。




