幕間
それは、紛れも無く音楽だった。
酷くスローペースで、重厚で、嫌味なほどに壮大な。
時計塔の鐘の音。爆発の音。移動橋の軋む音。風の唸り。高圧蒸気の噴出音。炎の弾ける音。銃撃の音。金属が激突する音。蒸気車の走行音。崩れる天井の音。遠隔共鳴器のノイズ。軋む扉の音。誰かの叫び声。俺自身の荒い呼吸と鼓動。それら全てが入り混じりあい、一つの曲を紡いでいる。
そこは、俺とよう姉の秘密の場所。鉛色の蒸気管がうねる、廃工房の一室だ。教室一つ分ほどのスペースに、大小様々なギアやシリンダー、楽譜、金属加工器具、そして、分解途中のオルゴールが散乱している。それらは全て炎で赤く照らされている。
「今日は、一段といい音色ですね、つっくん」
熱せられた床に、よう姉が座り込んでいる。黒髪が汗に濡れている。金属片がふくらはぎを貫通していて、足が床に縫い付けられている。赤い水溜りが刻一刻と広がっていて、それは逃げられない死を意味している。
よう姉は炎に頬を舐められながら、穏やかな表情で街の唄に聴き入っている。迫るタイムリミットを知りながら、彼女は怯えていない。
「地下大聖堂の賛美歌よりも、ねじ巻き合奏団の演奏よりも、ずっと、ずっと感動的です。泣いていて聞こえないなんて、勿体無いですよ」
感動なんていらない。街の唄なんてどうでもいい。よう姉の声を聞けなくなることの恐怖に比べたら。
「こうして街の唄を聴いていると、思うのです。ボクらは奏でられる為に生きているんじゃないかって。ボクらの人生は、音になって街に溶けて、大きなうねりを作るんです」
よう姉が目を細める。……遠い目だ。俺を通り抜けて、どこか彼方を見つめている。作曲をする時に見せる、あの目だ。
「蒸気仕掛けのオルゴール島では、出来事全てに意味がある。……きっと、この姉離れにも。解ります?」
解ってたまるか。諦めないで一緒に逃げよう。そう叫ぼうとしたが、煙が肺に入ってむせてしまう。その様子がおかしかったのか、よう姉がくすりと笑う。その様子は、彼女の心が既に遠い世界にあるのだと理解するに十分なものだった。
楽譜の燃える音、ゼンマイの弾ける音が、次第に近づいてくる。よう姉の乱れた髪と炎がゆらめく。
「そうです、つっくん。最期に一つだけ、お姉さんのわがままを聴いて欲しいのですけれど」
最期、の二文字が胸に刺さるが、ここで首を振るだけの残酷さを、俺は持っていない。頷きで応える。よう姉が震える俺をそっと抱き寄せる。汗とオイルの混じったが独特の匂いが薫り、弱い吐息が耳にかかる。
「あのですね……」