九話
二百キロ近い人形を背負って多脚列車の装甲を下山(下足か?)するのは、疲労困憊の足にはかなりの重労働だった。途中で何度か落としてやろうかとも思ったが、残念、寝顔がよう姉だ。
救急車や消防車の駆けまわる音を聞きながら、瓦礫を踏み越える。首元にかかる二号の息が鬱陶しい。人形に息は必要ないだろ。
見上げると、多脚列車は元の姿を取り戻していた。ブースターも普通に火を吹いている。
(何だったんだ。あの現象は)
今朝見せた義手の凍結に加え、先程見せた唄。《令嬢の棺》の力は、単なる圧力操作ではない。もっと音子の根源に関わるものだ。『神造』オルゴールの意味を痛感する。《令嬢の棺》はどこまでも底の知れない怪物だ。だが……。
「……ん、あれ……? つっくん……?」
「気付いたのか、二号」
「あ……おんぶ、ですか。……えへへ。ご褒美……ですね……」
「揺れるな。バランスが取りづらい」
「……はーい……」
二号が黙りこむ。後頭部に視線を感じる。何故か少し緊張する。
「あの……」
「何だ」
「……背中、広く……なり、ましたね」
「だからどうした」
「ふふ……つっくんのうなじ……」
「寝てろ! 気色悪い!」
「……うん」
二号が力なく頷く。しばらくすると、再び浅い寝息を立て始めた。《令嬢の棺》と二号。体を共有する二つの存在。どうも頭の中で繋がらない。
(背中が広い、か)
もしよう姉が生きていたら。まだ隣を歩いていたら。同じことを言っただろうか。
「ご満悦だな、テスラの怨霊」
低く、鋭い。猛獣の唸り。
頭痛を感じながら顔をあげる。予想通り、《レヴィアタン・ネイキッド》を引き連れたマルティナだ。満面のゲス笑み。とても晴れやかで嬉しそうな顔だ。わざわざ瓦礫の山の頂点で仁王立ちしている辺り、知能指数の残念さを感じさせる。水銀カッターのチャージは終わっているようで、しっかりと俺の心臓に狙いを定めている。
「愛玩用にほだされて隙を見せるとは、マヌケな男だ。貴様は戦闘用を使うべきだった。その腕があれば、もう一分は寿命が伸びたはずだ。即ち、貴様はロリコンで死ぬ」
「満場一致で最悪な死因だな」
一応、二号のモデルは俺より三つ年上で……今は同い年か。
身を隠す意味はなく、躱すための足もない。弾のない大型拳銃はくすねたが、ハッタリをかませる相手でもない。そも、弾が残っていたとして、海竜の尾に弾かれて終いだ。狙いをつけることすら出来るかどうか。
結局、無駄を知りつつ説得に移る。時間を稼いで人が来るのを待つ作戦だ。
「信じてくれ委員長。本当に俺はただの転校生なんだ。何なら司法の場に出てもいい」
「断る。立法! 行政! 騎士! それこそ我が三権分立だ」
社会の終わりだ。
「脇を嗅がせたかったんだろ? いいのかすぐに殺して」
「それは……やっぱりいい。今日は、少し……その、自信がない。汗かいたし……」
「解った。なら風呂に入って来い。ここで待っている」
「ふ、風呂上がりの私が見たいだと? またセクシー要求か貴様!」
違う。時間稼ぎだ。
「私は騎士だ! 学園の剣だ! ロンバルティーニ家次期当主になる身だ! 女などとうに捨てた!」
「そうか? 折角の美人が勿体無いな」
「えっ。び、美人か?」
「そうだ」
マルティナが頬を染める。仁王立ちから内股になり、太ももをすり合わせ始めた。一言で表すなら、もじもじしている。薄々感づいていたが、マルティナめ、この手の話に耐性がないらしい。
「程よく引き締まっていて、スタイルもいい」
「ま、まあな。そこらの女とは鍛え方が違う」
歯が浮くにも程があるが、背に腹は代えられない。生き残る為なら、ロケットにだって乗せてやる。心なしか二号の寝息が不服そうに聞こえるが……。
「髪も綺麗だな」
「そ、そうか? 今月からトリートメントを変えたのだが、それが良かったかな。あと、最近父上に隠れて、寝室にアロマを焚いてだな」
マルティナが金色の毛先を指でいじり出した。おい、騎士だろ? もう少し女捨てといても良かったんじゃないか?
「……実は5歳の頃、私にも惚れた男がいたのだ」
とうとう聞いてもないこと語りだした。果てしなく鬱陶しいが良い流れだ。早く誰か来てくれ。早く! ハリー!
「当時は私も幼かった。戦い方は解っても、人の心の機微が掴めなかった。猪突猛進しか知らなかったのだ」
まだそうだろ。お前はずっとそういう奴だ。
「忘れもしない。バレンタインの日の事だ。なけなしの勇気を振り絞り、その男を呼び出して告白したのだが……朝稽古の後だったから、臭いと言われて……」
「相手に見る目がなかっただけだ。向こうも後悔しているぞ。大きな魚を逃したとな」
「そ、そうだろうか」
「自信を持て、マルティナ。お前に告白されて断る男なんているはずがない!」
「う、うむ」
「猪突猛進で十二分だ! お前の器量なら、何の策も必要ない!」
「うむ!」
「相手が鼻詰まりのタイミングを狙うだけだ!」
「殺す」
しまった。つい。歯が重力に引かれた。
《レヴィアタン・ネイキッド》が開口する。喉の奥で輝くオーロラ光。完璧なタイミング、完全な狙いで放たれようとする銀の閃光。
「……相変わらず品性に欠けるね。マぁルさん?」
俺は、視界のコマ送りを感じた。瞬きすらしない間に、間違い探しのように、状況が切り替わっていた。
変化は二点。
一つは、《レヴィアタン・ネイキッド》。両腕、両足、腹部、頭部を六本の槍に貫かれ、地面に縫い付けられていた。まるで解剖を待つカエルだ。
もう一つは、半人半鳥の怪物。《レヴィアタン・ネイキッド》の五メートル程上空に、ガルーダを思わせるオルゴール人形が浮かんでいた。黒々とした装甲を持ち、何処か退屈そうに下界を見下ろしている。全幅六メートルの羽から圧縮空気を噴射しているようだが、全く音がしない。また、携えた槍の柄には計四つのスラスターが取り付けられている。
海竜を貫いた六本と手に握ったものを合わせ、計七本の槍を操るオルゴール。学園未公開技術の粋を集めて生み出された傑作。
聞き覚えがある。《七本槍のケーニヒスベルク》だ。
噂には聞いていたが、速い。力の一端を垣間見る暇すらなかった。視覚も、思考も、聴覚すらも追いつかなかった。《レヴィアタン・ネイキッド》は一歩足りとも動けていない。不意打ちと言え、マルティナすら反応出来なかったことになる。
「なっ……あ……き、貴様は……!」
「思うんだけど、マルさんって騎士より大砲目指した方がいいんじゃない? 強いけど意思がないって点で」
マルティナの背後に、長身痩躯の男が立っていた。暖色系のスーツを着こなし、突風で乱れた髪を赤い櫛で梳いている。口元に張り付いた薄笑いからはキザったらしく、軽薄な人柄を伺わせる。だが、それは仮面に過ぎない。
鉄橋渡りのジョール=オイラー。人類史最高の数学者の一人、レオンハルト=オイラーの末裔。アンティキティラ大学音子学部二年主席。第二装甲合奏団団長。学園交響曲第六章演奏者。マルティナと並ぶグランドドクターの一人。グラフ理論を転用し、音子共鳴並列演算法を提唱した天才。
「昨夜の失敗だけでも大問題なのに、体臭指摘されて転入生の殺害未遂なんてさ。ドクターの剥奪も免れないんじゃない?」
「邪魔をするな、鉄橋渡り! ソイツはニコラ=テスラの……!」
「あれ、マルさんはオレに邪魔とか言っちゃうの? 言えちゃうの?」
「……っ!」
「前から言ってるけど、オレも堅苦しい先輩になりたくないんだ。敬語使えとか、挨拶しろとか、くっだらないと思うわけ。実のところ、マルさんにも二つ名なんかじゃなくて、もっと親しみ込めてジョーさんって呼んでもらいたいんだ。でも、命令はないよね?」
「だ、だが!」
「分を弁えよう、ね? “元”グランドドクター」
「くっ……!」
マルティナが拳を震わせ、押し黙った。具現化した猪突猛進とも呼べる、鉄血騎士が。ジョールはやれやれといった具合に肩を竦め、こちらに歩いてきた。靴の汚れを気にしているのか、辺りに飛び散ったオイルを避けている。
「やーやー。初日から大活躍&大災難だったね、転入生クン」
「三机詰と言います。助かりました、オイラーさん」
「いやいや。十七万学生の規範たれ! なーんて上が煩いもんでね。ポイント稼ぎだよ」
敵ではあるが、媚を売って損する相手ではない。俺は素直に頭を下げた。
「ま、これに懲りたら、もう少し女性の扱いを学ぶといいよ。マルさんは特例気味だけど。あ、それとさ」
キザな笑みがずいと近づく。薄い唇を俺の耳元に寄せ、ジョールが囁く。
「幼馴染を大切に」
「―――――――ッ!?」
呼吸が止まる。心臓が跳ねる。血液の逆流を錯覚する。
「それだけ。んじゃまた。学園を救った英雄さん」
細長い背中を俺に向け、ジョールは鷹揚に手を振った。鼻歌が聞こえる。よう姉の曲。暴走列車で聴いたものと、同じ旋律。
(この、男……!)
奥歯を噛み締め、拳を抑える。
冷静になれ。相手は学園交響曲の演奏者。それも、一、二を争う名曲と名高い第六章のだ。昨夜のマルティナは地形と情報を味方につけ、圧倒的有利な条件でなお僅差だった。今日に至っては敗北だ。同格以上のこの男に挑んだとして、可能性は0に等しい。復讐は確実でなくてはならない。
背後で渦巻く感情を知ってか知らずか、ジョールは遠隔共鳴器を使い、素知らぬ様子で指示を出し始めた。周辺の封鎖と残骸回収手段の連絡だ。会話内容から察するに、第二装甲合奏で事件の後始末をするらしい。事件の対応は後手に回った割に、嫌に手際が良い。
99%黒だ。仕込みだ。間違いない。奴はそれを俺に明かした。何か意図があっての事だろうが、推論のための情報が足りない。
よう姉と瓜二つの人形《令嬢の棺》。暴走事件を起こしたよう姉の曲。俺と二号の関係を知る男、ジョール=オイラー。謎は多いが収束点はただ一つ。香箱ようこだ。結び目を紐解けば、答えは必ず三年前の事件に繋がる。得体の知れない確信がある。
もう一度、二号の寝顔を見る。だらしなく開いた口からヨダレ的な液体が零れそうになっている。
(香箱ようこから逃げている、だったか)
いいだろう。もうしばらく茶番に付き合ってやる。それも復讐となるならば。
「い、生きてた! ツメルぅー!」
ガラガラ声に振り向くと、真っ赤な目をしたオリガが、躓きながら走って来ていた。ただの常連相手にお人好しな奴だ。そして、各々のテンションでそれに続くクラスメート達。彼らの視線はすっかり不審者に向けるソレではなくなっていた。クラスの一員として認められたようだ。
興奮した様子のクラスメート達に迎えられながら、胸の内で嗤う。誰かが俺を利用している。誰かが俺を笑っている。好きにしろ。だが、よう姉は渡さない。
教えてやる。アンティキティラ学園。お前達が何を飲み込んだのかを。




