夏休みは地獄。
【クーン城・駐機場】
キーン
けたたましい音を奏でるベクスターⅡが、城の駐機場に降りて来る。
「到着ナノ」
タラップが降りると、それを無視するかのように、五人は飛び降りてゆく。
「……」
一人だけ物凄い重い足取りで、降りてくるのはステイシーだ。
久しぶりに嗅いだ故郷の匂い――。
だが今のステイシーには、地獄の一丁目へ、足を踏み入れたようにしか感じられなかった。
「お帰りステイ、そんなに落ち込まなくても良いのよ」
「うん、ママ……ごめんね」
彼女の性格を知るフローレンスは、間違いなく落ち込んでいると考え、出迎えにきていた。
優しく肩を抱き、アーレイが待つ執務室へと向かった――。
※※※※※※
【アーレイの執務室】
「お父様。ただいま戻りました」
「おかえり、ステイシー」
部屋に入るといつものように、笑って出迎えてくれる。
しかし――目は全く笑っていなかった。
なのでステイシーは覚悟を決める。
「前期の成績が振るわず申し訳ございません」
そして、言い訳しても始まらないと感じたステイシーは先に謝る。
「ステイシー、上がったことは良いことだ。これからも精進しなさい」
「はい!もっと頑張ります!」
思ったほどに怒られないステイシーは、パアッと明るい表情に変わる。
(あ、良かった、これくらいで済んだ……)
この時、アーレイはステイシーの内心を勿論読んでいる。
彼女の性格も理解している。
なので、ここでは敢えて怒らず泳がせていた――。
※※※※※
【そして1週間後・早朝】
「ハッ!」
バキーン!
いつものように朝の鍛錬からスタートするステイシーは、額に汗をかき真剣に剣を振る。
そして――
「それじゃステイ、少し乱取りしましょう」
「はい!」
フローレンスも毎朝の鍛錬を欠かさない。
ステイシーの腕前が上がり、鍛錬相手にはちょうどいいのだ。
そして練習が終われば、朝食だ――。
※※※※※
【クーン城・食堂】
フローレンスは政務のため執務室に向かい、そこで食べる。
フィグネリアは既にマーシーの元でお仕事中。
一人で食堂に向かうと、アイラとダービッドが朝食を摂っていた。
「おはよう、アイラ。今日の予定は?」
「そうですね、課題はクリアしたので、夏休みの研究ですかね」
「はっ?もう終わったの」
さすが秀才のアイラだ。出された課題はもう終わっている。
「ええ、ところで姫姉様は……まだあまり進んでいませんよね」
「えへへ……」
そう、気が緩むとステイシーは面倒なことを後回しにする性格なのだ。
当然、机には向かうが集中力に欠け、課題はほんの少ししか解いていない。
「あっという間に夏休みが終わりますよ、そろそろ公務も入ってきますし」
「あ゛そうだった……」
学生貴族なら実家の商売の手伝いと社交界ぐらいだ。
だが、王女は公務という面倒な仕事がある。
それもクーン全土から呼ばれ、重なれば夏休みなどあっという間に終わる。
「今週中に課題クリアしないと詰むよ」
「うんうん、今年は災害が多かったから、慰問が目白押し」
存在感の希薄な双子が突然現れ、ステイシーを追い込むように今後の予定を教えてくれる。
そして、自分がなすべき事を思い出す――。
「ステイシー、ちょっと来い」
「……はい……パパ」
いきなり現れたアーレイを見たステイシーは、一瞬で凍りつく。
(大丈夫、まだなんとかなる)
そう言い聞かせ、アーレイの後を追うのだった。
※※※※※
【アーレイの執務室】
「これを見なさい」
渡されたタブレットには、第一王女として与えられる公務の予定表だ。
「はい……」
月の予定表に、虫食いのように入っているスケジュール。
移動、事前レクを考慮してあるから虫食いなのだ。当然、休息日は細切れになる。
課題だけならなんとかなるが、各地を移動しながらの夏の研究は、ほぼ不可能だろう――。
(ヤバいよ、去年よりみっちり入っている)
パルエッタの言葉を思い出したステイシーの表情は、みるみる青ざめてゆく。
先程の自信は、ガラガラと崩れ去ってしまう――。
「アイラから課題は聞いている。今日から徹夜しても怪しいな」
「ええ……」
アーレイはステイシーを泳がせ、この状態になるまで放置していた。
死力でやれば、どうにか間に合うギリギリの時間だ。
あとは彼女次第だろう。
「間に合えばいいという問題ではない。君は人の何倍も勉強に励まなければならない」
「承知しております」
「ほう、そうか。なら夏休みが終わるまで全てを終わらせろ」
追い込まれないと火がつかないタイプ。
それがステイシーだ――。
アーレイから放たれる怒気を感じたステイシーは、背中に冷たいものが走る。
「分かりました。全部終わらせます」
自分を奮い立たせるため、啖呵を切るステイシー。
夏休み一週間目にして背水の陣に陥る彼女は、これから地獄のような日々が待っていた。
※※※※※※
【数週間後・クーン城医務室】
医療用カプセルに横たわるのは、ステイシーだ。
身体が頑丈な彼女が倒れた理由。
過労――。
ピッピと規則正しく動く心電図と脳波形。
それは深い睡眠状態を示す。
「肉体より、精神的疲労が原因です」
医師は淡々と症状を伝え、フローレンスは心配そうに見守る。
「頑張り屋さんなのは良いけど、これに懲りて変わってくれるかな」
ステイシーは公務を終え、シャトルに乗る間際に倒れた。
因みに、これで二回目――。
無理はするなと言っても、無理をしないと間に合わなかったのだ。
「そろそろ覚醒します」
「ンッ」
ゴン!
「グワァ!」
目が覚めたと同時に、飛び起きてケースに頭をぶつける。
突然の痛みに目を瞑り、おでこを押さえながらゆっくりと目を開ける。
目は充血、目の下のクマはとれていない。要するに精神は全然休まってない――。
「あらあら、もう」
必死なステイシーを見たフローレンスは、少し呆れた顔をする。
「ママ、何時間寝てた!」
「16時間よ、公務はアイラに代わったから、安心して」
起きて早々に、公務の心配をする。
既にワーカーホリックだ――。
ケースが開くと、急いで出た。
「アリャ、リャ」
そして。足をつけたが、そのまま崩れてしまう。
ペッタン座りのステイシーは、一筋の涙を流す――。
動かない身体が悔しくて仕方ないらしい。
「起きたかステイシー、課題を先に終わらせろ」
様子見に来たアーレイは、用件だけ伝えると、直ぐに消えた――。
「ウグゥ……イヒィ……」
大好きなパパに突き放された――。
そう思うと、ステイシーの涙は止まらない。
どれだけ頑張っても褒められ無かった。
悔しくて、悔しくて、唇をかんだ。
※※※※※※
【夏休み最後の週・アーレイの執務室】
「お父様、公務に復帰します」
あれから、課題に取り組み、必死になって終わらせる。
その間。公務はアイラが肩代わりしていた。
なので、彼女の事を考え志願したのだ――。
「頑張れるなら構わない。アイラを労えよ」
「はい!」
「良く頑張った。しかし同じ轍を踏むなら――」
「なら?」
「今すぐ、婚約者を見繕う!」
アーレイは親が決めた結婚を嫌う。
なので、相手を探せと念を押していた。
だが――それは自分の責務を全うしなければ駄目、と条件付きだった。
「ぎゃー、やめてー」
当然、ステイシーは拒否反応を起こす。
そもそもそれが狙いだ――。
「まぁそうだろうな、なので目標を設定したので頑張れよ」
その設定とは――。
1年生100位内、2年生50位内、3年生TOP10入りだ。
「えっ?マジで(大汗)」
余りにも高い目標にステイシーは、困惑してしまう。
しかし、クリアしなければ自分の道は切り開けない。
「責務を果たせ、それがお前の人生だ」
何よりアーレイの「よく頑張った」の一言が、心に沁みていた――
ステイシーは、凛とした表情に変わった。
「もう失態は致しません」
「ああ、頑張れよ」
「はい!」
以前なら、ここで投げ出していただろう。
だが――。
「パパに、もう一回『よく頑張った』って言わせてやる」
ステイシーは教材を開いた。
そして夏休みは、終わりを迎えるのだった――。




