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第二十話 勇者でなくとも勇気はある

無断転載・複製・商業利用禁止。

本作品の著作権は作者個人のものとする。

本作品はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは関係御座いません。

以前のようにケーキや花束を買うか悩みながら家に帰ってきた。

もう、玄関の扉は俺の目の前だ。

足が、固まる。

花束を渡して告白するのは、クサいかもしれない。しかし、六葉さんは花が好きだから気持ちが少しは楽になるだろうし、俺がフラれた後、花を話題にして場を和ませられるかもしれないと思った。

他にも色々と考えたが、結局は何も買わなかった。

通勤バッグのみを手に自分の家の前に立っていると、丸腰で敵陣に特攻する兵士の気分だ。

しかし、今の俺はこれで良いのだ。

飾り立てた言葉も、取り繕った笑顔も、何かに頼ってばかりの情けない自分も、全部⋯せめて、今日だけは捨てるんだ。

それが、六葉さんに本心から告白し、誠実に向き合うということだと思うから。

…これはただの自説だ。本当に正しいかは解らない。しかし、これが俺の考えた結果であり、精一杯だ。

動悸だろうか?心臓が今までにない、少し怖いくらいの速さで鼓動する。

(それでも、もう逃げない!逃げた言葉も、逃げた望みも、もう六葉さんに届けたくなんかない!!)

暑い⋯熱い。

強い決意が全身を震わせ、体の奥底から熱を発する。

フラれることを想像すると、目まで熱くなりそうなので、考えないようにする。

緊張しながら、震える手で鍵を開ける。

しっかりと、力強くドアノブを握る。

決意を確かめるように、強く。

そして、ゆっくりと回して、扉を開けた。

(⋯思えば、俺達は本当に気が合っていたよね。同じものが好きで、同じ考え方で、同じ感じ方だった。それを知るたびに嬉しかった。今日は初めて、二人は違う気持ちだと突きつけられるんだ)

俺は六葉さんにとって恋愛対象になるような努力だってほとんどしていないし、俺達は今まで、ただの同居人という関係らしく、ほど良い距離感の友人だった。

恋愛ドラマにあるシーンと同じようなことも起きなければ、俺自身が意識してもらえるような言動を取ったことも無い。

冴えない自分に、好かれる要素も無い。

フラれる理由しか思い浮かばない。

そもそも、内見中にカップルだと誤解された際に彼女が『ありえない』と口にしたのが、答えだ。

そう、答えはもう出ているのだ。

返されるのは悲しい答えだと、解りきっている。

それでも⋯!

その、悲しい答えを、俺は聞くよ。それが、俺にとって大切な、君の本心からの言葉だから。

「⋯ただいま、六葉さん」

家の中に入ると、すでに六葉さんが目の前に立っていた。

いつも通りの綺麗な姿勢で、少し悲しそうな微笑みを湛えていた。

(⋯もしかして、察しているのかな。だから、どことなく悲しげなのかな⋯)

彼女の表情を見て一瞬、ほんの少しだけ揺らいだ決意は、すぐに再び立ち直った。

六葉さんの本心を想像しても分からないからこそ、俺が臆せず自分自身の本心を伝えて、彼女の本心を知るのだ。

どんな言葉も、受け止める。君が今まで()そうしてくれていたように。

「⋯おかえりなさい、雄二さん」

嫌だよ、負け戦なんて。

でも、これはただの負け戦ではないから。

君に想いを届けるという、意味のあることだから。

俺は、言うよ。

「「六葉さん(雄二さん)」」

驚くほど、同時だった。

二人で驚いた表情をした。六葉さんは目を丸くしている。

「あっ⋯話があるんだけど、俺が先でもいいかな?」

「申し訳ありませんが、今回だけは私が先に⋯あっ、いえ、やはり大丈夫です。雄二さんがお先に話してください。その前に、お茶を淹れてありますから、居間のほうにどうぞ」

「あっそうだね。ありがとう」

勢いのまま玄関で棒立ちして告白しようとしていたが、居間で落ち着いて座った上で真剣に告白しようと思い直した。

少し拍子抜けしたが、いつも通り鞄を置いてジャケットを脱ぎ、カーペットの上に座った。

六葉さんも、いつも通り俺の正面に座った。

(さっきも向かい合ってはいたけど、さっきよりも距離が近くなったから緊張するな)

少々ハイになっているのか、心臓の音はもう気にならない。

用意してくれていたお茶を飲む気分にはなれず、自然と顔を上げた。

(今すぐ、言いたいんだ)

…落ち着けはしなかった。

しかし、向かい合った彼女を、真っすぐ見据えられた。

彼女も、俺を真っすぐな瞳で見つめている。

本心を、伝える。心で向かい合いたい。

「⋯六葉さんは俺にとって高嶺の花だよ。綺麗で優しくて、多才だし、お互いに気が合うのも嬉しい」

(⋯前置きは長くなくていい。大切なことを伝えよう)

「今まで、六葉さんのお陰で幸せな生活ができたよ。本当に感謝している」

六葉さんの表情から微笑みが消え、少し苦しそうに歪んだ。それでも 、苦しさを隠そうとしているのだろう。静かに俺の話を聞き、目は逸らさない。

「⋯優しくて、無邪気な六葉さんと過ごす時間は何ものにも代えがたいほどに、楽しくて…大切だよ」

言おう。

⋯終わろう。

⋯お別れの時間だ。長かったほうだ。本当なら、もっと早くに終わっていたのだから。半年もの間、幸せを享受できただけで、とても幸運だった。

(今まで、本当にありがとう。⋯さようなら)

覚悟を決めて、本心から言葉を吐き出した。

「「______貴方(貴女)が、好きです!」」

少し震えた綺麗な声が、俺の耳に届いた。

俺と同時だった。彼女に敬意や誠意を表そうと、久しぶりに畏まって敬語で告白をした俺の言葉にピッタリと重なった⋯六葉さんの声。

自分の声と重なっていたにも関わらず、彼女の声は不思議と、すらりと俺の耳に入った。

気の合う俺達には、今まで何度もこのような偶然があった。

そのため、耳が慣れたのだろうか?

驚いて見開いた俺の目には、頬を真っ赤に染めた六葉さんが恥ずかしそうに⋯そして辛そうな表情で潤んだ瞳を、相変わらず真っすぐと、俺に向けているのが映った。

互いが先ほどの言葉を発してから約6秒後、六葉さんは突如、ハッとした表情で固まった。

丸くなった若葉色の潤んだ瞳が、キラキラと光を反射して綺麗だ。

「えっと⋯六葉さん、もしかして今⋯俺と同じことを?」

「は、はい⋯!雄二さん、こそ⋯今⋯!」

羞恥心で赤く、そして驚きと辛さの滲んだ複雑な表情だった六葉さんの顔に、少しずついつもの明るさが戻ってきた。

その様子に、何となく少し安心した。

「す、好き、と⋯」

恥ずかしそうに目線を逸らし、もごもごと言葉を濁らせる六葉さん。辛さの滲んだ暗さが表情から消えていた。

「俺に言わせて」

「!」

六葉さんは、再び驚いた表情で、パッと俺の顔を見た。

そんな慌ただしい様子も、愛おしい。

「六葉さん、もし良ければ俺と付き合ってください」

「⋯!は、はい!喜んで」

この上なく幸せそうに顔をほころばせた六葉さんの表情は、優しくて、甘くて、綺麗で。

あまりにも愛おしい、ある意味、最も刺激的な笑顔だった。

(俺以外の、誰にも見せたくない)

「ありがとう⋯まさか、オーケーしてもらえるとは思わなかったよ。嬉しすぎて、現実味が無いな⋯」

「ふふ、私もですよ。⋯先ほどは、同時に告白をするとは思いもよらず⋯てっきり別れを切り出されると思っていて⋯辛さでいっぱいいっぱいになって、どうしても先に想いを伝えたくなり、つい割り込んでしまい、すみませんでした」

「いや、俺達らしくて良かったと思うよ。六葉さん意外と話している時は会話中にお互いに違う言葉が被ると譲り合ったり、不便なときが多かったけど、俺達は会話のテンポは合っているし、同じ言葉しか被らないから⋯なんか、空気が和むし好きだよ」

「⋯!それなら、良かったです。私も、雄二さんと同じ気持ちだといつも嬉しくて⋯あっ、告白は特別に嬉しかったですが⋯」

会話中に引いていっていた六葉さんの顔の熱が、告白の話をすることで戻ってきたらしく、再び赤くなっていた。

語尾を濁らせていることからも、相当、初心で照れ屋だとわかる。

(初々しいな。俺も慣れているわけではないから、人のことは言えないけど)

アドレナリンが切れたのか、俺もじわじわと現実味が感じられ、ついでに羞恥心等の色々な感情が襲ってきた。

俺が心を落ち着かせようと軽く深呼吸をしていると、ふと六葉さんが俯いた。

「⋯人間でもない私で、本当に良いのですか?」

バツが悪そうに、そう聞かれた。

彼女にとっては、自身が人間ではないことが負い目なのだろう。

「いいも何も、俺は六葉さんがいいんだよ。それに、人間でもそうでなくても、六葉さんは、六葉さんでしょう。俺は少しも気にしないよ」

俺が好きになったのは六葉さんであって、人間の六葉さんではない。

本件において、人間かどうかは俺にとっては重要ではなく、関係も無いのだ。

「⋯そんな優しい貴方だから、私は好きなんです。ありがとうございます」

顔を上げてニコリと微笑んだ六葉さんの目から、涙がポロリと零れた。

「あ、ありがとう」

(改めてハッキリと言われると照れるな⋯!)

涙を堪えようとしている六葉さんにティッシュを一枚取って手渡すと、「ありがとうございます」と言って受け取り、彼女は自身の目元の涙を拭いた。

それから一分ほどが経ち、お互いに落ち着いてきて、穏やかな空気と時間が流れた。

俺は再び意を決して、口を開いた。

もう、ほとんど緊張はしていなかった。

「六葉さん、改めて、俺と新居で一緒に過ごしてくれる?」

「はい、勿論です!」

存外、六葉さんはあっさりと、かつ嬉しそうに答えてくれた。

「ても、引越し先はどうしましょうか?先日、内見したなかから決めますか?」

「うーん⋯」

(六葉さんは家賃の半分を出す気満々だし、こ、恋人同士になったからといってそこは変わらないだろうな⋯二人暮しを前提に予算を上げて2LDHを視野に入れるのは流石に贅沢だし広すぎるよな。逆に六葉さんの負担を減らすために予算を低くするのは選択肢としていいかな?)

引っ越しの件は、できれば保留にはしたくない。

せっかく、二人で時間を掛けて内見をしたし、今のアパートの部屋はやはり狭すぎるからだ。

「⋯うーん⋯六葉さん、内見一件目の、ベランダが二箇所あるマンションが気に入っていたよね」

「えっ?そ、そうですね⋯確かに素敵なお家でした。しかし、雄二さんの職場から遠くなっしまうので⋯」

「実は俺も、あそこが良いと思ったんだよね。別に、マンションから駅まではさほど遠くないし⋯会社には普通に通えるよ」

(まぁ、今より少し大変にはなるけど、それでもいいと思えるほど、綺麗でセキュリティもそこそこしっかりしているから気に入ったんだよな)

あの日、内見は不動産屋の人が運転する車で回っていた。その移動の途中に、車内から件のマンションの近くに六葉さんの好きそうな公園が見えた。

それが、何よりも気に入った理由だ。

「⋯だから、あのマンションで、二人の新しい生活を始めよう」

「雄二さんが大丈夫なら⋯はい!お引っ越しの準備、精一杯、お手伝いします!」

「ハハッ、ありがとう」

真剣な表情で気合いを入れている六葉さんの姿が可愛い。

彼女の可愛い姿を見ていると、明るい気持ちになる。癒されて、元気が出る。

ゆえに、自然と笑みが零れるのだろう。

緊張が解け、口元が緩む。

二人の顔に涙が零れる代わりに、笑いが溢れた。



六葉さんと恋人同士になった日から、十日後の朝。

あれから引っ越しの手続きなど、諸々を済ませた俺達二人は、新居で目を覚ました。

新しい家具はまだ買い揃えてはおらず、元々使っていた布団をそれぞれ使っている。

寝室となった個室については、結局、優先して買ったパーテンションを置き、部屋の真ん中で仕切っている。

恋人同士になったが、六葉さんはまだ恥ずかしそうで一緒に寝たりはできなさそうなのと、互いのプライバシーの確保の理由も含めて二人で決めたことだ。

関係を進めることについては、初々しい六葉さんの足並みに揃えようと思っている。自分自身、不慣れだということもあるが、照れている可愛らしい彼女を見るのは癒されるので、彼女に合わせるのは苦痛ではないからだ。

「おはようございます」

寝室を出てリビングに入ると、俺よりも少し早く起きて家事をしてくれている六葉さんが、四人掛けのダイニングテーブルの上に朝食を並べていた。

二人掛けだと、大皿などを置いたときに意外と窮屈そうだったため、六葉さんが家具屋で見て気に入った、木製の四人掛けのダイニングテーブルと、それに合う椅子を二脚買った。

「今日は良いお天気ですね。こんな日には、いつか片方のベランダにアウトドア用のテーブルや椅子を置いて朝食を摂るのも、とても素敵です」

「あぁ⋯!不動産屋さんの人も言っていたよね。俺も憧れるなぁ」

外での食事は爽やかで清々しいため、好きだ。

そのためにテーブル等を買い足す価値はあると思っている。

「他の残りの家具を買いに行くときに、ついでに椅子とか見てみようか」

「はい!」

その後は、いつも通り食事や身支度を終え、六葉さんに見送られて出勤した。


仕事を終え、いつもとは異なる帰路についていると、引っ越しをしたという実感が芽生えた。

(六駅かぁ⋯以前と比べると遠いけど、やはり許容範囲だな)

今のところ、引っ越したことによる不便は特に無く、快適な生活だと言える。

(まだ引っ越しをして一日目だし、二人共これから不満が出てくるかもしれないけど、その時は六葉さんと解決策を考えよう)

そうして、考え事をしたりスマホでネットニュースを見たり、人気の家具を調べたりしていると、降りる駅に着いた。

その後、覚えたての道を歩いて新居であるマンションに帰ろうと歩いていると、見慣れない景色につい、視線が奪われる。

(あっ!あのお店、ケーキ屋かな?引っ越し祝いに買って帰ろう。今日はまた上司に理不尽に怒鳴られて気分が少し落ち込んでいるし、贅沢に高めのケーキでも買おう。今日は六葉さんも在宅クリエイターの仕事を頑張っているらしいし⋯)

ふと、六葉さんが遠くに感じた。

もう十数分歩けば家に着き、会えるのに。

(⋯元々、高嶺の花だったのに、毎日家事とバイトをしながら勉強して、仕事まで見つけたんだもんな。凄いよ、六葉さん⋯)

職に就いて、嬉しそうにしている六葉さんの笑顔が脳裏に思い浮かんだ。

正社員になれたと報告してくれた時のことも、自然と思い出した。

(あの日は今日みたいに上司に酷く怒鳴られて、さらに帰り道で暴漢に遭って、心身共にボロボロだったな)

仕事を辞めたいとも、思った。

今までは生きるためには仕事を続けなければならないという義務感から、辞めたいとまでは思わなかったのに、あの日、初めてそう思ったのだ。

そして、暴漢に遭ったトラウマにより、通勤などのたびに事件があった近くの道を歩くのが精神的にストレスだった。これについては、引っ越すことで解決したが、今の仕事に対する懸念は消えなかった。

普段、六葉さんはあまり辛そうにしている姿を見せないが、それは彼女が俺を気遣ってのことだろう。実際には、職探しは非常に大変だっただろう。

彼女は、仕事を見つけるために一人で努力した。しかも、それは俺の金銭的な負担を減らすためだった。

「⋯」

今は仕事が辛くて、たまに六葉さんに愚痴を話してしまう。

パワハラは以前よりは耐えられるようになったとはいえ、やはり辛い。

(六葉さんは俺をお手本にして就職活動を頑張ったと言っていたけれど⋯。…あー、今日は疲れたな。また明日考えよう⋯)

疲れを感じたため、一旦、考えるのをやめた。

六葉さんと初めて出会った日から半年以上が経ち、今や季節は秋だ。地球温暖化の影響で、まだ寒くはない。

ここ数日は少し空気の乾燥を感じさせる程度に吹いていた秋風が、不思議と今日だけは全く吹いていないため、より暑く感じる。

しかし、耐え難いほどでもないので、よしケーキを買いに行こうと決心した時、突如、正面から突風が吹きつけた。

「っ!」

周囲を歩く人々の、突風に驚く声が聞こえた瞬間、驚いて立ち止まっていた俺の顔面に飛んできた何かがベッタリと張り付いた!

視界が見えなくなり、慌てて自分の顔から一枚の紙を引き剥がして手に取り、見てみた。

「______!」

それは、今時あまり見掛けない、求人募集のチラシだった。

今よりも少し給料が高く、会社は新居からも近い。

(あっ、ここに書いてある資格、持ってる⋯!)

ドクン、ドクン、と心臓の音が耳に響いた。

転職。

人生で初めて、自分が転職をするという案を考えた。

(で、でも、この会社もブラックだったら⋯?今時、こんなチラシを作らなければならないのは酷い人手不足のせいで、それはブラックだから⋯という可能性もあるよな?)

怖い。

若いころから必死に仕事内容を覚え、働き慣れた今の会社を、この歳にもなって辞めることが。

新しい職場は、もしかしたら今よりももっと酷い環境かもしれないし、人間関係の構築も仕事内容を覚えるのも、一からやらなければならなくなる。

リスキーすぎる。

(⋯けれど、もし⋯もし、俺が転職できて、この会社がブラックではなかったら?)

六葉さんに愚痴なんかを聞かせずに済むし、単純に収入が増えるのも嬉しい。残業が減って帰宅時間も早まり、六葉さんと共に過ごす時間も増えるかもしれない。時間や心に余裕ができれば、俺も少しくらいは家事をできるかもしれない。

俺が働かなくてもいいと言ったにも関わらず、六葉さんは、わざわざ俺のために仕事を見つけてくれた。

葉女であるにも関わらず、決して甘くはないと解っている人間社会に飛び込んでくれた。

辛さを表に出しもせず、頑張ってくれた。

(⋯今度は、俺が勇気を出す番だ)

俺は、右手でチラシをしっかりと握り締めた。

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