幕間6 焚き火の向こう側
ボニフの衝撃の告白をしたその夜。
宴の喧騒が遠のき、森は再び静けさを取り戻していた。
エルフの集落の一角。
客人用に用意された小屋の外で、小さな焚き火がぱちぱちと音を立てている。
火を囲んでいるのは、アリアとドランの二人だけだった。
フィオは既に眠っている。
慣れ親しんだ森へ戻れた安心からか、今日はすぐに寝息を立てていた。
ボニフの姿はない。
どこへ行ったのかは分からないが、あの様子だと森でも見て回っているのだろう。
しばらく、二人は無言で火を見つめていた。
やがて──
「……ドランさん」
アリアがぽつりと口を開いた。
「ん?」
「今日の話……どう思いましたか?」
何の話かは言わなくても分かる。
五百年前の錬金術師。
賢者の石。
時間を越えた存在。
常識からかけ離れた話。
ドランは頭を掻いた。
「どうもこうも……正直、全部は飲み込めてねぇな」
「……ですよね」
アリアは苦笑する。
「いきなり“六百年前の本人です”って言われてもなぁ」
「普通なら頭おかしいって言って終わりだ」
「……でも」
アリアは火を見つめたまま続けた。
「嘘をついてる感じ……しませんでしたよね」
ドランは少しだけ目を細める。
「……ああ」
一拍置いて、頷いた。
「少なくとも、あいつは“騙そうとしてる顔”じゃなかった」
焚き火の火が、ゆらりと揺れる。
「それに」
ドランは肩をすくめた。
「長老のあの反応だ。
完全なデタラメってことはねぇだろ」
「……確かに」
アリアは小さく息を吐いた。
あのファルネスが取り乱した姿。
あれを見せられては、否定しきる方が難しい。
「……なんか」
アリアは少し困ったように笑う。
「すごい人だったんですね、ボニフさん」
「“だった”じゃなくて“今も”だろ」
「そうですね」
二人は小さく笑った。
しばらくして、ドランがふと呟く。
「最初はさ」
「はい?」
「正直、怪しいと思ってた」
アリアは少し驚いた顔をする。
「え?」
「いや、だってそうだろ。
いきなり現れて、訳知り顔で色々言ってきて、
やたら強ぇし、妙に落ち着いてるし」
「……それは、まぁ……」
「しかも見た目はわけぇのにあの口調だぞ?
普通警戒するだろ」
アリアは苦笑した。
「確かに……」
「でもよ」
ドランは焚き火に小枝をくべる。
「ミナのこともフィオのことも、あいつ本気で守ってた」
ぱち、と火が弾けた。
「危ねぇ時も、迷いなく指示出してたしな」
アリアの表情が、少しだけ柔らかくなる。
「……はい」
「だからまぁ」
ドランは肩をすくめた。
「全部理解はしてねぇけど、
信用してもいいかな、とは思ってる」
アリアは少しだけ驚いたように目を瞬かせた。
そして──
「……同じです」
小さく、そう言った。
風が静かに吹き、火が揺れる。
「正直……怖いです」
アリアは膝の上で手を握りしめた。
「自分のことも、妹のことも、
急に分からないことだらけになって……」
その声は震えていたが、消えそうではなかった。
「ハイエルフの血とか……教団とか……」
一度言葉を切り、深く息を吸う。
「でも」
顔を上げる。
その瞳には、迷いはあっても、折れはなかった。
「それでも、進まなきゃって思うんです」
ドランは黙って聞いている。
「妹を助けたいから」
一言。
それだけで十分だった。
「……ああ」
ドランは短く答えた。
「だったら行くしかねぇな」
単純で、力強い言葉。
アリアは少しだけ笑った。
「はい」
そして、少しだけ視線を落とす。
「ボニフさん……」
「ん?」
「なんだかんだ言って、
ずっと前を歩いてくれてますよね」
「まぁな」
「……あの人がいると」
一拍。
「大丈夫な気がするんです」
ドランは小さく鼻で笑った。
「分かる」
即答だった。
「なんかよく分かんねぇけど、
“なんとかするだろあいつ”って思えるんだよな」
「はい」
二人は顔を見合わせて、少しだけ笑った。
火は静かに燃え続ける。
森の奥からは、遠くエルフたちの歌声が微かに聞こえていた。
穏やかな夜。
だがその裏で、
確実に“何か”が動き始めている。
その気配を、二人はまだ知らない。
ただ──
「明日から、また忙しくなりそうですね」
「だな」
短い会話。
それだけで、十分だった。
焚き火の火が、静かに揺れる。
その向こう側には、
まだ見ぬ未来と、避けられぬ戦いが待っている。
それでも二人の表情に、不安だけはなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次から間章となります。
明かされた教団の歴史。
物語はここから長い旅へと進んでいきます。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
※次回から毎日2話更新(12:00、21:20)に変わります。
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