第66話 血筋とは時に道を示すものじゃ
長老ファルネスの言葉が途切れた空間は、
まるで森そのものが息を潜めたかのように静まり返っていた。
アリアは胸元を押さえたまま、困惑した表情で立ち尽くしている。
フィオはアリアの手を握り、心配そうに見上げていた。
ファルネスはしばしアリアを見つめた後、
ゆっくりと視線をフィオへ戻した。
「……まずは礼を言わねばなるまい」
静かだが、深く響く声。
「フィオを……我らの大切な子を、ここまで連れてきてくれたこと。
お前たちには感謝している」
アリアは驚いたように目を瞬かせ、深く頭を下げた。
「いえ……私たちはただ、フィオを助けたくて……」
「それでもだ。
外の世界でエルフの子が生き抜くには厳しい」
ファルネスの視線は優しく、しかしどこか痛みを含んでいた。
「フィオは……我が血筋の者。
何代も隔ててはいるが、確かに我が家系の子だ」
「えっ……!」
アリアが息を呑む。
フィオはきょとんとした顔で自分の胸に手を当てた。
「ぼく……ファルネスのおじいちゃんの子孫なの?」
「おじいちゃん……?」
ファルネスの眉がぴくりと動いた。
わしは思わず吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。
「……まぁ、そういうことになるな」
ファルネスは苦笑しつつも、どこか誇らしげにフィオを見つめた。
****
だが、次の瞬間。
ファルネスの視線は再びアリアへ向けられた。
その目は、先ほどよりもさらに鋭い。
「……アリア、と言ったな」
「は、はい……」
「お前の中に流れる“気配”……
それは、人族でも我らエルフのものではない」
アリアは困惑し、わしは静かに耳を傾けた。
「では……何なんですか?」
ファルネスは深く息を吸い、言葉を選ぶように口を開いた。
「……ハイエルフの気配だ」
アリアは目を見開き、フィオは驚いたようにアリアを見上げた。
(やはり……そうか)
「アリアおかあさん……ハイエルフなの?」
「わ、わかんない……そんなはず……」
アリアは首を振るが、ファルネスは静かに続けた。
「ハイエルフとは、古の時代に存在した“上位種”だ。
我らエルフよりも強い魔力と、深い森との同調を持つ。
だが……今はもう絶えた……」
「絶えた……?」
「そうだ。
三百年程前に……」
ファルネスは目を伏せ、
「私の目の前で、最後のハイエルフも姿を消した……」
ファルネスは寂しさと悔しさと、
そして僅かに、しかし確かに憎悪を混じらせた表情を浮かべた。
(ファルネス……おぬしは……)
わしの居ぬ五百年の間に経験したであろう物事が
ファルネスの心に深く闇を作ったことを感じ取り、わしは微かに視線を逸らした。
アリアは唇を震わせた。
「じゃあ……私は……」
「お前がハイエルフそのものとは限らん。
本来のソレより薄い気配だからな」
一拍。
「だが……血筋が混じっている可能性は高い」
アリアは胸元を押さえたまま、ゆっくりと息を吸った。
フィオはアリアの手を握りしめ、ぽつりと言った。
「だから……ぼく、アリアおかあさんのこと……
“あったかい”って思ったんだ」
アリアは驚き、フィオを抱き寄せた。
「フィオ……」
「ぼく、ずっと分かんなかったけど……
アリアおかあさんのそばにいると、安心するの。
森みたいに、やさしい感じがするから」
ファルネスは静かに頷いた。
「ハイエルフの血は、周囲に“安らぎ”を与える。
フィオが懐いた理由も……説明がつく」
アリアは言葉を失い、ただフィオを抱きしめた。
****
ファルネスはわしらへ向き直った。
「フィオを守ってくれた礼として……
何か力になれることがあれば言ってほしい」
アリアは少し迷った後、深く頭を下げた。
「……妹を探しています。
行方不明になって……その背後に“教団”がいるかもしれないんです」
ファルネスの表情がわずかに険しくなる。
「教団……」
「何か……ご存じありませんか?」
アリアの声は震えていたが、瞳は真っ直ぐだった。
ファルネスはしばし沈黙し、
やがて重い口調で言った。
「……お前にハイエルフの血筋が混じっておることを前提に話せば」
ファルネスは目を細め、そう前置きをした。
「お前の妹の失踪については思い当たることがある」
「……!」
アリアの肩が震える。
「その前提に立てば、それはお前が言う通り
ほぼ間違いなく"教団"が関わっておる」
「そしてそれは、思っている以上に深く、そして暗い」
アリアは拳を握りしめた。
「……それでも。
私は……妹にまた会いたい!」
その声は震えていたが、強かった。
ファルネスは静かに頷いた。
「ならば……そう……どこから話すか……」
アリアは息を呑み、わしとドランは無言で頷いた。
フィオはアリアの手を握った。
物語は、さらに深い森の奥へと進んでいく。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブックマーク・評価をいただけると励みになります。




