第64話 その攻撃は威嚇じゃな?
結界を越えてから、森の雰囲気はさらに変わった。
暗いのに澄んでいて、どこか懐かしい匂いがする。
風が柔らかく、葉の揺れ方も外の森とは違う。
「なんか……久しぶりな感じ」
フィオが目を輝かせながら歩く。
「うむ。ここは完全にエルフの領域じゃ。
外とは魔力の流れがまるで違う」
わしは周囲の木々を見上げた。
枝の伸び方、葉の形、根の張り方──
すべてが“整って”おる。
自然のままなのに、どこか意志を感じる森じゃ。
「この雰囲気じゃと、もうすぐ集落があるはずじゃが……」
そう呟いた瞬間。
──ヒュッ。
風を裂く音がした。
「っ!?」
アリアが反射的にフィオを抱き寄せる。
ドランは槍を構え、わしは魔力を練る。
矢が一本、わしらの足元に突き刺さっていた。
「何ヤツ!?」
ドランが歯を食いしばる。
上を見ると、木の上に複数の影。
弓を構えたエルフたちが、こちらを鋭く見下ろしていた。
その視線は冷たく、容赦がない。
「……歓迎……はされていないようですね……」
アリアが小声で言う。
「当然じゃ。フィオと一緒とはいえ外部者が勝手に結界を越えたのじゃからな」
わしが答えると、木上のエルフたちが声を発した。
〈名を名乗れ、外の者〉
耳に心地よい響きだが、意味は分からん者にはただの威嚇。
「……なんて言ってるんですか?」
アリアが不安そうに尋ねる。
「“名を名乗れ”じゃ」
「えっ、分かるんですか!?」
「まぁな」
わしは軽く息を吸い、エルフ語で返す。
〈我らは敵意なし。通行の許しを乞う〉
その瞬間、木の上のエルフたちがざわついた。
〈人族が……〉
〈発音が古い……?〉
〈どういうことだ〉
驚きと警戒が入り混じった声が飛び交う。
その時、フィオがアリアの腕の中から顔を出した。
「ねぇ、あそこ……」
フィオが指差した先で、エルフたちの動きが止まった。
そして
〈……フィオ様……?〉
〈まさか……生きて……〉
ざわめきが広がる。
アリアは驚きつつも、深く頭を下げた。
「突然の訪問で驚かせてしまい、申し訳ありません。
私たちはフィオを保護し、ここまで連れてきました」
丁寧で、落ち着いた声。
エルフたちは互いに視線を交わし、
やがて一人が木から降りてきた。
銀髪の青年エルフ。
背は高く、動きは静かで、目は鋭い。
彼はまずフィオを見つめ、
次にアリア、ドラン、そしてわしへと視線を移した。
「……事情は聞いた。
だが、それだけで信用するわけにはいかない。
フィオ様が無事で、お前たちに懐いていようとも、だ」
「アリアおかあさん達なら大丈夫だよ?」
「……おかあさん……!?」
フィオはアリアを見た後、青年の方を見る。
青年は目を丸くしたが、コホンと息を整えた。
「フィオ様がそう言おうと、我々としてはそうですか……とはいきません。
それも外部からの人族なのですから」
青年は仲間たちに短く指示を出し、
周囲に武器を下げさせる。
ただしまだ警戒はされておるが。
「むぅ……」
フィオは青年の言葉に膨れておる。
「まずは話を聞かせてもらう。ついてきてくれ」
わしらは青年の後ろを歩き始めた。
****
外縁部の集落は、木々の上に築かれていた。
太い枝に家々が並び、橋のような木の道がそれらを繋いでいる。
地上にも建物はあるが、どれも自然と調和しておる。
「すごい……」
アリアが息を呑む。
「うむ。六百年前と変わらん……いや、少し洗練されたか」
「五百年前の次は六百年前ですか?」
アリアは呆れた声でそう言った。
「細かいことは気にするな」
わしはそれを聞き流しながら、懐かしさと違和感の入り混じった気持ちで周囲を見渡した。
エルフたちはわしらを警戒しつつも、
フィオを見ると表情を曇らせたり、驚いたりしておる。
〈フィオ……?〉
〈どうして人族と……〉
その声にフィオは少し怯えたようにアリアの手を握った。
「大丈夫だよ。私がいるからね」
アリアは優しく抱き寄せる。
フィオは小さく頷いた。
****
集落の中央に着くと、青年エルフが振り返った。
「ここで待っていてくれ。上に報告する」
「上……?」
「長老だ。
フィオ様の件も、お前たち外の者をどう扱うかも、
長老の判断が必要だ」
青年はそう言い残し、木の上へと消えた。
アリアは緊張した面持ちでフィオを抱きしめる。
「……大丈夫かな」
「まぁあやつらのフィオへの反応を見る限り大丈夫じゃろう。
あやつが生きておれば、もっと話が早かったじゃろうが……」
「“あやつ”って……?」
「昔の知り合いじゃよ」
アリアは不思議そうにわしを見たが、
それ以上は聞かなかった。
****
夜。
集落の一角にある客人用の小屋を貸してもらい、
わしらはそこで休むことになった。
フィオはアリアの膝の上で眠りかけている。
「今日は……疲れたね」
「うん……でも、アリアおかあさんがいたから平気」
アリアは微笑み、フィオの髪を撫でた。
ドランは外で槍の手入れをしておる。
わしは窓から外を眺めた。
木々の上を渡る光。
静かな歌声。
風に乗る魔力の流れ。
(……六百年前とは違う。
だが、根っこは変わっておらん)
懐かしさと、ほんの少しの不安。
(あやつは……今も生きておるのか)
わしは目を閉じ、深く息を吐いた。
明日、長老のもとへ向かう。
そこですべてが動き出すのじゃろう。
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