第六話 一番の悪魔
中堂凛によって集められた三人は、凛が放った身勝手で無機質な言葉に衝撃を受けた。なんとなく背筋にぞわりとした寒気を覚え、立ちすくむ三人。
そんな中、凛だけは元気に動き出す。いそいそと三人に同好会への入会手続の書類とペンを渡す。それから、自分は教卓の方へ歩いていく。教卓にはマイク、スピーカー、CDプレイヤーが置かれている。
それらからは線が伸びていて、ミキサーという、たくさんのつまみが付いた機械に全てが集約されている。この機械が音量の操作や音の処理を一手に引き受けるわけだ。
「もう一度言う。君らに選択肢なんてない。その上で、今から抵抗する気力さえ奪うから」
先輩はマイクを片手に、ミキサーのつまみを動かして、プレイヤーに触れる。すると、音楽が流れ始める。聞き覚えのあるイントロは自身が流行りのJ-POPであることを知らせる。コマーシャルで良く流れるミュージック。軽快なサウンドはボーカル、メロディの侵入を心地よく迎い入れるようで……。
先輩が口を開くと、綺麗な声が教室を埋め尽くした。声の方へ耳が引っ張られるような不思議な感覚がする。歌が上手いとか下手だとか。声が好きとか嫌いとか。そういう次元の話じゃない。耳が、身体が、心が。先輩の声以外のものを受け入れられなくなる。声を聴くこと以外の全てがどうでもよくなったみたいだ。
凛は歌う。自分の中の感情全てを吐き出すように歌う。喉から、腹から、体全身から、放たれる声は力強いメッセージとなって聞き手の耳へ、心へ届いていく。
彼はワンコーラスだけ歌うと、間奏の最中でミキサーの全てのツマミを下ろして音を止めた。
「……ほら、さっさと入会届書けよ。それぐらいはできんだろ」
凛の鋭く低い問いかけに対して、茸木と田中は首をコクリとだけ動かすと、ペンのキャップを外して一目散に書類へ、ペンを走らせる。少し顔が赤く、恍惚とした表情を浮かべている。
──え? 何これ。催眠術?
「凛くん? これはどういうことなの?」
俺は疑問をそのまま口にする。すると、先輩は目線だけを俺に向けた。その鋭い目から放たれる冷たさは、迂闊に触れば霜焼けしてしまいそうなほどの温度を感じる。
「お前は黙ってボクに曲を書け。ボクを引き立てることだけを考えてろ」
先輩は強い口調と冷たい眼差しを俺に向ける。たおやかな雰囲気は何処へやら。冷徹さと近寄り難さを感じる。切り揃えられた前髪を揺らしながら、ズタズタと俺に近づくと、不快感を示すような顔で見上げてくる。これは見上げすぎて、もはや見下されてるって、こと?
「え! なになに、いきなり口悪いし! 態度コワいし。っていうか──」
「喚くな。いつ喚いていいと許可した。お前はボクから逃げられんのか? そんなクソみたいなこと考える暇あったら曲書け」
「書くけどさー。書かせてもらいますけど。ちゃーんと、俺には教えといて欲しかったなー。凜くんのそういうとこ」
「黙れ。次、文句垂れたら作曲AIとして改造する。返事は」
「はいーーー」
俺は脊髄反射で返事をした。……作曲AIとして改造するってなに!!! 何をされるのか意味不明だけど、きっと怖いことなのだ。
三人は無我夢中で書類を書く。凜はときおり退屈そうに外の景色を眺めている。途中で田中と茸木が青ざめた顔をしながら、顔を見合わせていたが、凛の目線を一度受けると、すぐさま作業を再開した。三人が入会届を書き終えると彼は口を開く。
「次はこの会の代表決めだ。田中、お前がやれ」
「ええ、ボクですか!」
「なんで? 凛くんじゃダメなの?」
「はぁ? んなこと、少し考えれば分かるだろ。ボクが三年だからに決まってんだろ。ボクがいなくなったら、この会はそれで終わりなわけだ。ハッ、笑わせんな。そんな生温い覚悟でボクの歌を引き立てられると思ってるわけ?」
「あなたがいなくなったら、みんな辞めるんじゃ……」
「あ゛茸声ちっせえぞ。言いたいことあるならハッキリ言えよ。それぐらいはAIでもできんだろ」
「まぁまぁー、仲良くしましょうねー」
──まじかー。俺結構、胃に穴が空くポジションかも。だけど、俺おかしいのかな。先輩にどんな汚い言葉使われたとしても、許せてしまう気がする。
「まだ決めることはあんだ。いちいち喚くな。ボクに手間を取らせるな。分かったか?」
「はい!」
「はいー」
「はい……」
それぞれが返事をする。聡平が教室の外で接していた凛の柔らかな眼差しはどこへやら、今は鋭く冷たいものになっている。
話し合いという名の強制パート指名会の幕が上がった瞬間である。
「今から誰がどこのパートをやるか、ボクが選ぶ」
四つの椅子を仲良く円形に並べていた質問場所は変わり果てた。凛は机に乱雑に足を投げ出し、不機嫌そうに腕を組む。
その前にピシッと背筋を正して椅子に座る、聡平、茸木、田中という構図に変わる。面接官の態度が悪すぎるという点を除けば、面接さながらの緊張感が教室中を埋め尽くしている。
「まず、田中」
「はい」
「聞こえないんだけど」
「はい!!!」
──うわー。理不尽な体育会系みたいなことやってるー。先輩、趣味悪いよ。
とはいえ、緊張の一瞬だ。一体田中くんはどんな楽器を弾くのだろうか。ダンス部らしいし、リズム感良さそうだよね。茸木くんは完全見た目からだけど、K-POPとか好きそう。俺たちはどんな音楽をこれからやるんだろう。
「ドラム」
「…………」
「耳腐らしても、リズム感腐らせたら、マジでAIにするからな」
「いやいやいや、無理ですって! やったことないですよ。というか全くの音楽素人ですよ。僕!」
「ええええええ」
先輩が集めたメンバーなのだから、音楽経験者なのかとばかり思い込んでいた。俺の驚きに一切の関心を先輩は持たない。そればかりか、一縷の迷いも戸惑いも感じられなかった。
「ちなみにオレも楽器なんてやったことないですよ。音楽も全く聞かないです」
茸木がぬるりと手を上げて、淡々と告げた。
「ちょっと凛くん! これはどういう?」
「騒ぐな。お前は順番すら守れねぇのか。茸、お前はギターだ。分かったか」
「へー」
「えらく気の抜けた返事! この人なんか僕だけに厳しいぃんだけど!」
田中の嘆きのツッコミは凛に届かない。聡平は落ち込む田中にグーサインを送る。強く生きて下さい! そんな意図が込められたサインだろう。
「そして」
凛は机の上に立つと、ネクタイを強引に緩め、ワイシャツの第一ボタンを乱暴に外す。そして、静かに口を開ける。
「ボクが、ボーカルだ」
「ですよねー」
俺が結び直したネクタイが……。若干の寂しさを覚える。あれ、そういえば俺のパートは?
「あのー、凛くん? 俺は楽器担当は無しってこと?」
演者ではなく曲作りや同期音声作り担当の裏方。俺はあんまり目立ちたいタイプではないので、それはそれで嬉しい。
「一から全部言われなきゃ分からないわけ? 志之、お前はボクに曲を作る。足りねぇもんぐらい、自分で判断しろ。ボクの期待に応えてみせろ」
初めての苗字呼び。それなのに、この喪失感は何だろう。寂しいような、悲しいような。単なるカルチャーショックみたいなものかもしれない。それよりも先輩が俺に向ける信頼感のようなものが嬉しかった。
「う、うん。分かったよ。任せて凛くん!」
「ああ」
「なんか! 志之くんにだけ若干優しくない⁉︎」
「はぁ……憂鬱だ」
こうして、それぞれの担当パートが決まった。なぜ、田中と茸木なばきがこのパート担当になったのかは、これから分かるかもしれない話。互いの持っているものに惹かれあった二人と、成り行きと理不尽のせいで共にすることになった二人による。春夏秋冬。たった一年足らずのバンド活動が始まった。




