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天使みたいで悪魔みたいな先輩とはじめる音楽活動  作者: シンシア


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第十一話 ちびっ子たちに届ける歌よ

 「ちびっこ工作教室」を手伝うかわりに音楽ライブをさせてほしい。中堂凛なかどうりんが二年前に作ったパイプが今回のボランティア先であった。つまり、彼は二年前に一度、この場所で歌ったということだ。


「ちょっといいかな」


 聡平そうへい茸木なばきを連れて、ステージ裏に向かっている最中。彼は鶴見つるみにこっちこっちと呼ばれた。聡平そうへい茸木なばきへ先に行くように伝えて、彼女の元へと足を進める。


「なんですか?」

中堂なかどうくんのこと。ちゃんと見ていてあげてね。それだけ」

「え、あ。はい。もちろんです」


 俺は鶴見つるみさんからのお願いを聞くと、直ぐに踵を返した。


 見るもなにも。先輩から目を逸らすことなんて出来るわけがない。俺の体は先輩の歌声が聞きたくて、うずうずしているのだ。飼い主を見つめ、GOサインを待つ犬のように。だから、俺に彼を見ていろだなんて、愚問中の愚問だ。


「やっと来たね」


 気が付くと、耳に入るのはタナショーの声。文字通りのステージ裏。垂れ幕を舞台の上から垂らしただけの簡単なホリゾント()の裏側。コンクリートむき出しの空き地のような空間。


そこにはネクタイをうんざりとした態度で緩める不機嫌そうな先輩。たぶん「折り紙バカ」と罵られて、しょんぼりとしているタケ。胸に手を当てて浅い呼吸を繰り返しているタナショー。俺を待つ三者三様の様子が何だかおかしくて、つい噴き出してしまった。


「随分と余裕そうだな」

「うん。不思議と不安はないね。むしろ、やっと皆で最後まで演奏できるんだって、ワクワクしてるかな」

「ええ……。体だけでなく、中身までヒーロー体質なのか……」

「…………」


 いつもなら田中のツッコミが飛んできそうな間が訪れるも、彼は無言であった。りんはそんな田中の様子を見て、口を開く。


「ボクが出来ると判断したから、このボランティアとライブを引き受けたんだ。お前はいつも通りボクの歌を聞きながら、思うままに叩けばいいだけだ」

「でも……一回も一曲通しで演奏したことないんだよ。それに観客の前だし」

「ああ、お前は正しい。子どもだからって音楽の良さが分からないわけじゃねぇ。あの子たちはそこらの評論家よりもタチが悪い。退屈ならあからさまに態度に出るからな」


 いつものように吐き捨てるような言葉ではなかった。先輩はタナショーの不安な気持ちも理解した上で、正直な自身の考えを放つ。


「だが、あいつらは少なからずボクたちに興味を持っている。手伝いのお兄さんたちがどんな姿で、どんな演奏をするのかを楽しみに待っているはすだ。好感度が全くのゼロスタートってワケじゃない」

「もしかして、オレに折り紙で子どもたちの気を引かせたのはそのため……」

「さぁな。音の聞こえ方、作品の見え方なんて、それ以外の付加価値でどうとでもなる。全くの他人の素晴らしい演奏よりも、知り合いの平凡な演奏の方が、耳に良く届くケースはいくらでもある」


 つまり初ライブの場としては、見た目以上に申し分のない場所が用意されたということだ。あとは、一歩踏み出すだけ。少しばかりの勇気が必要なだけである。


「よし! タナショー、タケ。成功しても失敗しても一曲は一曲。最悪の場合。りんくんのアカペラだけでも場は持つと思うからさ。とりあえずやってみようよ」

「……うん」

「そうだな……」

「じゃあ、お前ら先にステージ上がって、音の最終確認をしてこい」


「「「おー!」」」


 田中、茸木なばき聡平そうへいの順で垂れ幕の裏からステージへと進んでいく。


聡平そうへい


 ステージに顔を出す手前で先輩に呼び止められた。振り返ると、ネクタイの結び目を握りしめながら顔を上げて首を見せる先輩の姿があった。


Dolce(ドルチェ)


 確かにそう聞こえた。


「……そういうことね」


 俺は先輩に近づくと、首元に手を伸ばしてネクタイをしっかりと結び直す。


「舞台上ではもう緩めちゃダメですからね。その方がイイです」

「ああ、絶対外さないから」


 先輩は心底嬉しそうにネクタイを握ると笑った。


志之しのー。早く来てくれ。オレたち音出しのやり方わかんないんだけど……」

「ごめーん、今すぐ行くから」


 俺は急ぎ足でステージに上がった。


 音出しの最終確認といえど、もう幕は上がっている状態。今回のライブのお客様は大半が小さな子どもたちだ。準備をじっと待っていられるわけもなく、「まだー?」「はやくー」などの可愛らしい野次がステージ上に飛んでくる。


ステージ上では聡平そうへいが慣れない手つきで機械ミキサーのつまみを操作して、田中と茸木なばきに確認を取りながら諸々の音量を調整していく。


「うわ、マイクの音でか……」

「こっちはドラムの音しか聞こえないよ」

「えええ、ちょっと待ってね」


 ぶっつけ本番。焦りだけが積もる状況に加えて、はじめましての演奏環境。個々が十二分に納得がいく、気持ちの良い音量バランスなど組めるはずがなかった。


「二人とも、今から聞こえる音がしっかり聞こえたら手を挙げて」


 俺は先輩が使う予定のマイクで「あ、あ、あ……」や「えー……」と声を出す。二人が手を挙げるのが見える。これが今の最適解だと思う。俺たちは先輩の歌声に操られるように練習をしてきた。リハーサルなんてしていないから、近づけるべき環境ははよくある理想のライブ環境ではなく、あの部室での練習環境だ。


それ以外の音は適当につまみをあげておく。これぐらい雑の方が部室っぽいだろう。後はこのマイクを中央最前のスタンドにセットする。スタンドを大体先輩の身長ぐらいに整えたら終わりだ。さぁ、どうやって先輩を呼んだらいいものか。俺は自分の楽器が複数本置いてある場所に移動して、マイクスタンドの前に立つ。そして、大きく息を吸って。


「皆さん、お待たせしました。日名菊ひなぎく学園高等部。新・ボランティア同好会です。今日はお集り頂きありがとうございます」


 聡平そうへいが司会を始めた。彼がお辞儀をすると、それを見ていた田中と茸木なばきも頭を下げる。鳴り響く拍手の音。


「早速、演奏を始めたい所ですが……まだお歌のお姉さんが来ていません。呼ぶのを一緒に手伝ってくれませんか?」

「「いいよー」」

「おー!」

「えー」

「めんどーい」


 沈黙も合わせて多くの回答が返ってきた。おおよそノッてくれている子が多い気がする。


「ありがとー。そしたら一緒に名前を呼んでね! りんちゃーん! みんなも、せーの!」


「「「りんちゃーん!」」」


 すると、凜ちゃんコールに間髪入れる間もなく凜がステージ中央最前へ走って来た。顔を真っ赤にしながら、無造作にスタンドからマイクを手に取る。


「……はーい! みんなの声が聞こえたので来ちゃいました! ボーカルを務めますりんちゃんでーす!」


 凛は綺麗な声で精一杯おどけて見せる。首を可愛らしく傾げながら、客席へ手を振る。


「「「…………」」」

「……わーい」


 観客は凛に想像以上に高いテンションに困惑しているようだ。数秒の沈黙の後、ぽつりぽつり聞こえはじめる拍手の音。


 あれ。俺、何か間違えたかなぁ。横から刺さる視線が痛い。先輩はマイクを通さずに俺に話しかける。


Furioso(フリオーゾ)

「凛くん、ごめんって。こういうあおり文句慣れてなくてさ」


 俺は両手を合わせて、今できる最大の気持ちを表す。ふん、と先輩はすぐに前へ向き直った。俺も進行を再開する。


「それでは気を取り直して……。一曲だけ聴いてください。────」





 始まってしまえば一瞬だった。多少ぎこちないイントロも。凜の歌い出しまで乗り切れば、子どもたちの騒めきも聞こえなくなった。聡平はスタンドに固定したベースとギター。そしてキーボードを使い分けながら、田中と茸木なばきの足りない部分を補強するように音を重ねていく。


車を運転するのが凜だとすると、聡平そうへいの役割は田中と茸木なばきが振り回されて酔わない様に手厚く介抱することだ。


不安だった一番と二番を繋ぐ間奏も、りんの口笛によるアドリブのおかげで、テンポを崩さずにスムーズに演奏することが出来た。


 次々にアイディアが浮かんでくる。通しで演奏するのは初めてだけど、反復した練習のおかげで、譜面を見ないでもタナショ―とタケが苦手な部分も、得意な部分もはっきりと分かった。その穴をパズルのように埋めていく。


だけど、俺と二人の音なんて正直どうでもよかった。耳で、全身で受け取る先輩の歌。彼の横で、自分だけの特等席で聴くことのできる天使の声。この歌に支えられ、寄り添えている事実にただ浸るだけだった。おかっぱと体を震わせるだけでなく、体の隅から隅まで、自身が使える全てのエネルギーを絞り出すかのような、彼の姿が眩しい。



 訪れた静寂が演奏の終わりを告げた。巻き起こる拍手と歓声。聡平そうへいが喜びを共有しようと真っ先に凛へと目を向けた時。


「凛くん!?」


 聡平そうへいの視界に映ったのはぐらりと姿勢を崩す華奢な体。彼が楽器を担いでいないことが幸いした。すぐに一歩を踏み出して駆け寄る。その体がステージから落ちる前に抱き留めることに成功する。


 観客の喜びは一転して不協和音を奏でる。腕に加わる力の元が心配で仕方がなかった。それでも今優先することは。


「──Grazie(グラッツィエ)。ありがとうございました。新・ボランティア同好会でした!!」

「「ありがとうございました!」」


 俺は目の前の少し低いマイクで感謝の気持ちを表した。拍手に見送られながら俺たちは舞台からはけた。

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