常に全力だと疲れるから適度に手を抜こう
別口の解決策として新しいアカウントを作ったらどうかと考えたが、脳波とリンクされていて一人1アカウントまでらしい。なんとも用意周到だな。
IIO Linkに寝っ転がり、ゲームを起動する。毎度のことだが目を瞑り、ログインし、すぐに起きる。
「はぁ、宿屋の天井だ」
「ふぁ、ふぉふぁふぉ、あふぁふぁふぁ」
「……おはよう」
部屋のテーブルの方から声が聞こえてくる。エリスとユキだ。ふたりはなにか仲良くなっていた。エリスは人間状態なので、どうやら人になれるとバラしたらしい。しかも……。
「お前なに食べてんの?」
「ふぁふぉふぁおおふふぃんふぁふぁ」
「……口の中のものを飲み込んでからしゃべれ」
ごくん、と飲み込み喋り出す。
「宿のオッサンにあぶらあげもらったの」
ああ、俺が頼んどいたヤツね。約束のブツか。
「……まさかその人間状態で出てないだろうな」
「ユキが代わりに受け取った」
「そうか、それならいいんだが。ユキはなにも食べてないのか?」
「食べてないよ。そもそもウチは宿り先にエネルギーもらって生きてるから食べなくても大丈夫だし。今はお兄ちゃんにもらってるよ」
「お前俺が寝てる間、変なことしてないだろうな」
「ふふふー秘密!」
イタズラ好きだ。今は鳴りを潜めてはいるが、俺が寝てる間なにをしているやら。部屋から出れないようになってるのだけが安心だ。
「てか、暇なんだけど。アラタ寝すぎ」
「しょうがねーだろもう一方が暇じゃないんだから」
「ま、いっか。で、今日はなにすんの?」
「今日はレベル上げだな。ただその前に……」
髪を、染めに行く!
☆
俺は今、プリムスマギアにあるNPC美容院にきている。
プレイヤーのやってる場所は顔が割れる可能性があるので、こっちしかない。
俺は肩に狐、隣に和装の少女を連れて入店する。完全に不審者である。
「いらっしゃいませ」
カウンター越しに、美容師っぽいお兄さんが聞いてくる。
「あー、髪を染めて欲しいんですが」
「わかりました。色はどうしますか?」
色かぁ〜、決めるの忘れてた。でもなぁ、せっかくだし、憧れもあるし......。
「黒に、してもらえますか」
「わかりました」
そんなこんなで、俺は生まれてはじめて髪の毛を暗い色に染めた。
あの掲示板に上がってた画像は、後ろから撮られたものだった。前からのはない。七瀬はなぜか俺だとわかったが、あんなことそうそう起こりえない。だから、髪の色を染めた。
それに、髪を染めてもらってる最中に思いついたことだが、子狐を連れてるとバレるなら、エリスを人間にしてしまえばいいんだ。
「エリス、人間状態になれ。色も戻していい」
「いいの!?」
「ああ、これからはそっちでいく。白い狐を連れた金髪の男、そういう噂が一人歩きしてる。それならその噂から逸脱しちまえばいいんだ」
......これで俺は晴れて少女ハンター、ロリコンクソ野郎だ! ただ、幽霊を倒せる人間という情報は隠せる。俺が本当に隠さなきゃいけないのはそっちだ。
そもそもオーガ9にはバレてるわけだし、この際ロリコンの誹りを受けようが、もう知ったことではない。俺は下唇を噛みながら、2人を連れて美容院を去った。......あ、エリスが人間になれることはバレてないか。はぁ〜あ、次はなに言われるんだろうか。
☆
「今日は、クエストではなく、君たちふたりの能力テスト兼レベル上げをします」
「や」
「はーい」
一人は拒否し、一人は素直。
「エリスぅ、俺の契約聖獣ならちょっとは従えって。ほら、あぶらあげだぞー」
「しょ、しょうがないな」
そうエリスは言うと、恐る恐る油揚げを受け取り、食べ始める。餌付けなしで動くようになってくれるのはいつだろうか? 本当に先が思いやられる。
「じゃ、とりあえずユキに合わせてゴブリンな。いくぞー」
3人揃っててくてくと、プリムスマギアから外に出て西の草原を目指す。
ここ、プリムスマギアは大陸の東部にあり、ここからプレイヤーが西に勢力圏を広げていく感じになっている。
俺は第二の街セカントリスへと繋がる街道を歩き、そこを外れてゴブリンの生息地へと足を踏み入れた。
すると、『ゴブッ、ゴブゴブッ! ゴブッ!』とゴブリン三人衆が出てくる。三人衆と言っても特にこれといった特徴はなく、棍棒い腰蓑、いたって普通のゴブリンである。雑魚中の雑魚だ。
「じゃあまずはエリス。なにかできることやってみろ」
すでにある程度レベルが上がっているエリスに要求する。
「はいはい、くらえ【鬼火】!」
ボボボッ、と3本の尾の先から合計で3つ、少し怪しい色をした火の玉が出る。そしてそれはゆっくりゴブリンへと向かってゆく。
「ちょっとゆっくりすぎないか? あれだと普通当たらないだろ」
「しょうがないじゃん、できることやれって言うからやったの!」
そのまま鬼火はゆったりとゴブリンへと向かってゆく。ゴブリンはあまりの炎の遅さに大笑いし、棍棒で殴りつけた。
ドオオオオオオオオオオオオオオ
鬼火が爆発し、その場に極太の火柱を生成する。
「まーじで?」
「エリスちゃん、やばぁ〜……」
エリスは俺の後ろに隠れて無事だったが、俺とユキはもろに余波をくらってしまい、爆風が肌を撫で、髪をすべて後ろへ持っていく。
俺とエリスは1ずつ、ユキは2レベル上がる。
「……エリス、やりすぎ」
「ごめんって、ここまで威力あるとは思ってなかったの!」
バカが。何事も手加減が重要だろうが。親に習わなかったのか?
「次、ユキ!」
再度別のゴブリンが寄ってきたので、ユキに攻撃させる。
「はーい。【氷殺槍】ぅ〜」
なにやら殺意の高そうな漢字が視界の端に表示されたような気がしたが、気のせいだろう。
ユキの頭上に大きな氷の塊が出来上がる。先の方は鋭利だが……。
「これ、槍?」
「槍だよーお兄ちゃん! えいっ!」
俺たちの頭上に作られた氷山の一角は、ゴゴゴ......と近づいてくるゴブリンに向かってゆき、貫くと言うより圧死させてしまった。
戦闘が終了し、この場に残ったのはゴブリンがドロップしたであろう棍棒と、よくわからんゴブリン骨だけ。
……これ、俺いらなくね? というか、ユキって座敷わらしじゃなくて雪女じゃないの? 謎が増えたぞ。
それから数時間、俺たち3人はレベル上げをしまくった。最終的なレベルは全員同じで18。
そして、一度ギルドへ戻りクエストを確認したところ、どうやら第二の街に行く道中にゴーストの出る湖畔があるらしい。それの討伐クエストが出ていたので、それを受けて第二の街へと向かう。
「またおばけ関連? ホントアラタっておばけ以外にダメージ入んないのヤバすぎ」
「お兄ちゃん、元気出して」
年下の女の子に慰められながら、俺はザクザクと森の中を歩く。先に第二の街に行ってもいいのだが、せっかくゴーストが出るのだから、立ち寄ってファーストクリアボーナスをもらった方がいいだろうと考えてのクエストだ。今度は調査とかではなく、討伐だしな。腕がなるぜ。
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依頼No. 2/IIO
プリムスマギア湖の幽霊討伐
難易度:★★★★☆☆☆☆☆☆
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