4-12 大半島戦争 男爵
「エルンスト・フォン・アタミ」
「マリー・ド・ミシマ」
日本の結婚式に神前式って様式があるけれど、ここの結婚式は女神前式。土地の神殿でそこの女神の前で結婚を宣誓するそうだけど、女神が顕現したりしなかったりする。偉い人が何と言おうが、女神が出て来るか決めるので、こればかりは例え国王でもままならない。
女神に愛された人には、結婚の祝福に女神が現れると言われているそうだ。もう一つ言われている事、それは女神が祝福した結婚は、長続きする。というより、女神が顕現して祝福したのに離婚するだなんてと、神殿や熱心な信者から大変な非難を浴びるから、世間体的に離婚出来ないとも言う。
「汝らに」
「祝福を」
今回はアタミさんとミシマさんが揃って現れた。エルンストとマリーの後ろに両女神が現れた時、まさかと参列者がどよめいた。参列者がこそこそ話す声を拾うと、アタミさんは熱海の女性が熱海や他領の男性と結婚する際は時々顕現するが、熱海の男性が他領の女性と結婚する際は現れない。
ミシマさんはそもそも「どこの女神?」という扱いになるくらい、熱海はもちろん三島でも見た人が居ない。良い扱いを受けてなかったから、仕方が無いね。
「両者に女神が現れるなんて、伝説になりそうね」
結婚式が終わり、披露宴が始まるのを待つ間、僕とハコネ、マルレーネとハンスで参列者控室の一室を占拠。いや、エルンストとマリーの友人と言う立場で、ちゃんと宛がわれた部屋。
「ミシマは出るじゃろうと思っとったが、アタミも出るとはのう」
「アタミさんが女性のにしか出ないのはなぜ?」
「どうせ『私の可愛い〇〇が△△の所の女と』とかじゃろう」
バシッ
「違いますわ。そんな誤解を広めないで下さい。確かにエルンスト君は可愛いですが、それとこれとは話が別ですわ。ハコネは人間の結婚式を祝福した事が無いから悔しいのでしょうけど」
ハリセン?を持って登場したアタミさん。なぜハリセン?
「折角だから一緒に茶でも飲んでくか?」
「ちょっとだけですわよ」
ハコネが言ったアタミさんショタコン疑惑は、本当にそうなのかアタミさんを呼び出すための儀式なのか。前者っぽいけど。
「ミシマが出るって言うから、私も出たのですわ」
「なんじゃ、結局ヤキモチか」
「何とでも言ってなさい」
この場にミシマさんまで現れるかと思ったけど、ミシマさんは式の間出るだけですぐに帰った。見張ってないと、すぐに人族と魔族の間でトラブルが起きるから忙しいのだとか。
「じゃが、お主が出たのはまずかったかも知れんな」
「その事についてハコネと話をするために、こうして来たのですわ」
どの事?
「ちょっとハコネを借りて行きますわね」
「今日はようこそお越しいただいた。両家そして縁深い皆様でこの祝いの席を囲む事が出来た事、女神に感謝する」
「マリーをこの様にお迎え頂いて、アタミ伯と皆様に感謝する」
アタミ伯は女神に感謝、ミシマ侯は人に感謝。どちらも地元の言い回しらしい。こんな所にも女神に対する接し方の違いが現れる。
「そして今日は、結婚の祝いの他に2つ、祝う出来事がある。まず1つ目は、ミシマとの間を繋ぐトンネルが、先代以来の復活と相成った。これは今後両家は力を合わせ、共に発展して行こうと言う意志を示す物である」
折角あるのに使わなかった事がおかしかったのだけど、両家の不仲に加えて、ミシマさんに頼るのを良しとしないミシマ侯の政策により、トンネルは使われてこなかった。どっちも今回の騒動で取り除かれたわけで、それなら使わない手は無い。
さらに言えば、魔族との和議が成った事により、静岡方面から関東への交易ルートが三島と御殿場経由から伊豆半島の南を通る海上交易に取って代わられる懸念が出て来た。そうなると三島の経済的な地位が危うくなるため、熱海へ直結して魅力的な交易ルートの地位を維持しなくてはならない。これからは三島がトンネルを必要とするのだ。もう元の状態には戻れない。
「そしてもう1つの祝い事だが、これを機にエルンストをハコネ男爵に推したい」
ハコネ男爵? ちらっとハコネの方を見るが、ふむふむと頷いている。
「かつて、またアシガラ辺境伯の下に当家があった頃、ハコネはミシマ侯爵領であった。しかし国王陛下の命により、アタミをミシマ侯爵に、ハコネをアシガラ辺境伯に与えるとの命があった。ハコネの地は国王陛下に認められた当家の物でありながら、それを受け取る事はアタミを手放すことを受け入れざる得ない事になるため、我らはその命を受け入れなかった。ハコネの地に、領主が居ないのはその為である」
これは以前イーリスさんに聞いた話だ。アタミの代わりにハコネを貰っても仕方が無い。土地的にも女神的にも。
「それを発端に両家の関係は拗れた。その関係が修復されたこの時、 ハコネの地についても、男爵領として成立させることを国王陛下と辺境伯閣下に許しを得ようと思う。これを持って、5代の問題を解決する事としたい」
チョンチョン。
「これ、聞いてたの?」
隣にいるハコネをつつく。
「アタミから頼まれたのじゃ。領主が来る、それがエルンストとなれば、我らにとって悪い話でない。これを機に、ハコネを発展させることが出来ると良いのじゃがな」
アタミさんが気にしていたのは、伯爵家でのエルンストの立場。結婚式の事も含め、領主に兄よりもエルンストが良いのではと言う声が徐々に増えてきており、それがアタミ家の不安材料になってしまいそうだと。そこでハコネの了承を得て、この様な形になる様に、伯爵にお告げをしたらしい。
「しかしこうなるのじゃったら、あやつらじゃなく我が祝福を与えても良かったんじゃなかろうか。初代領主じゃぞ。さてはアタミめ、結婚式の後に言ったのは、その為じゃな」
ぶつぶつ言うハコネの声とともに伯爵と侯爵の話を聞き流しながら、どこに領主の館をとかそんな想像をしていたら、エルンストの挨拶になった。
「本日は私達のためにお集まり頂き、ありがとうございました。授爵のお話も大変光栄です。妻のマリー共々、今後ともよろしくお願いいたします」
「エルンストは、今後はエルンスト・フォン・ハコネと名乗るの?」
「姉さん、貴族に列せられるのだから、ハコネ男爵と言わないと」
「今更じゃないか。呼び方は変えないでくれると嬉しい」
ハコネ男爵、バロン・ハコネ? いや、アタミでの呼び名はドイツ語風だから、フライヘルかな。
「ハコネさん、サクラさん。これからはハコネの地を開拓して立派な国にして行きたいと思いますので、ご協力お願いします」
「こちらこそ、よろしくなのじゃ」
エルンストとマリーも箱根の住人になってくれるのか。ささやかながら、発展に向かう様で何よりだ。
「マルレーネとハンスも手伝ってくれないか? 父上が補佐は付けてくれるそうだが、俺には何でも話せる仲間が欲しい」
「それは士官の誘いと受け取って良いのか?」
「そう考えてもらって構わない。冒険者としてやりたい事があるなら、落ち着くまででも良い」
「落ち着くまで、ねえ。50年とか掛かったりして」
未開の土地が開拓されて発展するまで50年なんて、余程優秀な経営者が居ないと難しいけどね。あるいは、どこかによくある物語の様に、異世界人を連れて来るとなぜか発展する、とか。




