4-10 大半島戦争 威嚇
「侯爵は和議の条件を受け入れないという事か」
ここは店の中。この区画に住む魔族の人達が集まり、相談中。
「あんなのが何人来たって私達は大丈夫だけど、私達を受け入れてくれた大事なお客さん達に危険があってはいけない。落ち着くまで、お休みした方が良いでしょうか……」
「この区画を塀で囲って、落ち着くまでは門で番をするのはどうだ?」
「囲いを作って私達だけの場所を作っては、ミシマに居る意味が無いも同然だ」
特に荒らされたでもない店で、13人が意見を交わす。僕らは、店の隅でそれを見守る。
「僕らはどうしようか」
「これは彼らだけでなく、我らに対しての宣戦布告でもあると考えるべきじゃな」
「侯爵と一戦交えるしかないか」
エルンストの一戦という言葉に、マリーが俯く。
「マリー、もしお父上と敵味方になっても、俺と一緒に来てくれるか?」
「もちろんです。アタミに行く時に、父とも話をしました。行くと決めたからには、何があっても、例え故郷と戦う事になっても、離れない覚悟をしなさいと」
侯爵は熱海へ行くと伝えたマリーに、敵味方になった際の覚悟を問うたそうだ。
「父に真意を問いたいです。父は勝てない戦いを挑む様な性格じゃありませんから、何かの誤解かも知れません」
狼藉を働いた連中を監視する役目は、ミシマさんが買って出てくれた。
「折角だから、教育をいたします。新生ミシマの民として、あるべき姿になって頂きますわ」
教育? 洗脳? 拷問?
ミシマさんは何をした人であっても三島の民であることに変わりは無いと、慈悲の心で臨むそうだから、酷い事にはならないだろう。多分。
捕虜の対応はミシマさんに丸投げして、僕らは館に戻って来た。
「他に潜り込んでるのは居るか? 前の戦で発揮した索敵をお願いできるか?」
索敵については、それが出来る事は一部の人だけに知られている秘密という事にしてある。だから、それに関する話は他の人に聞かれる場所ではしない。
「敵対を示す人は、町には居ないね」
その索敵だけど、頼り過ぎると落とし穴にはまるんじゃないかと心配でもある。僕らや魔族に襲い掛かって来た連中は戦略ビューに赤い点で示されたけど、いつから赤だったのだろう。敵対の意志を示した時か、行動をとった時か。
「もうすぐ、侯爵一行と接触する」
翌朝、僕らは三島の西10キロくらいの場所へ向かっている。夜中に僕とハコネで空から偵察して、西に大規模な野営をしている一団を発見。闇に紛れてこっそり忍び込み、それが侯爵一行であることを確認した。野営の場所は昨夜と変わらないので、動きは無い様だ。三島に向かった連中の帰りを待って居るのかもしれない。
「マリーが来たと、父にお伝えください」
事前の相談通り、マリーとその同行者としてやって来た。
「マリー様! 後ろにいらっしゃる方々は?」
「エルンスト・フォン・アタミ、そして僕ら2人の護衛をしてくれている4人だ」
僕とハコネをどう説明するかだけど、単なる護衛とした。目立たないように、レベルも熟練冒険者程度まで下げて偽装してある。
伝令が奥へ走り、すぐに昨日見た準男爵がやって来た。
「マリー様のみお越しください」
「父が私だけに来るように言いいたのですか?」
「その様に伺っております」
分断する作戦? いや、マリーを引き離せば、攻撃できるとか、そんな判断かな。
「6人で参ります。そう伝えてください」
「いいえ、これは」
「使いはまだ戻らぬのか…… マリーでは無いか! 門番、なぜすぐに私を呼ばぬのだ!」
侯爵本人が現れた。あれ? 侯爵に連絡が行っていたのではない?
「父上、お久しぶりです。出来れば、この様な形でなく、アタミの良い席でお会いしたかったのですが、ミシマの一大事に、駆け付けました」
「よく来た。一緒に居るのは、エルンスト殿か」
「エルンスト・フォン・アタミです。侯爵様にご相談があり、参りました」
準男爵が何か言いたそうにしていたが、侯爵が話しかけるのを邪魔する訳にも行かないのだろう。口を挟めずにいる。
侯爵に連れられ、野営地の中心にある一際大きなテントに入ろうとするが、侯爵、エルンスト、マリーが入った所で、僕らが入るのを準男爵が止める。
「護衛は、こちらで待つ様に」
「入っては行かんのか?」
「マリー様、エルンスト様が侯爵様の御前で害されることは、決してない。よって、護衛は不要」
そう言い残し、準男爵は中へ。僕らの前には、屈強そうな兵士達が立ち塞がる。侯爵を守る親衛隊なのだろう。偽装した僕らと同じくらいのレベルだ。
「魔族からミシマを取り戻したと言うが、どんな策でやってのけたんだ?」
テントが見えるが中の声が聞こえない程度の場所まで移動させられ、9人の兵士に見張られ、話しかけられる。テントから引き離し、話しかけて来るとか、中の会話を聞かせないための手段かも知れない。ちょっと心配ではあるけれど、エルンストを害する事は無いだろうから、良いとしよう。
「我が力を見せつけたら、奴らはミシマを明け渡す事をのんだのじゃ」
「嬢ちゃんの? それは見せて貰いたいものだな」
「そう易々と見せびらかすような物では無いからのう」
毎度おなじみの箱根のドヤ顔だけど、今回はレベルも低く偽装してるから、当然疑って掛かられる。このレベルで魔族を追い出せる力があるのなら、彼らにだってできると思われるのだから。
「俺も見せて貰いたい」
「団長」
プレートメイルの男。装備からして、サーカスの団長じゃなく騎士団のだろう。
「そなたらには、魔族と手を組んで我らのミシマを掠め取った疑いが掛けられている」
「ほう。魔族が交渉に応じるような、侯爵以上の大物と認めたか?」
「どうだかな。どうであれ、お前たちに力が無いのなら、ミシマは我らの手に無条件で戻ると言うものだ」
おや、剣を抜くつもり?
「力を見せよ、小童ども」
ーーー
「ネヴィル、お主の説明と話が違う様だが?」
「さあ。それがしには、分かりません」
「準男爵がどう説明をしたのか存じませんが、今ご説明した通りです」
この小悪党の準男爵、捻じ曲げて説明していたか。講和の条件も、昨夜の連中も。
「閣下、どうあれ、魔族との約束など、守る言われはありません。我々が約束したのでは、無いのです」
「約束を守る事が、ミシマを返す条件です」
「無理な条件を付けて、ミシマをそのまま支配する、そういう魂胆を閣下が見抜けないと思ったか」
こいつは根本的に、決裂させたい様だ。侯爵はまだ迷っているようだし、話が進まない。
「お父様?」
「うむ。決めた。これから」
侯爵が立ち上がり、何かを言おうとしたのを、テントが揺れ、爆音が声を消し去る。
「なんだ!」
「あいつら、何かやらかしたな」
あのトンネル破壊、あの時と同じ爆音だ。外で何が起きたのか分からないが、誰がやったのかは分かる。
テントを出る侯爵について行くと、南の空に大きな火の玉。ちゃんとここに被害が無い場所で爆裂させてくれた様だが、お前ら何やってるんだ?
「何だあれは? 騎士団長、何を見た!」
プレートメールの男が、尻餅をついて立てずにいる。
「力を見せろと言われたのでな。ちょっと見せてやったまでじゃ」
「まさか、これは……」
火の玉があった方は、砂ぼこりで霞んでいる。
「エルンスト殿、先の話、こういう事か」
「いいえ、これはやりすぎです」
これを使ってたら、トンネルどころかアタミも無くなっていたかもしれない。
「なるほど、魔族も尻尾を巻いて逃げだすか。ようやく理解した」
「父上……」
「マリー、良い仲間を見つけたな。これなら私も安心だ。エルンスト殿、先程の条件、了解した。我らには受け入れる他ない」




