3-1 失われた僕を探して 10年ぶり女神は恥じらいが足りない
やるべき事が増えた。僕の体の行方探索。
「僕の体、何かの意思を持って動いたりする?」
「以前我が天上に行った時の様に、招魂の奇跡があれば何者かの霊が宿って動くじゃろうな」
それはどこかの女神が動かない限り、大丈夫かな。
「あるいは、現世に強い未練を持った悪霊が取り付くとか」
「それやだ」
「お主の体はレベル80の勇者じゃ。良いことにせよ悪いことにせよ、大きな事を成せる力を持つ。直ぐに見つかるじゃろう」
悪い事で目立つのは止めて欲しい。
悪事を働く僕の体があったら、どうしたら良いだろうか。倒す? でも不老不死だし。
「それはそうと、服をなんとかしたいのじゃが」
僕は服を着たままだったけど、ハコネは復活の際に服がない状態だった。
とりあえずハコネには僕の下着と適当な服を着てもらおう。支えがいらない胸で助かった。
「我のステータスは、女神になっておるな。レベルも101じゃ。女神が増殖とか、おかしなバグを見つけたのかもしれん」
「ハコネの姿をどう説明しようか?」
「我は本来の女神ハコネを名乗れば良いでは無いか。呪いが解けて本来の姿を取り戻したというのはどうじゃろう?」
それで大丈夫かどうか、信頼できる人たちに相談かな。
「これからは、僕らは女神ハコネとお供の巫女サクラのコンビとして世に出る?」
「それで良いではないか。あと同じ見た目が二人では分かりにくいな。お主は髪を切ってはどうじゃ?」
そういえばそうか。長い髪にこだわりがあるわけじゃないからいいけど。でもハコネが長い髪で困ることは無い?
「ハコネはこれからは剣を持って戦うの?」
「それに慣れて居るからのう。そのつもりじゃ」
「だったら、ハコネが動きやすい姿にしたらどうかな。服も男っぽいのにして」
男物の服なら当然いくつもある。サイズもちょうどいい。
「それに、僕の方は巫女サクラの姿でかなり人前に出てたからね。同じ姿で戻ってくる方が受け入れられやすいと思うんだ」
「うむ、では我が髪を切るとするか」
紙を切るのにもっと抵抗があるかと思ったけど、こんなにあっさり受け入れるとは思わなかった。
「髪本当に切っていいの? きれいな髪なのに」
「髪を短くする程度、大した事ではないではないか。体を失ったお主に比べれば」
そうか、気にしてくれてるんだね。でも責任は感じないで欲しい。元はと言えば僕の願いが発端だから。
クローゼットと引き出しを漁って、色々着せ比べてみる。色々って言っても男物の服だけど。
「少し雰囲気が変わって良いな。これにしよう」
ハコネは黒のジャケットにジーンズ、ベレー帽に伊達メガネ。かなり印象を変えてくれる。
僕の方は元の巫女服だけど、これで二人の見分けはバッチリのはず。
まあ鑑定ができる人には通じないけどね。
「建物が増えておるな。宿屋街になっておるではないか」
翌日たどり着いたハコネサクラ館は、元の姿から少し建物を拡張した様子だけど、雰囲気はそのまま。
他の違いは、周りに4件ほど建物が増えて、ちょっとした温泉街になって人が多くなっている点だった。
「パウルさんは居ますか?」
「父ですか? お待ち下さい」
前は子供だったパウルさんの娘さんが、大人になり店番をしてた。時間の流れはこうして感じられる。
「はい、パウルです。あっ、サクラさん!」
「大変なことがあったんですね。お二人が龍神に殺されたという噂は9年ほど前に聞いていましたが、無事を信じてお待ちしていました。でも本当は女神様本人だったなんて、誰も信じないんじゃないでしょうか」
パウルさんにした説明は、こうだ。
女神が呪いにより姿と記憶を封印して男にされていた。それが以前のハコネ。龍神との戦いで命を落としたが、天界で呪いを解かれて女神として本来の姿を取り戻し復活できたって。
この先もこの説明で行こう。
「正直に言うと、その説明をにわかに信じるのは難しいですね。男性が女性にというのは、伝説でしか聞いたことはありませんから」
「信じられぬでも良い。これまで通り、宿を続けてくれたらそれで良いのじゃ」
「話と仕草はとてもハコネさんらしいのですけどね。サクラさんはそのままですね」
鑑定の魔法に頼らず、こういう観察で人を見る目は商売人のパウルさんらしい。
「しばらくは旅をせねばならん。大事な物を失っておって、探さねばならぬからな」
「そうですか。宿のことはこれまで通りお任せください。それはそうと、ギードさんを覚えてらっしゃいますか? 明日いらっしゃいますよ」
数カ月会ってないな。ギードさんにとっては10年以上だね。
「ギードさん、お元気なんですね。ご家族でですか?」
「奥様と、お子様が一緒です。あとお弟子さん達も」
これは楽しみだ。あの子達がどう成長したかな。
その日は、ハコネサクラ館に泊まった。パウルさんが是非にって。
「ハコネと一緒にこのお風呂って、ここが完成した時以来だね」
「あの時はお主の姿じゃったな。この姿で一緒に入るのは恥ずかしいかと思ったが、そうでもないな」
「ハコネさ」
「なんじゃ?」
「恥じらい無くしすぎ」
「うぐっ」
お風呂に入る時も、どこも隠さない。恥じらいを無くしたのか、元々女神時代から持ってなかったのかは分からないけど。
「10年も男でいた習慣が抜けてないよ」
「そ、そうか?」
「大股開きとか、ダメだよそういうの」
「お主相手じゃ、今更じゃろう。我の体の隅々まで知っておろうに」
「……エロ女神」
「なんじゃと」
翌日は温泉街周辺のデコイを設置し直した。僕らが倒れた日にはデコイがなくなり、狼が現れるようになったらしい。被害は無かったそうだけど、苦労を掛けてしまった。狼は世代も変わりあの時の恐怖を忘れてるだろうから、機会があれば再度教訓を与えておこう。
午後、宿に10人以上の団体が到着すると言うので、出迎えに行く。
「サクラじゃないか! 今までどこにいやがった!」
「本当! サクラさんだわ。お隣は、えっ!?」
ギードさんは僕にのみ気付いた。イーリスさんは鑑定持ちだから、隣のややこしい事に気が付く。
「こちらがハコネです。事情が込み入ってますので、後ほど部屋の方で」
「鑑定では女神のハコネさんね。勇者のハコネさんと同一人物かは、ギルドの帳簿と照合しないと分からないけど」
「ハコネは勇者じゃなくなっちまったのか。女神なのに呪われるとか、マヌケなところはハコネそのものだな」
「うぐっ」
ギードさんはこのハコネが元から知るハコネだと認めてる。付き合いが長いから分かるんだろうか。
呪いは嘘だけど、僕の願いで体を取られたハコネはマヌケなんだろう。僕が言うのもなんだけど。
「サクラはハコネの巫女って話だったみたいだが、色々大変だったんだな」
「無事にハコネが復活できました。まだやるべきことが残っているので、これからも旅を続けようと思います」
「私たちはハコネ様って呼んだほうが良いのかしら?」
「元のままで平気じゃ。師匠とその奥方であることに変わりはない」
「ありがとうね、ハコネちゃん」
気になっていたことが。ギードさんの子どもたちが一緒って話。
「お子さん達が一緒と聞いていたのですが、マルレーネちゃんとハンス君はどこに?」
「ああ、そうか。それはあいつらのことじゃない。その下の二人だ」
「デニスとベアトリクスよ。連れて来ましょうか?」
イーリスさんが部屋を出て行く。子供が二人増えてたのか。余裕がある家は子沢山、余裕がなくても子沢山な世界。
「サクラは良いとして、ハコネはギルドの登録をどうする? 女になりましたって登録の修正をするのか?」
「まずいかのう?」
「そんな珍しいことになれば、理由を聞きにお偉方も来るかもしれんな。貴族やらが、姿を見せろなんて言って来たらどうする?」
「面倒か?」
「いやな事もあるかと思うぞ。例えば、男から女に変わったと言うなら、本当か確かめるので脱いで見せよとか」
「なっ! 絶対に嫌じゃ!」
風呂では恥じらいがなかったハコネも、それは嫌なのか。良かった。
「じゃあ勇者ハコネとは別人、新人扱いが良いだろうな。あと女神ってのも良からぬ奴らが来そうだから、隠せるなら隠すべきだな」
なるほど。この世界の人達を、僕らはあまり知らない。こう言う時は信頼できる人が居てくれて助かる。
「連れて来ましたよ。さあ、ご挨拶なさい」
「デニスです」
「ベアトリクスでしゅ」
まだ未就学児くらいだけど、お姉さんお兄さんと似たところがある。
「マルとハンスもこの合宿に合流予定だ。数日以内に来るだろう」
どちらも10代後半になってるはずだ。どんな成長を遂げただろう。




