第百八十六話 これからも
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さらに一月の時間が経った。
神社は修繕を終えるのも近づき、神来社家はこれからに向けて忙しそうにしている。
その間に、鳴神は朔慈達と共に家に帰った。「遊びに来いよ」と笑う鳴神は言ってくれ、朔慈も南二郎に「いつでも協力する」と告げるのを咲光達も聞いた。
菅原も鳴神と共に帰った。
『もうしばらく鳴神さんに教わります。出来る限りは、これからも祓い仕事は続けたいし、鳴神さんから引き継ぐ事もあるので』
まだ師匠の元にいるらしい。それには照真も笑みが深くなった。
きっとその気持ちと同じくらい、鳴神の事が心配でもあるんだろう。口にしなくてもその目を見てそう感じた。
日野はしばらく神来社家の手伝いをしていた。世話になっている寺の住職とその妻が来てくれていたが、日野が「もう少しいる」と言ったので先に帰って行った。
その時は八彦も二人と楽しそうに話をしていた。
そして、傷が癒えた咲光と照真もまた、懐かしき我が家に帰る事にした。
見送りは神来社家の面々だけ。総十郎や八彦、穂華にはついさっき帰ると告げたばかり。
なかなか言えなかった。別れがやっぱり寂しくて。
「皆さん。お世話になりました」
「これからも何かあれば言ってください。俺達で出来る事があれば何でもしますから」
「はい。ありがとうございます」
南二郎達が笑みを深める。
ぺこりと頭を下げて、咲光と照真は背を向けて歩き出す。
隣にあるぬくもりは変わらなくて。けれどやっぱり、どこか寂しい。
「ちょっと待て!」
「まっ…待って…!」
「置いてかないでよ!」
「!」
三人の声が後ろから飛んでくる。思わず咲光と照真は振り向いた。
そこにいるのは、旅をしていた時と同じ格好の総十郎、八彦、穂華。三人は変わらず自分達の元へ駆けて来る。
駆け寄って来た三人に言葉が出ないでいると、穂華がずいっと身を乗り出した。
「どうして置いて行くの!?」
「…え……や……帰るんじゃ…」
むぅっと頬を膨らませる穂華は不満顔。心なしか八彦も少し怒っているように見える。
困惑顔な咲光と照真に、総十郎も大きく息を吐いた。
「お前らな……言うならもっと早く言ってくれ。いや。俺らも悪いけど…」
「あの……」
咲光と照真が顔を見合わせる。少し離れて見守っていた南二郎がクスリと笑い、二人に声を投げた。
「咲光さん。照真さん。すみませんが、総兄をそのまま連れてってください」
「えっ…!?」
「それが、総兄の願いなので」
笑う弟の声を背中に受け、居心地悪そうに総十郎が頬を掻いた。
驚き顔のまま自分を見る二人に、総十郎はやがて肩を竦めて眉を下げた。
「俺と八彦、穂華で話し合ったんだよ。これからどうするか」
「……!」
「揃って同じ答えだった」
「「「これからも、一緒に生きたい」」」
揃った声と言葉が、だんだんと胸に沁み渡る。苦しくなって、視界が潤む。
もう全てが終わって。もう戦う事はない。皆これからそれぞれ好きに生きられる。
「でも……皆家族が…」
「許してもらったよ。これで戻ったら南二郎に蹴り飛ばされる」
「俺も。お寺にも……時々行く。でも二人と一緒にいたい」
「私も手紙で伝えたよ。そうしたいならそうしなさいって」
照真がごしごしと目元を擦った。
それを視界の片隅に入れながら、咲光も困ったような嬉しそうな笑みを浮かべた。
そんな咲光に、総十郎はそっと伝えた。
「咲光。前に、自分の幸せはあの家で四人以上で暮らす穏やかな日々だって教えてくれただろ」
「……はい」
「その幸せ、俺達に叶えさせてくれ」
目を瞠る咲光は、はらりと雫を溢した。
溢れ出て止まらないそれは、総十郎、八彦、穂華、皆が拭ってくれた。
変わらないそのぬくもりが、ただただ嬉しかった。
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五人の足が進む。そして笑い声も響く。
楽しそうに幸せそうに進む足取りは軽く、咲光も杖を持つ手が軽かった。
長閑な風景。見えてきた村。帰って来れば出迎えてくれる知り合い達。
そして村を出て歩く。
「ふふっ。思い出しますね。ここで神来社さんに初めてお会いしました」
「そうだったな。あの時はだいたいの場所しか把握してなくて、迷ってた」
思い出せば笑みが浮かぶ。
そうして歩けば見えてくる家。庭にある桃の樹は変わらず迎えてくれた。
その桃の樹を総十郎は見上げた。その瞼が震え、視える姿がある。
「まずは掃除しないとね」
「うん。村の皆が時々掃除してくれてたって。旅に出るって言っても、いつ戻るとは言えなかったのに…ありがたい。今度ちゃんとお礼に行かないと」
「ここが二人の家なんだぁ!」
「空気が、凄いいい場所…」
咲光が振り向いて、桃の樹を見上げる総十郎に気付いた。照真達も同じように気づいて、総十郎に駆け寄る。
四人に気付いた総十郎は笑みを浮かべた。五人で揃って桃の樹を見上げる。
「「ただいま」」
自然と、咲光と照真の声が揃った。
総十郎は視た。その声を聞いて笑みを浮かべ、「おかえり」と口を動かしたその人達が、ふわりと消えていくのを。
還ったんだとすぐに解った。多分きっと咲光と照真には視えていない。波長を合わせるのはとても難しいから。
咲光と照真はぎゅっと互いの手を握る。
「ねぇ照真」
「何?」
「幸せだね」
「うんっ!」
かけがえのない仲間に出逢えた。かけがえのない時を過ごせた。
そして隣にぬくもりがある。そのぬくもりはさらに増えている。
いつまでも続くものではなくても、今を笑って生きていこう――
;完
これにて「縁と扉と妖奇譚」は完結です。
これまで読んで下さり、ありがとうございました。




