第百八十五話 未来に光あれ
同じ頃、咲光は歩いていた縁側の先に総十郎と南二郎を見つけた。
二人も咲光に気付いて視線を向ける。
「咲光。いいのか? 寝てなくて」
「総兄、それ自分にも刺さってるから」
「………………俺は大丈夫だ」
一瞬うっと言葉に詰まった総十郎に咲光も南二郎もクスリと笑う。
手招いてくれた総十郎に甘えて、咲光も腰を下ろした。ついてきた杖をそっと置いておく。
「足の具合は?」
「踏ん張りが利かなくなっちゃいました。物に掴まれば立てるんですが、やっぱり左足に体重が乗っちゃって…」
もう、杖無しには歩けない。でも不思議と悲しくはない。最後の大事な時には動かしてもらえたから。
その感謝の想いが常に胸の内に在る。
それに、不自由は出てくるけれど、照真がいる。また二人で暮らしていける。
咲光の表情から笑みは消えない。それを見つめる総十郎も優しく目を細めた。
「これから神社や万所はどうするんですか?」
「神社は家族でやっていきます。大切な役目は一つ全う出来ましたが、これからも人々の心に光を灯せればと思ってます」
受け継ぐ光を見て、咲光は頷いた。
これまで総元が多くを担っていたが、それを今度は家族が皆で分け合える。もう、誰も知らない秘密はないのだから。
「万所は、少しずつ小さくしていければと思ってます」
「小さく?」
首を傾げる咲光に南二郎も頷いた。
総十郎と南二郎の視線が交差し、二人は揃って咲光を見る。
「時代が流れるにつれ妖も減っています。今の世は闇が薄れつつありますから。強力な妖も減っているんです」
「これまでの強力な妖達は、その多くが大妖の力に当てられたり、虚木や禍餓鬼に乗せられたりしたモノ達だ。だから今後は、妖退治の組織を作らなくても対処できるようになると思ってる。それこそ、術者だけで充分だってな。人も妖も霊も」
二人の言葉に咲光は目を瞠った。
光が広がり闇が薄まりつつあると、大妖も言っていた。長く人と妖を見てきた神来社家の者が言うならそうなのだろう。
時の流れは停滞しない。常に進んでいく。
同時に、人は増え光が広まっても、妖が消える事もない。必ずどこかの闇に存在する。その境界が保たれる事を咲光は願う。
「まぁ、俺は引退だな」
「……私もですね」
咲光は総十郎と困ったような笑みがこぼれた。
生き残った退治衆は引退する事になる者がほとんど。元々戦死者は多いが、今回は同じくらい引退者が多い。
誰もかれも、戦うために必要な何かを犠牲にした。
祓衆の中でも、霊力を削り命を削った者もいるだろう。咲光は鳴神を想って瞼を震わせた。
そして、かけがえない人ももういない。
雨宮も。総元も。
「今回の戦い。決して少ないとは言えない犠牲者数だが、たぶん、父さんのおかげで少なく済んだんだと思う」
「……はい」
「鳴神も、俺も、大妖が全力なら死んでただろうな」
力無く笑う総十郎に咲光も胸が苦しくなる。
穂華に聞いた。目を覚ましたばかりの鳴神が笑って言ったそうだ。
『生きてると思わなかった』と。
(総元は、活路を見出してくれただけじゃない。私達の事も護ってくれた)
伝えても伝えても、きっと足りない。
大妖の事を教えてくれて。家族を慈愛の眼差しで見つめていた姿を思い出す。
「…神来社家はもう……血や力を繋いでいく事はないんでしょうか…?」
こぼれた咲光に総十郎と南二郎は意表を突かれたように瞬いた。すぐに言葉が出て来ない。
大妖の封じを守る為に、その為に神がくれたもの。だがその使命ももうない。
それを感じながら、総十郎は空を見上げた。暗い空に浮かぶ月は大きくて、静かだった。
「……そうかもしれないな。だがそれは、時が経たないと分からない。案外、百年二百年先にも神来社家はあって、力も継いでて、妖退治や霊祓いをしてるかもな」
「だね」
「そうですね」
分からない未来に総十郎が笑みを浮かべるのを見て、南二郎も咲光も笑みが浮かんだ。
未来はどうなっていくだろう。まだそれは分からない。
ただ、今を笑って生きていたい。別れはいつ訪れるか分からないから。
そう思う咲光の瞼が震えた。
(神来社さんとも、八彦君とも、穂華ちゃんとも、もうお別れだ)
総十郎は家族の元に。穂華も家族の元に。八彦も日野の暮らす寺に。
それぞれがそれぞれの大事な人の元へ、帰るのだ。
部屋に戻る咲光を見送り、総十郎は空を見上げた。
終わった。その実感はこれからを思って湧いてくる。
「……日野がもう少しこっちにいるって言ってた。こっちが落ち着いてから帰るって」
「そっか。日野さんが…」
「鳴神の所は、鳴神がもう少し回復したら朔慈さんも凛さんも一緒に帰るって」
「うん。諧心さん、浩三郎とも明子とも仲良いよ」
「そうか……」
大きな脅威が消えれば、もう不安もない。
これからも。これまでよりずっと安心できる。
「家の事、これからは俺もやるよ。不自由だけど」
「総兄さ」
「ん?」
南二郎は自分を見る兄の目を、まっすぐ見つめた。
総十郎が退治人になると知って。霊力が弱い事を知って。その決意を知って。
それからずっと思っていた。
「もう、家の事は俺達に任せて、やりたい事しなよ。今は、あるんでしょ?」
弟の言葉に、総十郎は目を瞠った。




