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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百八十五話 未来に光あれ

 同じ頃、咲光さくやは歩いていた縁側の先に総十郎そうじゅうろう南二郎なんじろうを見つけた。

 二人も咲光に気付いて視線を向ける。



「咲光。いいのか? 寝てなくて」


「総兄、それ自分にも刺さってるから」


「………………俺は大丈夫だ」



 一瞬うっと言葉に詰まった総十郎に咲光も南二郎もクスリと笑う。


 手招いてくれた総十郎に甘えて、咲光も腰を下ろした。ついてきた杖をそっと置いておく。



「足の具合は?」


「踏ん張りが利かなくなっちゃいました。物に掴まれば立てるんですが、やっぱり左足に体重が乗っちゃって…」



 もう、杖無しには歩けない。でも不思議と悲しくはない。最後の大事な時には動かしてもらえたから。

 その感謝の想いが常に胸の内に在る。

 それに、不自由は出てくるけれど、照真しょうまがいる。また二人で暮らしていける。


 咲光の表情から笑みは消えない。それを見つめる総十郎も優しく目を細めた。



「これから神社や万所よろずどころはどうするんですか?」


「神社は家族でやっていきます。大切な役目は一つ全う出来ましたが、これからも人々の心に光を灯せればと思ってます」



 受け継ぐ光を見て、咲光は頷いた。

 これまで総元そうもとが多くを担っていたが、それを今度は家族が皆で分け合える。もう、誰も知らない秘密はないのだから。



「万所は、少しずつ小さくしていければと思ってます」


「小さく?」



 首を傾げる咲光に南二郎も頷いた。

 総十郎と南二郎の視線が交差し、二人は揃って咲光を見る。



「時代が流れるにつれあやかしも減っています。今の世は闇が薄れつつありますから。強力な妖も減っているんです」


「これまでの強力な妖達は、その多くが大妖の力に当てられたり、虚木うつぎ禍餓鬼かがきに乗せられたりしたモノ達だ。だから今後は、妖退治の組織を作らなくても対処できるようになると思ってる。それこそ、術者だけで充分だってな。人も妖も霊も」



 二人の言葉に咲光は目を瞠った。


 光が広がり闇が薄まりつつあると、大妖も言っていた。長く人と妖を見てきた神来社からいと家の者が言うならそうなのだろう。

 時の流れは停滞しない。常に進んでいく。

 同時に、人は増え光が広まっても、妖が消える事もない。必ずどこかの闇に存在する。その境界が保たれる事を咲光は願う。



「まぁ、俺は引退だな」


「……私もですね」



 咲光は総十郎と困ったような笑みがこぼれた。


 生き残った退治衆は引退する事になる者がほとんど。元々戦死者は多いが、今回は同じくらい引退者が多い。

 誰もかれも、戦うために必要な何かを犠牲にした。

 祓衆はらいしゅうの中でも、霊力を削り命を削った者もいるだろう。咲光は鳴神なるかみを想って瞼を震わせた。


 そして、かけがえない人ももういない。

 雨宮あまみやも。総元も。



「今回の戦い。決して少ないとは言えない犠牲者数だが、たぶん、父さんのおかげで少なく済んだんだと思う」


「……はい」


「鳴神も、俺も、大妖が全力なら死んでただろうな」



 力無く笑う総十郎に咲光も胸が苦しくなる。


 穂華ほのかに聞いた。目を覚ましたばかりの鳴神が笑って言ったそうだ。

 『生きてると思わなかった』と。



(総元は、活路を見出してくれただけじゃない。私達の事も護ってくれた)



 伝えても伝えても、きっと足りない。

 大妖の事を教えてくれて。家族を慈愛の眼差しで見つめていた姿を思い出す。



「…神来社家はもう……血や力を繋いでいく事はないんでしょうか…?」



 こぼれた咲光に総十郎と南二郎は意表を突かれたように瞬いた。すぐに言葉が出て来ない。


 大妖の封じを守る為に、その為に神がくれたもの。だがその使命ももうない。

 それを感じながら、総十郎は空を見上げた。暗い空に浮かぶ月は大きくて、静かだった。



「……そうかもしれないな。だがそれは、時が経たないと分からない。案外、百年二百年先にも神来社家はあって、力も継いでて、妖退治や霊祓いをしてるかもな」


「だね」


「そうですね」



 分からない未来に総十郎が笑みを浮かべるのを見て、南二郎も咲光も笑みが浮かんだ。


 未来はどうなっていくだろう。まだそれは分からない。

 ただ、今を笑って生きていたい。別れはいつ訪れるか分からないから。


 そう思う咲光の瞼が震えた。



(神来社さんとも、八彦やひこ君とも、穂華ちゃんとも、もうお別れだ)



 総十郎は家族の元に。穂華も家族の元に。八彦も日野の暮らす寺に。

 それぞれがそれぞれの大事な人の元へ、帰るのだ。








 部屋に戻る咲光を見送り、総十郎は空を見上げた。

 終わった。その実感はこれからを思って湧いてくる。



「……日野がもう少しこっちにいるって言ってた。こっちが落ち着いてから帰るって」


「そっか。日野さんが…」


「鳴神の所は、鳴神がもう少し回復したら朔慈さくじさんもりんさんも一緒に帰るって」


「うん。諧心かいしんさん、浩三郎こうざぶろうとも明子あきことも仲良いよ」


「そうか……」



 大きな脅威が消えれば、もう不安もない。

 これからも。これまでよりずっと安心できる。



「家の事、これからは俺もやるよ。不自由だけど」


「総兄さ」


「ん?」



 南二郎は自分を見る兄の目を、まっすぐ見つめた。


 総十郎が退治人になると知って。霊力が弱い事を知って。その決意を知って。

 それからずっと思っていた。



「もう、家の事は俺達に任せて、やりたい事しなよ。今は、あるんでしょ?」



 弟の言葉に、総十郎は目を瞠った。






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