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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百八十三話 もう一度

 空には太陽が昇り、そのぬくもりを惜しみなく人々に与える。


 そんな日差しの下にある神社は突如の落雷で損傷を受け、現在は宮大工達の手で修繕作業がされている。

 宮大工達曰く、



「とんでもねえ雷だな。火事で全部燃えなくて幸いだ」



 との事らしい。


 自然の脅威に恐ろしさを感じながらも、町の人々は被害が広がらなかった事を「神様のおかげだ」と口々に乗せていた。

 人々が太陽の下で神に手を合わせる。


 そんな町の一角、神社にほど近い屋敷はやっと落ち着きを取り戻しつつあった。



咲光さくやさん。照真しょうまさん。八彦やひこ君、ご飯だよ」



 器用に三人分の食事を持って部屋に入ってきたのは穂華ほのか

 その姿に、横になっていた三人は身体を起こした。



「ありがとう穂華ちゃん」


「お腹減ったぁ」


「ふふっ。元気になってきたね」



 穂華は嬉しそうな照真にクスリと笑うと、それぞれの布団の傍に膳を置いた。

 器用に三人分を持つ力に、咲光も少々苦笑い。



「咲光さんと八彦君は今日から通常のご飯ね。食べ辛かったりしたら言って」


「うん」


「照真さんはまだお粥」


「うぅ…。俺もご飯が食べたい…」


「まだ駄目。お医者さんだって、照真さんが一番内臓損傷が激しいって言ってたよ」


「はい……」



 シュンと眉と肩を下げる照真に、八彦と咲光もクスリと笑う。「いただきます」と手を合わせ食事を頂く。そんな三人を穂華が笑みを浮かべて見つめていた。


 穂華がこの屋敷にやって来たのは、戦いが終わった知らせを受けてすぐ。鳴神なるかみ家と神来社からいと家の一同と共に列車を乗り継いで急いで来た。もうあやかしの目を気にしてコソコソと馬で走る必要がなかったので、あっという間に来ることが出来た。

 来たばかりの頃は、死傷者が溢れていた。穂華は咲光達に、朔慈さくじ達は鳴神と菅原に、神来社家は南二郎なんじろう総十郎そうじゅうろうに駆け寄った。

 誰もかれも治療中で細い呼吸をしていて、一瞬最悪がよぎった。が、穂華はそれを振り払った。



(ここで諦めるな!)



 それからは医者の手伝いに走り、意識のある南二郎と、知らせを受けて飛んできたというかつての万所よろずどころの者達と死者を弔った。

 感謝と痛み、そして労いを胸に冥福を祈ったのは、朔慈達も神来社家も同じだった。


 一進一退の日々を、穂華は何度も何度も大丈夫だと言い聞かせて過ごした。

 最初の頃は眠れなかった。そんな日を過ごしていると、最初に八彦が目を覚ました。目を覚ました八彦と目が合って、涙がボロボロこぼれた。

 そして咲光が目を覚まし、二人と共に照真の回復を祈った。


 今、三人がこうして生きている事が、本当に嬉しいと思える。皆揃ってまだ包帯を巻いているけれど。



「ご飯食べたら、包帯返るね」


「うん」



 やがて「ご馳走様」と食べ終えた三人の膳を廊下に出しておき、穂華は薬と包帯を手に持つ。


 足や腹、見える所の傷にそれぞれが薬を塗る。

 全身至る所に傷があるのは三人とも同じ。八彦は肩と大腿に大きな傷ができた。肩の傷は穂華も手伝って包帯を巻く。



「穂華。……日野さんは…?」


「安静中。意識は戻ったから。大丈夫」


「良かった……」



 酷くホッとした様子に、穂華も目を細めた。


 続いて照真の元へ行きストンと腰を下ろす。

 照真は右頬に大きな裂き傷ができた。加えて内臓損傷も激しい。



「照真さん。また熱出たりしてない?」


「うん。大丈夫」


「鳴神さんと菅原さんは?」


「鳴神さんは寝てる事多いけど、ひとまず大丈夫だって。菅原さんも怪我は皆より軽いよ」


「そっか…。良かった…」



 念のためピタッと額に手を当ててみる。

 ……ちょっと熱い気がするけど大丈夫かな。後で一応解熱剤を持って来よう。


 そう決めて衝立で隔てた咲光の元へ。



「咲光さん。包帯巻こうか?」


「ありがとう。お願いしていい?」



 穂華は咲光の傍へ行くと腰を下ろした。


 力無く伸ばされただけの右足。その足首から下がもう動かないと、穂華は知っている。

 物に掴まれば立てるが、これまでのように歩く事は出来ないと医者にも言われている。それを聞いた咲光は「はい」とすでに知っているように聞いていた。



「神来社さん。変わりない?」


「うん。でも家族が皆動き回ってるから落ち着かないみたい。今は明子あきこちゃんが見張ってるよ」


「それは抜けられないね」



 思わず咲光も吹き出した。

 元々、明子には強く出られない総十郎だ。「駄目っ!」と明子に言われては動けないだろう。容易に想像できてしまう。


 咲光の手当てを終え、穂華はサッと衝立を取り払った。

 それと同時に全員の視線が動く。タンタンッと足音が近づいてくる。



「いるな。元気か?」


「神来社さん!」



 ひょいと顔を覗かせたのは総十郎。部屋に入って来て腰を下ろす。かつてのように五人が揃った光景に、穂華は頬を緩ませた。


 良かった。またこうして五人が揃って顔を合わせることが出来て。

 そう思う穂華の傍で、照真はキョロキョロと総十郎の後ろを覗き見ようとする。



「どうした?」


「いえ。明子ちゃんがいないと思って」


「………………………今は綾火あやかの手伝いしてる」



 少し引き攣ったように言いづらいように澱む総十郎に、咲光も八彦も笑った。

 これは後で怒られるなと想像に難くない。総十郎も出てきたのにため息を吐く。


 そんな姿に笑うしかなくて、すぐに部屋は柔らかな空気を包まれた。






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