第百八十一話 代償
「…二人…は……無事ですね…」
「あぁ。まだ戦える」
「……なら……よかった…」
フッと雨宮の口元に笑みが浮かんだ。
それを見た南二郎がクッと唇を噛む。この傷では手の打ちようがない。
察する南二郎と鳴神の前で、雨宮は動くのも億劫な体をなんとか動かし、腕から数珠を取った。
「これを…。神への…助力と加護を……神来社さんの髪を…媒介に…。今なら…」
「分かりました。雨宮さんもうっ……」
もう、休んで欲しい。生き残った衆員が今すぐ処置すればきっと何とか……。
自分を見つめる南二郎の目に、雨宮は静かに微笑んだ。無意識にか自分の手を握る南二郎。その手のぬくもりがとても安心させてくれた。
雨宮の微笑みに、南二郎の瞳が揺れる。
自分を守ってくれた。自分は未熟で貴女の足元にも及ばないのに。守ってもらう価値があったのだろうか……。
総元と、彼女が最大の敬意をはらいそう呼ぶのは、ただ一人だったはずなのに。
なのに自分が、そう呼ばれてよかったのだろうか…。
南二郎の目を見る雨宮は微笑みを消さない。
「総元……。御父上と…比べなくて……よいのですよ…。貴方は…共に戦うと言ってくれました。それで…十分です…。ずっと……ずっと…熱心に勉学を重ねていた事…知っています。総元として…ふさわしくあろうと…お兄さんの分もと…」
「っ……!」
「大丈夫…。貴方は…私達の総元です」
「あまっ…! っ……必ずっ成し遂げますからっ…」
強くはっきりとした声に、雨宮はゆっくり頷いた。
あぁもう、大丈夫。
幼い頃から神に役目を与えられる事。成長するにつれ重さを実感し、時にのしかかってくる事。雨宮もそれを知っている。
(解っていたのです。神の意を受け取る事の意味を…)
ただ平穏に暮らすだけなら、神は“何か”を与えない。神の意を知る事は何かを背負う事。何かの為に身命を賭すという事。
役目があるのだと思ったのは、父に連れられ総元に会い妖の事を知った時。
そして“頭”となり、総元から封じの話を聞いた時、ストンと冷静に理解した。
これが、身命を賭して為さねばならぬ事なのだと――
封じを。封じを守る神来社家を支え守る。
だから解っていた。命を落とす事は。
自然と受け入れたし、覚悟など万所に入ると決めた時にすでにした。
(だから……本当に良かった。役目を果たせた。守れた)
今、胸にあるのはただただ安堵の想い。
後に心配はない。だって仲間がいる。必ず為してくれる。こういう勘は外れたことがないのがちょっとした自慢だから、そうなる自信がある。
(神来社さん。日野さん。鳴神さん。“頭”として、共に歩めた日々、全て忘れて他愛ない話で笑い合った日々。全てが幸せな思い出です。本当に――ありがとう)
流れる血が止まる。スッと冷たく変わってしまった空気に、鳴神は喉の奥で熱が絡まりながらも、そっとその体を横たえた。
解っていた。けれどやはり心が痛くて苦しい。
「…総元。総元は奴を討つことに集中してくれ。まずは俺が場の空気を打ち祓う」
「! ですが鳴神さんっ霊力が…!」
「そんな言い訳通じんだろ。足りないなら、いくらでも命削ってやるよ」
「っ……!」
その眼差しに南二郎は息を呑んだ。
大妖と対する咲光と照真はグッと刀を握りしめた。
目の前に立つ総十郎も疲労困憊で肩で息をしている。いつもとは逆の左手に刀を持ち、右手は肘から下がない。さらしで無理やり縛り上げて何とか止血しているが、身体の至る所から血は流れている。
それでも、その頼もしさと気迫、威風の一切は衰えるどころか一層強く増していた。
「叩いても叩いて湧いて来る……虫き貴様らは」
「何度でも食らいつくさ。先祖も仲間も、これまで戦ってきた全ての者達が、今、俺達と共に在る」
「弱くて脆い…愚か者共め!」
バチバチと一際強く火花が散る。それでも一切引かず、三人は大妖を睨む。
「行くぞ!」
「はい!」
何度も何度も支え導いてくれた声が。何度も何度も諦めず前へ進んできた二人の声が。
今は何より心強い。
大妖が払う手が雷撃を生む。総十郎が片手で振るう刃に、咲光も照真も刀を重ねた。
渾身の力で雷撃を弾けば、すぐに二撃目が飛んでくる。
「!」
しかしそれは、二振りの刃に弾かれた。
「日野!」
「八彦君!」
顔の左半分を赤く染め、左手は布で刀を縛りつけ、気迫の表情を浮かべた日野。肩や大腿から血を流し、必死の形相で刀を振るう八彦。
諦めなど微塵も見せない両者。雷撃を防ぎながら日野は咲光達に叫ぶ。
「前だけ見て走って!」
「後ろは守るから!」
「あぁ!」
日野と八彦の頼もしい声に、咲光は何の不安もなく走り出す。




