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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百八十一話 代償

「…二人…は……無事ですね…」


「あぁ。まだ戦える」


「……なら……よかった…」



 フッと雨宮あまみやの口元に笑みが浮かんだ。


 それを見た南二郎なんじろうがクッと唇を噛む。この傷では手の打ちようがない。

 察する南二郎と鳴神なるかみの前で、雨宮は動くのも億劫な体をなんとか動かし、腕から数珠を取った。



「これを…。神への…助力と加護を……神来社からいとさんの髪を…媒介に…。今なら…」


「分かりました。雨宮さんもうっ……」



 もう、休んで欲しい。生き残った衆員が今すぐ処置すればきっと何とか……。

 自分を見つめる南二郎の目に、雨宮は静かに微笑んだ。無意識にか自分の手を握る南二郎。その手のぬくもりがとても安心させてくれた。


 雨宮の微笑みに、南二郎の瞳が揺れる。

 自分を守ってくれた。自分は未熟で貴女の足元にも及ばないのに。守ってもらう価値があったのだろうか……。

 総元そうもとと、彼女が最大の敬意をはらいそう呼ぶのは、ただ一人だったはずなのに。

 なのに自分が、そう呼ばれてよかったのだろうか…。


 南二郎の目を見る雨宮は微笑みを消さない。



「総元……。御父上と…比べなくて……よいのですよ…。貴方は…共に戦うと言ってくれました。それで…十分です…。ずっと……ずっと…熱心に勉学を重ねていた事…知っています。総元として…ふさわしくあろうと…お兄さんの分もと…」


「っ……!」


「大丈夫…。貴方は…私達の総元です」


「あまっ…! っ……必ずっ成し遂げますからっ…」



 強くはっきりとした声に、雨宮はゆっくり頷いた。


 あぁもう、大丈夫。

 幼い頃から神に役目を与えられる事。成長するにつれ重さを実感し、時にのしかかってくる事。雨宮もそれを知っている。



(解っていたのです。神の意を受け取る事の意味を…)



 ただ平穏に暮らすだけなら、神は“何か”を与えない。神の意を知る事は何かを背負う事。何かの為に身命を賭すという事。

 役目があるのだと思ったのは、父に連れられ総元に会いあやかしの事を知った時。


 そして“とう”となり、総元から封じの話を聞いた時、ストンと冷静に理解した。


 これが、身命を賭して為さねばならぬ事なのだと――

 封じを。封じを守る神来社家を支え守る。


 だから解っていた。命を落とす(こうなる)事は。


 自然と受け入れたし、覚悟など万所よろずどころに入ると決めた時にすでにした。



(だから……本当に良かった。役目を果たせた。守れた)



 今、胸にあるのはただただ安堵の想い。

 後に心配はない。だって仲間がいる。必ず為してくれる。こういう勘は外れたことがないのがちょっとした自慢だから、そうなる自信がある。



(神来社さん。日野さん。鳴神さん。“頭”として、共に歩めた日々、全て忘れて他愛ない話で笑い合った日々。全てが幸せな思い出です。本当に――ありがとう)



 流れる血が止まる。スッと冷たく変わってしまった空気に、鳴神は喉の奥で熱が絡まりながらも、そっとその体を横たえた。

 解っていた。けれどやはり心が痛くて苦しい。



「…総元。総元は奴を討つことに集中してくれ。まずは俺が場の空気を打ち祓う」


「! ですが鳴神さんっ霊力が…!」


「そんな言い訳通じんだろ。足りないなら、いくらでも命削ってやるよ」


「っ……!」 



 その眼差しに南二郎は息を呑んだ。






 大妖と対する咲光さくや照真しょうまはグッと刀を握りしめた。


 目の前に立つ総十郎そうじゅうろうも疲労困憊で肩で息をしている。いつもとは逆の左手に刀を持ち、右手は肘から下がない。さらしで無理やり縛り上げて何とか止血しているが、身体の至る所から血は流れている。


 それでも、その頼もしさと気迫、威風の一切は衰えるどころか一層強く増していた。



「叩いても叩いて湧いて来る……虫き貴様らは」


「何度でも食らいつくさ。先祖も仲間も、これまで戦ってきた全ての者達が、今、俺達と共に在る」


「弱くて脆い…愚か者共め!」



 バチバチと一際強く火花が散る。それでも一切引かず、三人は大妖を睨む。



「行くぞ!」


「はい!」



 何度も何度も支え導いてくれた声が。何度も何度も諦めず前へ進んできた二人の声が。

 今は何より心強い。


 大妖が払う手が雷撃を生む。総十郎が片手で振るう刃に、咲光も照真も刀を重ねた。

 渾身の力で雷撃を弾けば、すぐに二撃目が飛んでくる。



「!」



 しかしそれは、二振りの刃に弾かれた。



「日野!」


八彦やひこ君!」



 顔の左半分を赤く染め、左手は布で刀を縛りつけ、気迫の表情を浮かべた日野。肩や大腿から血を流し、必死の形相で刀を振るう八彦。

 諦めなど微塵も見せない両者。雷撃を防ぎながら日野は咲光達に叫ぶ。



「前だけ見て走って!」


「後ろは守るから!」


「あぁ!」



 日野と八彦の頼もしい声に、咲光は何の不安もなく走り出す。






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