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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百七十七話 自慢の子供達

 大妖の手が咲光さくやに触れる瞬間――バチッと音を立てて火花が散り、大妖が吹き飛ばされた。



「なっ…!?」



 宙で体勢を整えた大妖が着地する。殺気に満ちたその眼光が咲光を睨んだ。


 その視線の先を見て、照真しょうま達も息を呑み、動きが止まった。

 風に揺れる髪、刀を手にふぅっと大きく息を吐く姿。ゆっくりとその瞼が開かれる。



「姉さん……」



 零れた照真の声は、静かなその場にいる全員の耳に届いた。その声に咲光はふわりと微笑む。

 そしてゆっくりと大妖へ視線を向けた。


 恨めしそうに向けられる視線にも表情を変えず、静かな目が大妖を見つめる。

 途端、大妖が地を砕いて距離をつめた。



「姉さん!」



 照真の声を受けても、咲光は慌てる事無くスッと動いた。

 ガキィッと刀と妖力がぶつかり空気が荒れる。吹き荒れる暴風の中で火花が散ると、咲光は鋭く唱えた。



「散」



 静かだがはっきりと紡がれた言葉が雷撃を散らす。それを見た大妖が目を瞠った。

 バッと距離を開ける大妖に、咲光もまた距離を開け、照真達の元へ着地した。



「姉さん良かっ…」


「すまないね照真。少し時間がかかってしまって」


「……?」



 おかしい。変だ。見た目は知っている姉なのに、話し方もその調子もまるで違う。

 後ろからの照真の視線にも、同じように感じている総十郎そうじゅうろう達の視線にも、咲光は口元から笑みを消さない。


 射貫くほどに咲光を睨み、大妖は口を開いた。



「誰だ貴様は」


「!?」


「その小娘ではないな。ただの退治人に術など使えない。中に入っている貴様は誰だ」



 照真と八彦やひこががばりと咲光を見る。

 咲光は一切大妖から視線を逸らさず、いつもとは違う鋭さと気迫を感じさせた。凛として咲光にはない強さと自信を感じさせる。


 後ろから自分を見る総十郎と南二郎なんじろうの視線に、ちらりと視線を返し、咲光は困ったような笑みを浮かべた。



「おや…。まさか息子達まで気付かない、なんて事はないよね?」


「父さんっ…!」



 照真達にも鳴神なるかみ達にも衝撃が走った。その正体に、大妖の顔に怒りの青筋が浮かぶ。



「完全憑依しているとはいえ、見破れない程皆も力が尽きているんだね。だけど気は抜かないように」


「すみません…」


「総十郎。南二郎。お前達もだ」


「……すみません」



 声は咲光のものなのに、話し方も雰囲気も父のもの。

 “とう”達も南二郎も身を小さくさせる光景に、照真も驚きに口が開いた。そんな照真を見ることなく、咲光は続ける。



「照真」


「はい…!」


「咲光は無事だ。心配しなくていい」


「! はいっ!」



 ハッとして、油断なく大妖を睨む咲光の隣に立った。その隣にはさらに八彦が立つ。

 二人の頼もしい表情に、咲光は微かに笑みを浮かべた。


 眼前の相手。忌々しい相手が今またここで立ち塞がる。それに対して、大妖のまとう空気が痛い程の鋭さと殺気を増した。



「……霊になってまで我の邪魔をするか…忌々しい神来社からいとめ……。無様に死んだ亡霊が!」


「今ここにいる。お前が咲光をあの場所に閉じ込めた時点で、こうなる事は決まっていた。咲光が私と入れ替わって生きている事も」



 ギッと身が竦むほどの眼光が射抜いてきても、咲光は表情を崩さない。

 ただまっすぐ。高慢も、見下しもなく、ただまっすぐ大妖を見る。



「ほざけよ霊体がっ…! 憑かなければ何も出来んみっともなく見ているだけの阿呆が! あれをどこへ隠した!」


「言わない。断言する。お前には見つけられない。絶対に」


「貴様っ……!」



 ぶわりと妖力が渦巻く。

 その圧を受けながらも、咲光は後方へ指示を飛ばした。



「祓衆、退治衆の刀に雷撃を散らす術を使いなさい。受けようなんて考えてはいけない。力を合わせるんだ。出来る事でお互いにね。祓衆と退治衆は、何の意味もなく分かれている訳じゃない」


「はっ、はいっ……!」


「奴は全盛じゃない。だから倒せる。大丈夫。仲間と自分を信じなさい。君達は強い。私が保証する」



 総十郎と南二郎は目を瞠った。


 その背中に、父を視た。もうこの目で見て、触れられない父がそこにいた。


 まだまだ沢山の事を教えてもらいたかった。優しいぬくもりの手でいつものように褒めて欲しかった。

 もっともっと、これからも。


 まだまだ沢山伝えたい感謝があった。きっと沢山心配をかけてきたから。


 いつか来ると解っていた。だけどもう少し先にと、いつもいつも心は願っていた。

 もう会えない。もう触れられない。どうしようもなく悲しくて、寂しい。



「南二郎。総十郎」


「はいっ……!」



 まるで太陽の日差しの下で、日常の中で発するような、そんな声音で父が自分達を呼ぶ。

 ちらりと振り向いてくれたのは咲光の表情だけれど、そこに確かに父の笑みがあった。



「後を頼むよ。私の大切な、自慢の息子達」


「っ……!」



 視界が滲んだ。けれど必死にそれを留めて、大きく強く頷いた。



「はいっ…!」



 大丈夫だよ。ちゃんとやるから。

 何も心配しないで。


 息子達の目に、父はうんっと笑顔で頷いた。






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