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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百七十六話 削れ続けていた事を知らない

 退治衆が一気に斬り込む中、誰もが必死に刀を振った。

 邪魔な痛みを忘れる。刀を振る事だけを意識する。


 大妖の手が天に向けられれば、縦横無尽の雷が落ちてくる。

 衆員達へ守りの障壁を築きながら、鳴神なるかみは奥歯を噛んだ。



「っ……おりゃあ!」



 声に出さなければ押し負けそうだ。何とか一撃を逸らす事で避ける。

 それだけでも、鳴神は肩で息をした。



(霊力が尽きかけてる…。こりゃ、俺が先に潰れるな……)



 元々、鳴神の霊力は強くはない。

 知識よりも経験を幾つもこなし、積み重ね、時には命ギリギリの戦いをして、時には霊力が足りなくて限界を越えて、そうして霊力の器を少しずつ大きくしてきた。

 だから最初の頃は“とう”になれるなんて思ってもいなかったし、なろうとも思っていなかった。打診を受けて思わず「はい?」と声に出てしまったのだから。


 “頭”になったからこそはっきりと分かる。視える者と視えない者の差。祓人はらいにんの中の差。例え僅かでも、その差は時に埋めようのないものとして存在する。



「縛! 不動の檻にて絡め捕らん!」



 気迫に満ちた声が鋭く放たれる。

 縛の術に大妖の動きが一瞬止まる。その隙に総十郎そうじゅうろうが斬り込む。



「甘い!」



 じっと空気を圧するような妖力が放出され、バキリと縛の鎖が断ち切られた。

 鳴神達も息が詰まる中、照真しょうま八彦やひこが斬り込む。感心したように目を細めた大妖はその刃を躱し、素早い動きで腕を払うと、照真の体を八彦へぶつけた。



「っ……!」



 二人が激痛に顔を歪める。折り重なった二人はそのまま本殿を囲む壁に激突した。

 痛みを堪えて咳き込む。霞む視界で総十郎と日野が戦っているのが見える。


 胸の内が痛むのを感じながら、照真は口元に流れる血を拭った。



「照真」


「大丈夫」



 案じてくれる八彦もまた満身創痍だ。それでも刀を離さない。

 頼もしい仲間の姿に己もまだ倒れられないと思わされる。


 そして照真は、ちらりと本殿へ視線を向けた。そこに横たわる姉の姿。総十郎の刀の神威がまるで咲光さくやを守ってくれているように視えた。



(あれ……今…)



 その手が、ピクリと動いたように見えた。ほんの微かな小さな動きで、気の所為かと思ってしまうけれど。


 照真の視線に気付き、八彦は咲光を見てから照真を見た。



「照真?」


「……ううん。行こう」



 ふるふると首を横に振り、照真は立ち上がる。キュッと刀を握り、八彦と共に再び挑む。


 咲光は生きている。共に戦っている。それは変わらない想いであり、心は何度も力をもらっている。いつだって支えてくれている。


 肩で息をしながら戦う日野と共に八彦は交互に攻撃を繰り出し、照真も総十郎と共に戦う。細かな合間には雨宮あまみや南二郎なんじろう、鳴神から術が飛んでくる。

 攻撃を躱し、弾き、雷撃を放つ。そうして戦っている大妖が不意に瞼を震わせた。



(刀が神威を取り戻している……? だかなぜ…)



 まだ甚大な妖力を持つ自分の力は底を尽いていない。全盛で無いとはいえ、遅れを取る事は無い。

 空はまだ厚い雲に覆われ稲妻が走っている。妖力だって周囲に満ちている。


 神の威は、まだこの地には戻っていない。



(だがなぜ……なぜこうも何度も弾かれ打ち砕けない…?)



 刀に宿る神威なんて弱々しいもので、自分の力で消し去ってしまえるはずのものなのに。時間がかかる程に相殺するための妖力が強くなっている。


 妖力を強めなければ、相殺できなくなっている。

 それを理解した大妖が目を瞠り、奥歯を噛む。



(どこだ!? どこに無様に永らえる神風情の力がある!?)



 何かが神の息を吹き返そうとしている。周囲の鬱陶しい万所よろずどころの面々を妖力で思い切り吹き飛ばし、大妖は周囲を探った。



「………ぇ…」


「!」



 聞こえた。微かな声。


 大妖はその方をがばりと振り返った。

 荘厳な造りの本殿。その板の上に横たえられた人物。零れる髪が戦いの風で揺れ動く。その口元が……



「…清めたまえ……この息吹と…共に……」



 動いている。それも呪文を唱えながら。


 目を瞠り、全身が総毛立った瞬間、大妖は地面が割れる程強く踏みしめ、瞬きの瞬間に距離を詰めた。



「!?」


「姉さん!」


「咲光!」



 驚きの声が重なるが、間に合わない。



(頼むっ…! 神よ一瞬でも!)



 刀の神威に願う総十郎と、雷撃を放つ手を伸ばす大妖。

 その手が咲光に触れる瞬間――バチッと音を立てて火花が散り、大妖が吹き飛ばされた。






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