第百七十六話 削れ続けていた事を知らない
退治衆が一気に斬り込む中、誰もが必死に刀を振った。
邪魔な痛みを忘れる。刀を振る事だけを意識する。
大妖の手が天に向けられれば、縦横無尽の雷が落ちてくる。
衆員達へ守りの障壁を築きながら、鳴神は奥歯を噛んだ。
「っ……おりゃあ!」
声に出さなければ押し負けそうだ。何とか一撃を逸らす事で避ける。
それだけでも、鳴神は肩で息をした。
(霊力が尽きかけてる…。こりゃ、俺が先に潰れるな……)
元々、鳴神の霊力は強くはない。
知識よりも経験を幾つもこなし、積み重ね、時には命ギリギリの戦いをして、時には霊力が足りなくて限界を越えて、そうして霊力の器を少しずつ大きくしてきた。
だから最初の頃は“頭”になれるなんて思ってもいなかったし、なろうとも思っていなかった。打診を受けて思わず「はい?」と声に出てしまったのだから。
“頭”になったからこそはっきりと分かる。視える者と視えない者の差。祓人の中の差。例え僅かでも、その差は時に埋めようのないものとして存在する。
「縛! 不動の檻にて絡め捕らん!」
気迫に満ちた声が鋭く放たれる。
縛の術に大妖の動きが一瞬止まる。その隙に総十郎が斬り込む。
「甘い!」
じっと空気を圧するような妖力が放出され、バキリと縛の鎖が断ち切られた。
鳴神達も息が詰まる中、照真と八彦が斬り込む。感心したように目を細めた大妖はその刃を躱し、素早い動きで腕を払うと、照真の体を八彦へぶつけた。
「っ……!」
二人が激痛に顔を歪める。折り重なった二人はそのまま本殿を囲む壁に激突した。
痛みを堪えて咳き込む。霞む視界で総十郎と日野が戦っているのが見える。
胸の内が痛むのを感じながら、照真は口元に流れる血を拭った。
「照真」
「大丈夫」
案じてくれる八彦もまた満身創痍だ。それでも刀を離さない。
頼もしい仲間の姿に己もまだ倒れられないと思わされる。
そして照真は、ちらりと本殿へ視線を向けた。そこに横たわる姉の姿。総十郎の刀の神威がまるで咲光を守ってくれているように視えた。
(あれ……今…)
その手が、ピクリと動いたように見えた。ほんの微かな小さな動きで、気の所為かと思ってしまうけれど。
照真の視線に気付き、八彦は咲光を見てから照真を見た。
「照真?」
「……ううん。行こう」
ふるふると首を横に振り、照真は立ち上がる。キュッと刀を握り、八彦と共に再び挑む。
咲光は生きている。共に戦っている。それは変わらない想いであり、心は何度も力をもらっている。いつだって支えてくれている。
肩で息をしながら戦う日野と共に八彦は交互に攻撃を繰り出し、照真も総十郎と共に戦う。細かな合間には雨宮や南二郎、鳴神から術が飛んでくる。
攻撃を躱し、弾き、雷撃を放つ。そうして戦っている大妖が不意に瞼を震わせた。
(刀が神威を取り戻している……? だかなぜ…)
まだ甚大な妖力を持つ自分の力は底を尽いていない。全盛で無いとはいえ、遅れを取る事は無い。
空はまだ厚い雲に覆われ稲妻が走っている。妖力だって周囲に満ちている。
神の威は、まだこの地には戻っていない。
(だがなぜ……なぜこうも何度も弾かれ打ち砕けない…?)
刀に宿る神威なんて弱々しいもので、自分の力で消し去ってしまえるはずのものなのに。時間がかかる程に相殺するための妖力が強くなっている。
妖力を強めなければ、相殺できなくなっている。
それを理解した大妖が目を瞠り、奥歯を噛む。
(どこだ!? どこに無様に永らえる神風情の力がある!?)
何かが神の息を吹き返そうとしている。周囲の鬱陶しい万所の面々を妖力で思い切り吹き飛ばし、大妖は周囲を探った。
「………ぇ…」
「!」
聞こえた。微かな声。
大妖はその方をがばりと振り返った。
荘厳な造りの本殿。その板の上に横たえられた人物。零れる髪が戦いの風で揺れ動く。その口元が……
「…清めたまえ……この息吹と…共に……」
動いている。それも呪文を唱えながら。
目を瞠り、全身が総毛立った瞬間、大妖は地面が割れる程強く踏みしめ、瞬きの瞬間に距離を詰めた。
「!?」
「姉さん!」
「咲光!」
驚きの声が重なるが、間に合わない。
(頼むっ…! 神よ一瞬でも!)
刀の神威に願う総十郎と、雷撃を放つ手を伸ばす大妖。
その手が咲光に触れる瞬間――バチッと音を立てて火花が散り、大妖が吹き飛ばされた。




