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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百七十五話 仲間

「…そうか。ではやはり、灰にした方がよさそうだ」



 ピカッと空が光る。天を裂く一筋の光が咲光さくやに当たる直前、瞬時の疾風が咲光を助けた。

 汚れた青い羽織をひらめかせ、総十郎そうじゅうろうは咲光の体を本殿に横たえた。力なく閉じられた瞼を見つめ、総十郎は自分の刀をその体の上に置いた。



「神よ。戦う者を見守り下さる慈悲深き神よ。守り、御力をお貸しくださる神よ。どうかその御力で、役目を果たした者を、御守り下さい」



 妖気と負の空気に染まっても、決して神が死んだわけではない。微力な力でも、一瞬でもいい、危険が迫れば守ってくれと願う。

 大妖は、必ず自分達が倒すから。彼女がいなければここまで来れていないから。

 祈りを捧げ、総十郎は咲光に背を向け戦場へ戻る。


 照真しょうま八彦やひこが同時に大妖へ挑むが、雷球が近づく事を許さない。放出される雷撃を躱した照真は本殿前へ着地すると、ダンッと持っていた一振りを地面に突き刺し、再び大妖へ挑む。

 総十郎はその刀を掴むと、大妖へ挑む。三人での戦いが始まった。


 近付く事を許さない雷球。致命傷を避ける事だけ意識して駆ける。休むことなく攻撃を与える。

 俊敏な八彦が大妖の懐へ潜り込んだ。それでも大妖は一切空気を揺るがせない。



「!」



 大妖の足元で白い雷撃が弾けた。次の瞬間にはあちこちの地面から雷撃が弾け飛んだ。

 ビリリッと雷が全身を走り、痺れる。さらに続けて大妖が妖力を爆発させ、一瞬の暴風に晒された。

 吹き飛ばされれば、今度は空から雷が落ちて来る。



「っ……!」



 痺れた体が思うように動かない。総十郎は転がるように雷を避けた。

 息つく間のない攻撃。遊ばれているような感覚。



(父さんが力を封じてもこれだけの強さ……!)



 グッと奥歯を噛む。

 強力で、厄介で、手も脚も出ない。

 けれど引くつもりなど毛頭ない。繋いでくれた光を必ず掴み取る為に。


 自分の刀より、少しだけ細くて少しだけ軽い刀を握り、総十郎は跳ね起きて地を蹴った。

 地面からの雷撃に直撃しなかったのが幸いだ。もう動く。



「…………………」



 その中、大妖は僅か眉間に眉を寄せた。諦めない三人への不快なのかそれとも苛立ちなのか、それは照真達には読み取れない。


 幾度も刃が交わり雷撃が三人を襲う。雷撃が落ち、避ける。

 そんな戦いの中、スッと細められた淡々とした眼差しが周囲を見ると、息を吐くように言葉を漏らした。



「飽いてきた」


「!」



 三人から血が噴き出した。驚きに表情を染め、衝撃波で吹き飛ばされた三人が地面に転がる。

 そんな様を見る事無く大妖は髪を払った。



「やれやれ…。虚木うつぎ禍餓鬼かがきも死んだようだ。久方に身体を動かす良い機会になった。が…やはり力の不足は気分が悪い」



 手を開いて閉じる。身の内の妖力が足りない不快は復活してから付き纏っている。

 元より甚大な妖力を有する大妖だが、現在はその全てがその身にあるわけではない。弱まった封じを内から壊してやろうとして、漏れ出たその分の力が封じられてしまった。


 大妖の脳裏に浮かぶ一人の男。不快に表情が歪んだ。



(あの小娘には早々に捜索を断られた。奴め…どこへ隠した…)



 返答を聞きに行ったら、咲光からは断りの返事が即答で返された。だから用無しになって、仲間の前で殺してやる事にした。


 虚木と禍餓鬼が死んだ以上、自分で探すしかないが、骨折り作業になりそうでため息が出る。



「はぁ……」



 思わず大きなため息が零れる。

 封じられた分は、消費されていないから自分の元に戻ってくる事は無い。


 考えていた大妖は近づいてきた気配に視線を向けた。ぞろぞろとやって来た複数の人間共。



「……ん? あぁ…増援か。虚木と禍餓鬼を倒した者たちか」



 大妖の視線がやって来た鳴神なるかみ達へ向けられる。

 眼前の光景に、誰よりも先に動いたのは雨宮あまみやだった。



「一陣旋風!」



 ぶわりと風が動く。大妖の前で竜巻のようにいくつも唸ってその動きを阻む中、穏やかな風が負傷して倒れる三人を雨宮達の元へ運んだ。

 その様子を、大妖は動くでもなくただ見ていた。



(実力者は三人。それから術者がもう一人……。相手になるのはそれくらいか)



 怯えや恐怖を見せる衆員達は大妖の視界に入らない。


 止血処置を施す仲間達の前に、鳴神と日野が立った。初めて見る大妖の姿と妖気に全身に鳥肌が立つ。



「こりゃまた…。肌が痛くなってくる」


「えぇ全く。咲光さんは見えた…?」


「本殿に見えた。ありゃ多分神来社(からいと)かな…ちょっとは大丈夫だろう」


「そう。なら私達もやりましょう」



 おぅっと、鳴神の調子を変えない声に日野も僅かに口端が上がる。不安も心配もくれない心強い仲間だ。

 頼もしさを胸に日野が地を蹴った。


 始まった戦闘の片隅で南二郎なんじろうは総十郎を見つめた。脇腹の傷、全身の傷、痛みに顔を歪める姿が痛々しい。

 ずっとずっと、総十郎はこうして戦っていたのだ。



「総兄っ……」


「あぁ……っ…大丈夫だ…」



 ぎゅっと南二郎は拳をつくった。目を覚ました総十郎は身を起こし、その傍では同じように照真や八彦も起き上がろうとするのを、衆員達も息を呑んで見守っていた。

 ザッと地を踏み、三人は立つ。ふぅっと大きく息を吐くと、総十郎は南二郎を見て眉を下げた。



「そんな顔するな。お前が毅然としないでどうする」


「っ…分かってる!」


「頼もしいぜ。総元そうもと



 強気を込めて言っても、総十郎はフッと笑う。


 ポタリと地面に血が落ちる。立つ三人を見つめ、雨宮は次には共に大妖を見た。



「掴めた事は?」


「どこからでも出て来る雷撃の球。地面を抉る雷。地面から放出する雷撃。妖力は完全でないにしても、相当に骨が折れる」


「分かりました。行きましょう」



 雨宮の言葉を合図にしたように、総十郎と照真、八彦が地を蹴り、日野と鳴神の援護に入った。






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