第百七十四話 いつだって共に在る
「踊ってみろ。退治人」
大妖が美しく凄惨な笑みを浮かべると、空が眩しく光った。応えるように空から雷撃が落ちてくる。
それは一筋ではなく幾筋も。どれも威力が強いと解るからこそ、照真達はすぐに避けた。避けても避けても追いかけて来るように落ちて来る雷を、止まることなく避けるのは体力を削られる。
だんだんと足場の玉砂利が弾き飛ばされて、剥き出しの地面が露になる。その光景に総十郎に悔し気に唇を噛んだ。
その中で大妖は心底楽し気に笑っていた。
「ハハハ! ほらほら、あんまり自分に手一杯だと大事な姉が焼け焦げるぞ?」
「っ! 姉さん!」
バキリッと音を立てて落ちた雷が咲光を襲う。寸前に照真が咲光を救い出した。奥歯を噛んで衝撃に耐える。
もんどりうって地面に転がりながらも咲光を抱き締め避けていると、雷は止まった。その代わりのようにすぐ傍に感じた事のない妖気を感じた。
「死体など助けてどうする?」
馬鹿にしたように笑うその声音に、猛烈な激情が荒れ狂った。
背後に向けて刀を振り抜く。が半歩引いただけでそれは避けられた。それでも照真は咲光を守るように刀を構えて大妖を睨む。
恐ろしくはなかった。体が震えるのが恐れなのか怒りなのか分からなかった。あれほど寒いと感じていた体は今はとても熱い。
(憎いっ……! コイツがっ…!)
初めて、そう感じた。
刀をぎゅっと握ると、後ろから微かな力に引かれた気がした。それは本当に弱い力で、でも確かに感じた力。
大妖から視線は逸らせない照真は、それだけでスッと胸の内の激情が鎮まった。
「っ………」
呼吸が苦しくなる程、胸が苦しくなった。
何故もどうしても分からない。でも分かる。
(大丈夫っ、姉さん。俺は大丈夫だから)
姉はいつも自分の事を心配して、そして背を押してくれる人だから。
時にはちゃんと叱ってくれる。それは時に、怒りに任せた総十郎にしてみせたようにして。
だからきっと、今もそうなんだ。
次には大妖を見上げた照真。その視線に大妖の顔から笑みが消えた。
「……なぜ、そんな目が出来る」
雷雲が雷を走らせ鳴り響いている。まるで大妖の不快を表すように。
空を眩い光が覆った瞬間、両者が動いた。
照真の刀が弾かれ雷撃が走る。散る火花が皮膚を裂く。そこへすかさず総十郎と八彦が斬り込んだ。
幾つもの雷撃に二人も無傷ではいられなかったようで、いくつも切り傷ができ血が流れている。
斬り込めば激しい衝撃が生まれる。それは着物を激しくひらめかせ照真も唇を噛んだ。
(何かっ……何かもう一手を…!)
三人では駄目だ。弱い神威ではほんの少しずつしか妖力を削っていけない。しかし自分達以外に退治衆も祓衆もいない。
悔しさに奥歯を噛む中、腰でカタリと音が鳴った。
「!」
ハッと閃いた照真は、腰に差していたもう一振りの刀――咲光の刀を抜くと、巻いていた布を払い、二刀流で斬り込んだ。
二振りの刀と雷撃がぶつかる。
(成程。考えたな、照真)
総十郎と八彦もすぐさま斬り込み、大妖との戦いが激化する。
(刀を二振り使っても、扱える神威が増えるわけじゃない。だが、刀には元から宿る神威がある。その分単純に増える事は、戦う人が一人増えるのと変わらない)
一人より二人で戦う事、一人より十人で戦う事。強敵相手に戦闘人数を増やすのは、それだけの神威を集めるという事でもある。
さらにそこに、それぞれが扱える強さに合わせ、神威を強めていただく事も出来る。
刀は妖退治に必要不可欠な物であり、同時に退治人と神を繋げてくれる大切な神具でもあるのだ。
(無駄にはしないっ! 絶対に勝つ!)
振り返るな。前へ進め。
ここまで何の為に戦ったのか。咲光は何を願っていたのか。
照真はただ、背中に咲光の手のぬくもりを感じていた。
頑張ってと。一緒に戦おうと。そう伝えてくれている気がした。
だから今、涙は流さない。今はまだその時じゃない。
ただ精一杯に刀を振る。それが今、自分がするべき事。
「面白い! 小僧!」
大妖が笑みを浮かべ、雷が落ちる。その凄まじい威力に吹き飛ばされ、照真は樹にしたたか体をぶつけた。
「っ! …うぐっ…!」
直感的に転がった。しかし大妖の蹴りが腹に沈む。
蹴り飛ばされて内臓が悲鳴を上げ、照真は激しく咳き込んだ。沸き上がる異物感に咳き込むと、血が吐き出された。
それを見て逆に、スッと照真の頭が冷えた。
ドンッと距離を詰めてきた大妖に、割り込んだ総十郎の刀が光る。大妖はそれを易々と避けると、トンッと距離を開けて立った。
「小僧。なぜそこまでする」
腰に手を当てた大妖は、心底不思議そうに照真を見て問うた。
総十郎の後ろで照真はその目を睨み返す。
「お前はその姉を助けに来たんだろう? もう息もないというのに、なぜ戦う」
「姉さんは生きてる」
「は?」
即答した照真に大妖はキョトンとした顔を見せると、次には大口を開けて笑い出した。その声はどこまでも響くようにすら感じられ、空気が震えた。
妖気の所為か、ピリピリと肌を刺す空気に八彦はキュッと唇を引き結んだ。
ひとしきり笑った大妖は、口端を上げたまま照真を見た。
「命脈ない者を生きてる、か…。それはお前の胸の内の話か? そうやって希望を持つしかないのだろう? 憐れな人間よ」
「希望じゃない。姉さんは生きてる」
揺るがない言葉と瞳。
咲光に確かに息はない。救命措置の暇を与えてくれない相手だ。
だが、照真は断言する。総十郎も八彦も同じ目をする。
それを見て、大妖の口から笑みが消えた。




