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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百七十三話 進め、何があろうとも

 己の本能に逆え。それを良しとするな。受け入れるな。

 本能を押さえつけ、戦え。

 死を覚悟はしても死ぬつもりで戦うな。



(ここで逃げれば、俺は何も守れない俺になるだけだ)



 何度も何度も自分を救ってくれた弟子を。三人だと笑ってくれた弟子を。守れない師匠になるな。


 立ち上がる総十郎そうじゅうろうの隣に、刀を抜いた照真しょうま八彦やひこが並ぶ。



「行くぞ」


「はい!」



 今度は三人が一斉に斬り込んだ。


 一切余裕な表情を崩さず、笑みさえ浮かべる大妖は、避ける動作も見せない。


 その刃が大妖に届くより先に、火を纏う雷撃が天から打ち下ろされた。振り払おうとした刃を止め、直感的に後退すると、すぐに雷撃が地を抉る。

 あまりのその威力に吹き飛ばされ、飛んだ火の粉が舞い、肌に温かさを伝えてきた。


 雷が落ちた場所は大きく抉られその衝撃を物語る。掠っても肉が削られると、総十郎はその攻撃に危機感を募らせる。



(駄目だ。まず何よりも先に咲光さくやを……)



 視線の先で、抗っていた腕がだらりと落ちた。照真が、総十郎が、八彦が、言葉も動きを忘れて目を瞠る。



「やれやれ。結局何の役にも立たなかったなぁ」



 大妖は力の抜けたその体を、無造作に地面に落とした。



「……ね…さ…」



 音のなくなったこの場で、小さな小さな頼りない声が妙に大きく聞こえた。


 いつも笑って自分達の背を押してくれた。絶望の淵から救いあげてくれた。その声も、優しさも。

 ――放さないと決めて、その手を握り合っていたのに。



「………………」



 かつて、救えなかった守り切れなかった弟子がいた。そのやるせなさも怒りも恨みも、元凶である禍餓鬼かがきにぶつけた。

 そこから引き戻してくれたのは、優しく厳しい手だった。



「っ…………」



 けれど今、この胸に沸き上がるのは、あの時の怒りなど遥かに凌駕する程に、苦しい胸の痛み。

 怒りより、悲しみより、ただただ――痛い。


 ギィッと音が鳴る程強く刀を握った三人が、穿つほど強く地を蹴った。


 放たれる鋭い一閃にも大妖は余裕な表情を崩さない。

 バチリとその身から火花散った瞬間、照真と八彦は手早く叩きのめされていた。驚く間もなく雷撃と総十郎の刀が交差する。



「っ……!」



 少しでも力を抜けば押し返されると感じる程に、その威力は凄まじい。バチバチと弾ける火花が頬や腕を掠め痛みが走る。


 雷雲に覆われた夜の暗い空の下、その雷撃はまるで昼間のような灯りで周囲を照らす。



「…っ!」



 刀を握っていた総十郎の力が緩んだ。

 突然脇腹を走った痛みに視線を向けると、それまでそこになかった雷撃の球が浮かび、そこから雷撃が放たれていた。


 一閃に貫かれ力が緩んだ瞬間に、眼前から恐怖と圧迫感を覚える手が伸びて来る。

 その手から放たれた雷撃が容赦なく一帯を裂く。



神来社からいとさん!」



 照真の悲痛な叫びに応じるかのように、総十郎は煙を抜け後方へ飛び退いた。片膝をついて大妖を睨む。

 額と脇腹から血が流れていた。



「ふむ…。成程。術を使えぬとはいえ妖退治をするだけの事はある。お前はその中でも最も強い者だそうだな」


「……………」


「ふふっ。神来社の落ちこぼれとは聞いたが、その血には術者だけでなく野蛮な戦い方まで刻まれていたか」



 面白そうに大妖は笑う。それを総十郎は鋭い眼差しで睨んだ。

 自分だけでなく、先祖に至るまで笑いものにされては、流石に腹立たしさも感じる。が、努めて冷静に総十郎は大妖を睨んだまま。


 口端を上げていた大妖の視線が動く。斬り込んだ照真と八彦をその視界に入れた。


 煩いくらい本能が鳴り響いている。それでも八彦は前へ進む。奥歯を噛んで刀を握る。

 頭に浮かぶのは、いつだって優しい笑みを浮かべていた仲間である大事な友達。戦い方について話し合った頼もしい人。

 照真と手を取り合っている姿が好きだった。自分の意を汲み取って、何気ない事にもお礼を言ってくれる優しさが大好きだった。



(もう何もっ、奪わせない!)



 今も、共に沢山の仲間が戦っている。犠牲が少しでも少ない事を祈るし、自分だって戦い抜く。


 八彦の想いに応えるように刃が弱くも淡く光る。

 ちらりとそれを一瞥した大妖に襲い掛かった刃はしかし、視えない壁に阻まれた。



(障壁! しかも強い……!)



 虚木うつぎや禍餓鬼でも同じだった、妖力を纏う事で出来る障壁。打ち破るためには強い神威と時間が必要である防御に、八彦も照真も悔し気に奥歯を噛んだ。


 甚大な妖力を持つ大妖。打ち破るためにどれだけの時間がかかるのか、先が見えない。

 この神社は今、神がいたとは思えない程に空気が悪い。それさえも大妖の力になってしまう。



(でもきっと! 皆が少しずつ晴らしてくれるっ…!)



 だから信じろと、己に言い聞かせた照真と八彦は弾かれても何度も挑む。


 大妖の手に火花が散る。ハッとした八彦は考えるより先に身体が動いた。



「っ!? 八彦君!」



 ドンッと照真の体に体当たりをした八彦の肩を、雷撃が穿つ。すぐに八彦を守ろうとした照真と大妖の間に、すかさず総十郎が斬り込んだ。

 八彦はすぐに跳ね起き痛みに顔を歪めながら、照真を見た。



「大丈夫」


「っ…うんっ…」



 キュッと照真の刀を持つ手に力がこもった。総十郎の刀から距離を取った大妖は、その片手を天へと向ける。



「踊ってみろ。退治人」



 大妖が美しく凄惨な笑みを浮かべると、空が眩しく光った。






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