第百七十二話 神に代わる
日野と雨宮は身体が少し回復したと感じるや否や、すぐに神社内へ向かった。
玉砂利の境内を走るのも、転ばないよう必死だ。そうして走っているとバッと鳴神と南二郎に出くわした。
「ご無事ですね」
「何とか。そっちも」
互いに無事を確認した。それにホッとしながらも、まだ何も終わっていないと理解している。
鳴神達も雨宮達も、率いる衆員はごく僅か。そこから戦いの凄惨さを感じ取り、両者は決意を胸に走り出した。
神社の奥では、その空の上で雷雲が鳴り響いている。
「雷か…」
「雨がない分、奴の妖力が不完全である証拠です」
「それでもやっぱり凄まじいわね……」
南二郎の言葉で、改めて大妖の強大さを思い知る。
総元が最期の力を振り絞って妖力を封じてくれた事は、南二郎から報告を受けた。南二郎は物がどこにあるのかを「知らない」と言いつつも悟っているようだった。「言わない」と“頭”達にも口にはしなかった。
自分達に出来る事は総元が繋いでくれた光を消させない事。
「ありゃ本殿の方か?」
「はい。ご案内します」
“頭”にとって年に一度は必ずやって来る場所。慣れた参道なのにいつも感じる神威は感じられない。
知っている場所が様変わりして、痛みと哀しみが胸を掠める。
妖気が濃い方へ向かって鳴神達は走った。参道を走り、一般客は入れない場所を通り、本殿へ足を踏み入れた。
「!」
戦いの中心地。決して容易な戦いであるなんて思ってもいない。解ってる。
ただ少し違和感も感じていた。近づいても静かだったから。
「……ん? あぁ…増援か。虚木と禍餓鬼を倒した者たちか」
只一人、立っている妖の姿。一目見て全身の血の気が引く。呼吸が乱れないよう必死に抑える。
心臓が煩い。胸の内に生じた恐怖や本能的な警戒を、鳴神はすぐに捨てた。そうしなければ戦えない相手だと直感した。グッと拳をつくる。
荒ぶる感情を抑えなければ。
「総兄っ…!」
そうしなければ、血を流し動かない照真と総十郎、八彦、同じように倒れて動かない咲光を前に、感情任せになってしまいそうだった。
♦♦
時を少し遡り、虚木と禍餓鬼を相手に戦いが始まった頃、照真、総十郎、八彦の三人は境内を走っていた。
少数精鋭で狙うは咲光の奪還。どこにいるのか分からない人物を、どこにいるか分からない大妖を気にしながら探す。
見つけるより先に見つかる方が早いだろうと、総十郎は推測していた。
「姉さん、どこに……」
「照真」
八彦がぎゅっと照真の腕を握る。落ち着かせようとしてくれる声に、照真は焦りを胸にしながらもゆっくり頷いた。
心配ばかりが先行しても、何も良い事はない。駄目だ落ち着けと己を律する。
その傍で総十郎も思案していた。
(虚木が咲光を連れ去ったのは、恐らく俺達三人を潰す為だ。それならどこに居させるのが良い……?)
確実に、自分達を潰そうと思うなら……。
行きつく考えの終着点はどう考えても同じ。総十郎の頬につらりと汗が流れた。
「神来社さん……大丈夫?」
「あぁ」
心配してくれる八彦に、総十郎はふぅっと大きく息を吐いた。
八彦だって心配だろうに、今は側にいる自分達を心配してくれている。年長の上官が情けない、と少し自嘲的な気持ちが出てきてしまう。
「咲光は恐らく、大妖の傍だ」
「!」
言葉は衝撃となって胸をつくけれど、どこか予想が出来ていた。
助けに行けば戦闘になる。それも、かつてない相手との。
つらりと頬に汗が流れ、緊張に心臓が早鐘を打っても、心はもう決まっている。
だから照真は、まっすぐ総十郎を見上げた。
「行きます」
「あぁ」
決意を胸にする一同の耳に、バキィッと雷が落ちる音がした。
ハッと見ればそれは神社の奥。本殿のある方向から。
「誘ってるつもりか…」
「神来社さん」
「あぁ。さて、誘いに乗るか」
ダンッと三人は駆け出す。本殿へ向けて走り抜けると、辿り着いたそこにその姿があった。
長くうねる黒髪を靡かせ、美しく恐ろしい艶やかな笑みを浮かべている。見た目にそぐわずその内に秘めた妖力は強く禍々しい。
「姉さん!」
その手が、咲光の首にかかっていた。苦し気な咲光の視線が三人を見て光を宿す。
やって来た三人に、大妖は楽しそうに笑った。
「姉…? あぁそうか。お前が禍餓鬼が言っていた弟か…。そして、お前が神来社か」
その視線が照真から、総十郎に向けられる。一瞬視えた怒りの色に総十郎は睨み返す。そして、即座に姿が照真達の隣から消えた。
「!?」
あまりの速度に目を瞠る照真達の前で、刃を抜いた総十郎が大妖に斬りかかる。
が……
「っ……!」
圧迫されるような衝撃を感じたと思うと、身体が吹っ飛ばされた。地面と体がぶつかる前に何とか体勢を立て直す。
一瞬の出来事に、照真も八彦も動きが遅れた。総十郎はフッと冷静に大妖を睨む。
(妖力……いや、圧迫感と覇気に押されたか…)
体が痛い程訴える。逃げろと。本能が鳴り響いている。
自分の本能に「馬鹿言えよ」と吐き捨て、生存を諦めるつもりは毛頭なくも、総十郎は本能を切り捨てた。




