第百六十九話 二つの力
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ガッと妖力と神威がぶつかり合い、衝撃が生まれる。それを流し、禍餓鬼は追撃を後退した。
そこへ、祓衆の術が襲い掛かる。ちらりと一瞥したところへ、雨宮が気迫を交えて術を放った。
ドンッと土煙が立ち込めると、それはすぐにぶわりと内側から払われた。その中から真っ黒な人型の妖が向かって来る。
それに対し退治衆が走る。餓鬼を斬り、祓衆もすぐに術で応戦した。
(これが餓鬼…。神来社さんは作る妖力の量で強さが変わるって言っていた。それにこの数は厄介ね)
日野もまた眼前の餓鬼を斬り捨てた。祓衆が広範囲攻撃で餓鬼を倒してくれるので、退治衆も余裕をもって挑む事ができる。
万所が上手く連携するので、禍餓鬼はうむ…と僅か思案した。
(致し方ない。殲滅を優先する)
禍餓鬼の妖力に空気がドッと震え、一気に日野達の緊張が増す。
禍餓鬼の足元で黒い影が波打ち、再び餓鬼がゆらりと生み出された。
「!」
それを見た日野と雨宮が目を瞠る。
出現した餓鬼。姿形は何も変わらない。だが…
(妖力が違う…!)
先程までのものよりも、ずっと強い妖力を宿しているのが感じられる。
禍餓鬼はわざわざ強力な餓鬼を作り、万所の威勢を削ごうとしている。それを感じながら日野は刀を握ると地を蹴った。
厄介な相手となった餓鬼と刃を交える。衆員達も餓鬼と刃を交える。
餓鬼を一刀に斬り伏せ、日野は禍餓鬼へと駆けた。禍餓鬼を討てば、餓鬼は全て消え去るのだから、最短距離を狙う。
一気に詰めて来た距離に、禍餓鬼は動じた様子もなく、手の平にバチリと稲妻を光らせた。
雷撃と神威がドッとぶつかり合う。火花を散らし、幾度も打ち合う。
近距離で弾ける火花が肌を掠める。それでもさらに一歩を踏み出して、日野は猛攻を続ける。
その刃を躱し、禍餓鬼はちらりと祓衆と餓鬼を一瞥した。餓鬼と祓衆の戦いから日野へ、感情の読めない視線を戻した直後…
「っ……!」
餓鬼が一斉に一帯広範囲に雷撃を放ちながら弾け飛んだ。
近距離に居た退治衆や離れていた祓衆さえ巻き込んで、それを喰らった衆員達が倒れる。ぐたりと倒れ、皮膚が裂け、火傷のような傷を作る。
捨て身の強力な雷撃を浴びた体は、時に心の臓を止める。
何の前触れもなく放たれた攻撃に、日野も雨宮も半瞬反応が遅れたが、神威と術で直撃は避けた。
意識があり、動けそうな者にすぐさま日野が叫んだ。
「救護を!」
「っ、はい!」
日野の指示で動ける者が動き出す。日野は叫ぶと同時に禍餓鬼に攻撃を繰り出し、救護の邪魔をさせないために猛攻を仕掛け、その場から少し離させた。
禍餓鬼は何の反撃もせず、押されるままに後退した。その態度に日野は奥歯を噛む。
「!」
そこで初めて、禍餓鬼の表情が変わり、ダンッと地を蹴って後退した。
禍餓鬼がいた場所には霊力の塊が襲い掛かる。
「雨宮さん!」
「日野さん。先行しすぎないでください」
髪を風に遊ばせ、雨宮は静かに忠告した。その言葉に「ごめんなさい」と日野も謝罪し、禍餓鬼を睨む。
雨宮は日野の隣に立ち並ぶと、語調を変えず告げた。
「救護が済み次第、こちらに動ける者が来ます」
「分かったわ」
目の前に立つ“頭”に禍餓鬼は僅かに眉を歪めた。
空気が張りつめる。けれど、それに押しつぶされるような事は決してない。自分の呼吸を乱してはいけない。
日野は呼吸を整えすぐに地を蹴った。
日野の刃は妖力が濃いこの中で淡い光を持つ。それでもそれは、普段に比べれば心もとない程弱々しい。
歯ぎしりをしながらも、日野は禍餓鬼へ攻撃を続けた。ガキィッと刃と神威がぶつかり合う。
「チッ」
面倒そうに舌打ちした禍餓鬼が手を払う。雷撃が走り、それは日野をめがけて伸びた。
「っ……」
すれすれで避けても皮膚を裂く。頬が鋭く裂かれ血が噴き出した。
それでも、日野は足を止めない。
「光を纏い射ち止めよ!」
続けて攻撃しようとした禍餓鬼が後退する。それまで居た場所に無数の矢が突き刺さった。
日野は刀を握ったままふぅっと息を吐いた。
(妖力をまとって斬らせないのは虚木と同じ。だけど、虚木のように感情任せにはならない…)
常に淡々とした表情は時折苛立ちを見せるが、だからといって感情的な攻撃はしてこない。
そして、虚木では見ない雷撃を放つ力。
(餓鬼を使って広範囲に広げたけど、あれは禍餓鬼単体でも出来る事なのかしら……。掌以上に広がるのは神来社さんも視た事ないらしいけど…)
禍餓鬼と過去に戦った事があるのは総十郎のみ。情報は全て事前に教えてもらっている。
鋭い一閃となり貫いてくる事、身体に痺れを与えて来る事。
しかし、総十郎が知らない事もあるだろう。なので決して油断せず一手を見ながら戦わなければ。
日野と同じように禍餓鬼を睨んでいた雨宮は、そっと手を握りしめた。
(やはり、神の御力が弱まっている…)
大蛇を倒す時、総十郎に祈りを込めてもらい髪で結んだ数珠。元は大蛇を倒す為だったが、それは今も持っている。
大蛇退治の時、その力は遺憾なく発揮され力強かった。が、今、その数珠を通して得る力も、神来社家の祈りに応える力も弱い。
神来社が祀り、大蛇を倒す為に力を貸してくれた神が坐すのがこの地。同時に、今大妖が居座っている場所。
弱まった神の上に座る大妖に、雨宮がグッと奥歯を噛んだ。
(かの大妖を倒すか封じるか……。必ずこの場を清めなければ)
妖気に覆われしこの場を、清らかにして神に返さなければ。




