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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百六十八話 一瞬の選択

「行くぞ小太郎!」


「はい!」



 大きく声を張った鳴神なるかみに菅原も応じた。同時に南二郎なんじろうと鳴神は動き出す。

 二人は虚木うつぎを倒すために大かがりな術を仕掛ける。菅原はその為の時間稼ぎをする。


 菅原が虚木へ向けて術を放つ。休むことなく怒涛の攻撃を仕掛ける傍らで、鳴神と南二郎が大きく強く拍手かしわでを打った。音が埋もれてしまわないようもう一度。



「光を纏い射ち止めよ!」



 霊力を纏う矢が菅原に応じる。降り注ぐ矢の雨を妖力で弾き飛ばし、虚木は鬱陶し気に菅原を睨んだ。


 菅原とて術者だ。元来視えない身だが、それでも鳴神に出逢い、この道を知り、鳴神に教えを受ける事を望んだ。

 知識は不可欠。そして神に助力を乞うために、その身も心も誠実であれと教わった。



(俺は、自分がとても恵まれた環境で学ぶ事が出来たと知ってる。だからこそ、教えてもらった事を、教えてくれた事を、無駄にしない!)



 師匠である鳴神に教わった事。時にはその父であり元“とう”の朔慈さくじも教えてくれた。鳴神家の面々は突然来た自分にも優しくて、頑張れと応援してくれた。

 だから、それに報いたいと思う。



「雷神招来!」



 気迫を感じさせる菅原の声に、まだ何とか動ける祓人達も術を放つ。

 弱々しくて、すぐに吹き飛ばしてしまえる術ばかり。なのに一向に止める気配がない。



「しつこい!」



 苛立ちと共に吐き捨てられた。ぶわりと妖力が渦を巻き、周囲を吹き飛ばす。

 禍々しい圧迫感が肺を苦しめ、肌を刺す。


 菅原は虚木に霊力の塊をぶつける。が、それはひらりと躱され虚木が目前に迫った。



「きっ…!」



 咄嗟に障壁を築こうとした。が、虚木の姿が今度は突然に消えた。

 ハッと周囲を見れば、その姿が今度は鳴神の前に迫っていた。その憎悪に満ちた眼差しが鳴神を睨む。



(感情的になったと思ったのに…! 今、師匠が詠唱から抜けたら……!)



 鳴神は虚木から視線を逸らさず詠唱を続けている。菅原は無我夢中で鳴神の元へ走った。

 注意を引き付けていた中でも鳴神を狙った虚木からは執念を感じる。殺気と憎悪という恐ろしい感情の波だ。

 鳴神の口はまだ詠唱を続けている。詠唱は途中で途切れれば効力を失くす。そうなればもう一度最初からになり、消費する霊力が増える。


 菅原は喉の奥が熱を持った気がした。



「師匠っ……!」



 同じように詠唱する南二郎の表情にも、険しさと覚悟が滲む。



「ぐっ…!」


「うっ……!」



 虚木の手は、鳴神には届かなかった。


 その身にしがみつくように、衆員達が虚木の動きを止めたのだ。祓人も退治人も、腕や足に腹に腰にしがみついている。

 その行動に、鳴神も目を瞠った。



「止めろぉぉ!」


「一瞬だけでも!」



 その中で赤羽が声を上げていた。

 捨て身の行動だ。その行動に鳴神も南二郎も眉を歪める。


 ……もう、縛の術を使える霊力も、誰も残っていないのだ。



「鳴神さん総元そうもと!」


「頼みます!」



 張り裂けんばかりの声が耳を衝く。応えるように詠唱する声にも力が入った。



「鬱陶しいのよ蠅共!」



 爆発させた妖力と刃のような妖力を纏った拳が容赦なく振り下ろされ、鮮血が舞った。

 虚木の周囲で舞い地面を汚す血と、動かなくなる衆員達。激情が激しく渦を巻きながらも、稼いでくれた一瞬で、鳴神と南二郎は仕上げを詠唱した。



「伏して願うは、御名において悪鬼を退け、諸々御魂(みたま)安らかん事。天照らす光と共に降り注ぐは神の清廉なる威」


「この手は神の御手。この声は神の御声」


「「一筋の光明我が意と共に、刃となりて全てを薙ぎ払いたまえ――!」」



 重ねた声は張り裂けんばかりに一帯から空へと響く。

 衆員達が稼いでくれた一瞬から立ち込めていた霊力は天へと昇り、強大な神の刃となりて周囲を染め上げた。


 そのまばゆい光に、菅原も思わず視界を遮った。


 神の刃は悪鬼を打ち払うと、周囲の妖力も絡めとって霧散した。


 周囲を染めた黄金の光が消え、虚木がいた場所にはパタリと倒れ、もやとなり消えていく姿が残っただけだった。

 警戒を続けながら、菅原は鳴神の元へ急ぐ。背に守りながら完全に消えるまで虚木を警戒する。



「…ごめん……主様…」



 小さな小さな、叱られる前の子供のような声を漏らし、その体は靄となり、消えて行った。

 完全に消え、菅原もやっと息を吐く。周囲の妖気も神の刃によって随分と軽くなっている。



(今になって…体が震えてる……)



 震える口で意識してゆっくり呼吸する。と、後ろでドサリと音がした。

 慌てて振り返ると、倒れた鳴神の姿。南二郎がフラフラとしながら鳴神の傍にやって来てドサリと座り込んだ。



「師匠…! 総元……!」


「あー………ひとまず…終わったぁ……」


「ですね……」



 霊力を出し切った二人はすでに疲労困憊。動くのもやっという様相だが、命に別状はなさそうだ。

 それを感じて菅原もひとまず息を吐く。

 元々霊力が削られていた中で、霊力消費の大きい強力な術を使った二人。顔色もよろしくない。



「こんな無茶……久しぶりだ……」


「……ふぅ。俺もです……」


「いやいや…。総元はやっぱ凄いな……」


「そんな事…。鳴神さんも……あんまり無茶すると……駄目ですよ」


「ははっ。限界…超えるのは…慣れてるから……」


「笑い事じゃありませんし慣れちゃ駄目なやつですよ」



 菅原はすかさず鳴神の頭をはたいた。「いたっ」と言っているが、知らないと言わんばかりに「何か言いました?」と素っ気なく返しておいた。

 そんな二人を南二郎はクスリと笑って見る。


 菅原が怒るのも無理はないのである。身の内に残る霊力以上に霊力を消費させる術を使う時、霊力の代わりに何かを代償にして術を完成させる事になる。

 その代償は目に視えないもの。気力とも言える霊力に代わる力は、生命力に等しいと言われている。

 実際にこれまでの万所よろずどころの歴史の中、短命であった術者は少なくない。そしてそれは、生来(あやかし)が視えない身で術者になった者に多かった。



(鳴神さんは今も多分削った……。菅原さんが心配するのも当然だ。なのに俺は…)



 もっと、鳴神の負担を減らす事だって出来たはずなのに…。

 後悔しかけて、南二郎は内心でゆっくり頭を振った。



「寝るな俺……寝るな…俺ぇ……」


「そう言いながら目閉じないでくれますか」



 後悔していない鳴神の前で、自分が後悔する事ではない。

 誰よりも鳴神は、後悔などしていないだろうから。






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