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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百六十五話 光をくれた人

「いいや終わってない!」



 場に似合わぬ大きく快活な声が響いた。その声に、虚木うつぎ南二郎なんじろうも、衆員達も鳴神なるかみを見た。

 鳴神はうっすらと笑みさえ浮かべ、威風堂々と立っていた。その斜め後ろに立つ弟子の菅原もまた、同じように余裕のある表情をしていた。


 堂々とした否定に、虚木も「…は?」と目を瞬いている。



「俺達万所(よろずどころ)は、これまでも強力なあやかしを退治してきた! ここにいる全員がだ! 奴の力が妖を強化させるならつまり! 奴を倒せば国中で妖による被害は減るって事だ!」



 面食らったり、驚くしかなかったり。そんな表情が周りにある。「…は?」と虚木の表情も妙なモノを見るように変わった。

 それを見て、鳴神は一層に口端を上げ、叫んだ。



「今! 国は戦を終え大きく変化しつつある! 昔に比べりゃ妖の数も減った! これからもだ! 今ここを切り抜ければ次の時代が始まる! ここが! 次の時代ひかりへの道だ!」



 目を瞠る衆員達が鳴神を見つめる。

 怯まず、臆さず。ただ前を見据える大きな背中。まっすぐな瞳。


 周囲の驚きや羨望の視線の中、菅原も鳴神を見つめた。



(本当に凄い人です、貴方は。俺は貴方に出会えて、貴方に師になってもらえて本当に幸せです)



 本人には言いませんけどね、と菅原は鳴神の背から虚木へと視線を向けた。頭の中で一瞬だけ「何で言ってくれないの!? 言ってよぉ」と面倒くさい鳴神が出て来たので追い払う。


 鳴神の言葉に士気が高まる。「おぉー!」と衆員達から声が上がり、南二郎は鳴神を見た。



『鳴神は人をよく見てるし感覚も鋭い。そういう凄いところもあるけど……多分、俺達他の三人には出来ない事が出来るのが、一番凄いところだと思う』



 かつて、兄であり“とう”である総十郎そうじゅうろうはそう言っていた。それはきっと、こういう事なのだろう。


 南二郎に実戦経験はない。ただ、知識は幼い頃から叩き込んである。簡単な術なら庭で使った事もある。そうして総元そうもとから教えてもらってきた。

 だけど……今の鳴神のようには出来ないと解る。


 全てが違う。衆員達からの信頼も。潜り抜けた修羅場の数も。



(俺なら今、何て言っただろう…)



 何と言って士気を高めただろう。父なら、兄なら、どうしただろう。


 未来へ沢山の希望を繋げてくれた父。

 自分の霊力が弱い事を知り、退治人としての道を選んだ兄。



「鳴神さん、行きましょう!」


「おぅ!」



 今、共に戦う存在はとても心強かった。






♢♢




 俺の一番古い記憶には、総兄がいる。一緒に書物を読んで術の勉強をしていた頃の、物心つくよりも前の記憶。

 なのにいつからか、総兄は術の勉強じゃなく、刀の扱い方を学ぶようになっていた。


 万所には指南を受けられる場所がある。“頭”に直接指導を受けるわけじゃない人は、皆そこへ行き、修行して万所に入所する。

 なのに総兄は「総元の息子だって知られたくない」って言って、ずっと家で一人で稽古していた。家には術に関する書物も、退治衆や刀についての書物もあった。それを読んだり、会議にやって来る退治衆の“頭”に教えてもらったりしてるみたいだった。


 子供の俺には、それが不思議で仕方なかった。



「どうして術の勉強しないの?」



 首を傾げて問うた俺に、あの頃の総兄は一瞬キョトンとして、笑った。



「俺は退治人になるんだ。父さんや南二郎程の霊力はないよ」


「そうなの? それじゃ駄目なの?」


「あぁ、駄目だ」



 子供の俺は、総兄の膝に乗せてもらって書物を一緒に読むのが好きだった。大好きだった。分からないところは全部総兄が教えてくれた。総兄も分からないところは二人で父さんに聞きに行った。

 一緒に沢山勉強した。だから、自分で駄目だという総兄が、俺にとっては辛かった。



「…じゃあ、総兄はもう一緒にご本読んでくれないの…?」


「いつでも読もう。一緒に読んで、勉強しような」



 笑ってそう言って、俺の頭を撫でてくれた。子供の俺はそれだけで沈んでいた心が明るくなった。


 やがて総兄は退治人として万所に入所して、父さんは俺に教えてくれた。

 総兄は、俺や綾火あやか浩三郎こうざぶろうの誰よりも霊力が弱い事。妖を視る事、式を飛ばす事、少ない霊力で些細な術を放つ事しか出来ない事。神来社からいと家は術者の家系で霊力強く生まれてくる子が多いけど、稀にそういう子がいる事。



「お前の霊力が、子供達の中で一番強い」



 そう聞かされ、愕然とした。



「総兄……俺の事嫌いでしょ」


「? いや? どうした急に?」


「総兄…ずっと勉強してたし……霊力なんて……」



 帰って来た総兄に、俺は思わずそんな事を漏らした。

 俺のつぶやきに総兄は「あぁ…」って察した声を漏らす。俺は思わずぎゅっと拳をつくった。


 俺が子供の頃からずっと総兄は勉強してた。神来社家の者として、必死に勉強して知識を蓄えていた。

 分かる。だって俺は、ほとんど総兄に教えてもらったんだから。総兄はいつも言い澱む事無くスラスラ教えてくれた。

 それだけの勉強を、してたんだ。

 それを、その努力を、霊力という一点だけで俺は総兄を抜かした。嫌われて疎まれて当然だ。



「大好きだよ」


「……! う…嘘だ…」


「嘘じゃない。大好き、大好きだよ。南二郎の事も、綾火の事も、浩三郎の事も。大好きだ」



 キュッと唇を噛んだ。

 総兄の言葉はどこまでもあたたかくて優しくて、嘘じゃないって心がちゃんと伝わってくるから泣きそうで…。


 俯く俺の頭に、総兄は優しく手を置いた。



「霊力が弱いって分かった時は、そりゃちょっと落ち込んだ。でも、お前達を疎んだ事は無い」


「っ………」


「悩んだよ。すっごく。霊力が弱いならどうすればいいんだろう。器を大きくしようと思っても元があまりにも小さいから、経験から大きくしようとしても、その途中に死ぬってすぐ直感した」



 本当に器を大きく出来るのはごく一部の人だけ。多くは生まれ持った器で決まる。

 器を大きくするなんて経験は、死闘を何度も潜り抜けて、何度も限界を越えるようなもの。



「霊力があればと思った。でもそんな時、父さんに言われたんだ。何の為に学び、何の為に術者を目指したのか。目の前だけに捕らわれるなって」


「……? 何の為に…?」


「そう。そう言われて考えた。俺は何の為に勉強したのか。何を目指していたのか」



 総兄に、答えは出たのか。俺は問いたくなった。

 でも、そっと見上げた総兄の目が見た事ないくらい優しくて、あったかくて、俺は言葉が出なかった。


 総兄は、俺の頭に置いた手を一度だけゆっくり撫でるように動かした。



「大好きな家族と大事な神来社の役目。俺はどっちも護る。そしてお前が父さんの跡を継いだ時、お前と共に戦い、支えになろう」


「!」


「これが俺の結論だ。俺にはやっぱり、この道しかなかった」


「…なに……それ…っ」



 役目の為に。神の為に。家族の為に。

 長い時間をかけて総兄はその答えを導き出したんだろう。もうちょっと、自分の事を考えてもいいと思うのに…。

 でも、それは言わない。言ってもきっと「これが俺の幸せだ」って笑うだろうから。


 笑って俺の頭から手を離した総兄に、俺も顔を上げる。



「っ……じゃあ今度、実践面含めて、術と戦い方も教えてくれる?」


「あぁ。いつでも」



 家を空ける事が増えた総兄だけど、帰って来れば弟妹達の側に居てくれる。

 総兄との思い出も少ない綾火の不満にも笑って、浩三郎の話にもじっと耳を傾けて、明子あきこが生まれた時は飛んで帰って来てくれて。

 書物を持って行くと、いつも笑って手招いてくれる優しい兄。隣で一緒に書物を見る俺に、俺が知らない事分からない事を沢山教えてくれる。自分が身に付けたものを惜しみなく与えてくれた。


 子供の頃と変わらず、俺は総兄と書物を見るのが大好きだった。






♢♢




 そして今、俺は共に戦える。役目の為に。人々の平穏の為に。

 そして何より、総兄が見つけた、総兄の大事なものの為に。






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