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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百六十四話 決戦、開始

 厚い雲に覆われ、空の様子が分からない。それでも時計を見て、万所よろずどころは動く。

 鳴神なるかみ南二郎なんじろう日野ひの雨宮あまみや。二組にそれぞれ衆員も付き、神社の敷地のすぐ外で陣を構える。町までは少しだけ離れているので、被害は抑えられるはず。

 そして、照真しょうま総十郎そうじゅうろう八彦やひこは神社のどちらでもない場所から機を窺う。


 夜のこの場所はとても静かで、闇夜に神社が不気味に映る。少し前まではそんな事は微塵もなかったのに。

 生き物の声すらもない、静かすぎる中で、別々の場所で南二郎と雨宮がパンッと強く拍手かしわでを打った。



「地よ、木よ、風よ、水よ、火よ、山よ。太陽よ、月よ。東西南北の神々に申し上げます――!」



 ぶわりと霊力が膨れ上がる。その声に答えるように空気が震える。


 術を唱えながら、南二郎と雨宮の瞼が震えた。術を通して、神に乞うて、ヒシヒシと感じる。



(神々も抗っている…)



 この事態を看過できぬと、応じてくれている。弱まった神威でも力を貸そうとして下さっている。

 応えなければ。封じを守る者として。万所の術者として。



「天に掲げしその御手にて、慈しみ、尊み、安寧をもたらし。彼の天蓋の向こうよりその御光を降り注がせたまえ」



 渦巻く神の威が立ち昇り、中心地にさえ牙を剥く。


 少しずつ妖力が浄化されていく。けれど、妖気が強すぎて浄化しきれない。

 神の威は、それほどに弱まっている。



「息吹。この息吹。神の息吹と共に――!」



 今これより戦う者達へ、どうかご加護を――


 ブワリと風が巻き起こり、重い空気を絡めとる。少しだけ軽くなった空気に誰もがふぅっと無意識に息を吐いた。

 そしてすぐ、南二郎と“とう”の視線が鋭く細められた。中心地から禍々しい妖気が噴き出すと、それは自分達の元へやって来る。



「来たわね。そろそろ決着つけましょう」



 南二郎と鳴神の前に虚木うつぎが、



「我が主の御為に、消えてもらおう」



 雨宮と日野の前に禍餓鬼かがきが、降り立った。






♦♦




「分かってるのよ! 祓人はらいにんは近接戦を得意にしてるわけじゃないって!」



 ドゴォッと虚木の拳が地面を穿つ。トトッと足踏み、それを何とか避けた鳴神の頬に冷や汗がつらりと流れた。

 妖力をまとった蹴りが向かって来る。直撃すればひとたまりもない。障壁を築いても気を抜けば一瞬で砕かれる。



(一段と妖力も増してるな……。懐に入られると厄介だ)



 祓人は、退治人程に近接戦に慣れていない。

 体術は学ぶが、虚木相手にそれは通じないだろう。逆に骨を折られるのが目に見えている。


 退治衆が挑むが、やはりその妖力の壁は砕けない。逆に蹴り飛ばされ、拳を沈められ、その多くが倒れ伏す。それを見て鳴神も南二郎も唇を噛んだ。



砕波さいは!」



 霊力の波が虚木を襲う。

 “頭”の術に虚木は僅か顔を顰めると、タンッと飛び跳ねた。避けきれないと判断した部分にのみ妖力をぶつけ、相殺させる。

 が、その攻撃をした虚木は眉を寄せた。



(やっぱり“頭”くらいになると面倒だわ。相殺させる分にも妖力を消費される)



 “頭”が持つ霊力は多い。ひとつの術でも他の術者とは威力が違う。

 いくつもの死線を掻い潜り、経験を積み、少しずつ霊力を伸ばして来た猛者達。

 元々持つ霊力に差はあれど、己の限界を越え、己の力を伸ばす事は決して不可能な事ではない。成功者は少ないけれど、確かに居るのである。



「光をまとい、射ち止めよ!」



 南二郎の霊力が無数の光の矢となり、降り注ぐ。その数の多さと矢尻の鋭さに虚木は苛立ち舌打ちした。


 バッと降り注ぐ矢の雨に、虚木はすぐに避ける事を選んだ。が、全ては避けきれない。体を貫こうとする矢は妖力の障壁が弾き飛ばす。

 が、強い霊力で作られた矢は馬鹿に出来ない。防ぐために思った以上に妖力を削られた。

 最後の矢を手で鷲掴みバキリとへし折ると、虚木は南二郎を睨んだ。



「そう……あんたが後継ね…。ほんっと…霊力だけは強くてムカつく」



 万所の祓衆には滅多といない霊力の持ち主。“頭”はすでに二人いる。そしてこの場にいる事を考え、虚木はすぐに南二郎の正体に辿り着いた。

 南二郎の睨み返してくる目に、虚木は馬鹿にしたようにハッと笑った。



「何? 無様に死んだ父親の仇討ち? 主様に楯突いたんだから当然でしょ」


「…………………」



 ただグッと、南二郎は拳をつくった。その身から放たれる殺気も熱も、虚木は鼻で笑う。

 南二郎は、意識して大きく長く息を吐いた。



『術は、何かのために、誰かのために、使いなさい。神への祈りと同じ。決してそれを、忘れてはいけない』



(…うん。大丈夫だよ父さん)



 怒りが湧く。侮辱する相手は許せない。

 だけど、私情でこの力を使ってはいけない。それは昔から教わった事。この力は決して自分の為にあるものではない。役目の為に、神が授けてくれたものだから。



裂波れっぱ!」



 気迫と共に放った術が虚木を呑みこんだ。が、すぐに術は霧散する。

 余波で髪を靡かせて、虚木が南二郎達を見やる。冷たくも、呆れているような目だった。



「あんた達の役目はもう終わったの。何でまた戦おうとするの?」


「何も終わってない」


「終わってるわよ。主様が復活された今、その御力はこれからも広がり続ける。国中の妖に力を与えて人間なんてすぐに消える。あんた達に出来る事なんてもうないの。全部防げるとか思ってるの?」



 冷ややかな眼差しに衆員達の身が強張る。虚木の言葉がじわじわと心に侵入してくる。


 こうして戦う意味が、あるのか……。



「いいや終わってない!」






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