第百六十二話 それぞれの場所で
「詳細は?」
自然と声を潜める咲光に、総元も神妙に頷いた。
「私は封じが破られる少し前から、漏れ出ていた妖力を固めて封じた。だから今、奴は全盛とは言えない。それでも充分強力だけれどね」
「あれで全盛じゃない……」
「全盛だったら今頃外は嵐になってるよ。封じと同時に、私は神社を囲む結界を使って、大妖をここから出られないようにしてある」
次々出て来る言葉に、咲光は必死に頭を動かし続けた。いちいち驚いてはいられない。
妖力は、消費される事で失ったならば、休息により回復する事は出来る。だが、奪われてもそこに在る妖力は消えない。奪った側が消費しない限り、回復は出来ない。
そして、妖同士では妖力を奪うなんて高度な芸当は出来ない。これが出来るのは術者くらい。尤も、それが出来る術者もごく一部のみで、術自体が高度である。
妖力だけを封じても、封じが解ければその妖力は持ち主へと返る。もしもその時、奪われた分を回復していれば、自分の容量以上の妖力に身体の内が圧迫されてしまうのだ。
だから今、大妖は妖力を消費されない形で封じられ、その分を回復する事も出来ていない。
妖力を封じた物が、大妖の探し物だろうと見当をつけ、改めて透ける総元を視る。
(封じが破られる前からずっと……ずっと戦っていたんだ…。少しずつ少しずつ、総元が私達に繋げれてくれた…)
泣きそうになるのを堪える。今はまだ泣く時じゃない。
だからキュッと前を見据える。
「奴がこの神社にあると断言したのは?」
「長き封じを守る為、私はこの神社を出なかった。この地を離れず役目を全うするのが代々のやり方でね。これは虚木や禍餓鬼も推測していただろう」
「だからこの神社にあるはずだと……」
封じを守る為に力を注ぎ続けた術者達。その役目の重さも、成し遂げる意志も、尊敬を抱くばかり。
近くに大妖達がいない事は分かっているが、咲光は思わず周囲を確認して声を潜めた。
「それは今、どこに?」
「言わない」
総元にはっきりと告げられた言葉に、一瞬咲光は面食らった。
言葉が出て来ない様子に、総元はすぐに「えっとね」と説明してくれた。その表情は眉を下げて、少し申し訳なさそうだた。
「これは誰にも言わないつもりなんだ。だけど、奴の手には渡らない」
「…確証がある事ですか?」
「ある。奴は気付きもしない。私も術者だ。何を犠牲にしてでも為さねばならない事がある」
その声音の強さに咲光はストンと理解した。
これが、神来社家の当主であるという事なのだと。
封じを守って来た神来社家。その使命を神の意で与えられた一族。それを長く務めてきた代々の当主。
重い役目を投げ出さず何百年もしかと繋ぐ事は、どれほどの事なのだろうか。神の差配で血と力は受け継がれていても、それは当事者達の理解と納得が付随するわけではない。
(神来社さんは、力に恵まれなかった…)
そういう人も居ただろう。
それでも――
「ただ言えるのは、私なら、余程の安心が無い限り、手元から放しはしないということだね」
「手元……? もっ…!」
持ってるんですか!?
表情に出る咲光に総元は面白そうに笑った。けれど答えは返さない。
(それなら確かに安心だけど…。総元は今、霊ですよね…?)
持てるの?
今度は怪訝な表情が浮かんで、その変わりように総元は吹き出した。
けれどやっぱり答えは返って来ないので、咲光は聞く事を止めた。総元が断言するなら安心だろう。
そうなると、自分の選択は決まってくる。
「総元。私は皆の元へ戻ります」
「あぁ。私も同じだ。一緒に戦わせてくれ」
「はい!」
総元が居れば頼もしい。咲光の力強い頷きに、総元も頷き返した。
そして咲光は、今になって思い出す。
「……あっ」
「どうしたんだい?」
「ご家族の避難先に、穂華ちゃんが行ってくれてます。なので安心してください。皆を明るくしてくれますから!」
「! そうか…。そうか。ありがとう」
総元としてではない。夫の、父親の顔をした総元に、咲光も満開の笑みを咲かせた。
安心と苦しさを感じながら、総元は咲光と今後の事を話し始めた。
♦♦
厚い雲に覆われた空。月さえもその姿を隠している。
夜の闇の中で、万所仮本部は緊張に包まれていた。屋敷の庭には篝火が焚かれ、空気と場を浄化する。
空気も澱み妖気も感じられる中で、神の力を保ち続けるのは大変な事。
そう思いながら、総十郎は空を見上げて深く息を吐く。不安も恐怖も嫌な空気になる。
だから意識して振り払う。でなければ心まで絡めとられてしまいそうだ。
「か…神来社さん…」
呼ばれて静かに視線を向けた。そこにいたのは八彦で、総十郎は「どうした?」と首を傾げた。
ちらりと視線を向ければ、照真は他の衆員達と話をしているようだ。どんな事でもいい。気を紛らわせる事は、今以上に自分を追い詰めない為にも必要な事。
八彦は、総十郎をじっと見つめていた。探るようにキュッと眉間に皺を寄せて。
「大丈夫…?」
その目は、心配そうに向けられた。少し驚いて、総十郎はふわりと目を細めた。
「…神来社さんは……咲光の事も…照真の事も……すごく大事にしてるから…」
「それは違う。俺は、二人も、お前の事も、穂華の事も大事だよ。一緒に戦う日野や鳴神、雨宮さんや衆員達も」
「……うん」
本当によく人を見ていて。よく感じ取って。人の不安を自分の事のように案じてくれる。
そんな優しい、誰よりも優しくて、だから人を上手に頼れなくて不器用で。
総十郎は八彦の頭にそっと手を置いた。以前は身を固めてしまった八彦も、二度目はそんな事もなく受け入れた。
そっと置かれた手はすぐに離れる。それに合わせて八彦も頭を上げた。
「咲光を必ず取り戻すぞ」
「うんっ!」
総十郎にとって大切な弟子であるように、八彦にとっても大事な友達。
八彦は前を見据え、力強く頷いた。
総元として南二郎が立ち、“頭”が揃い、衆員達が集合した。各々の役割が伝えられ、誰もが緊張をまとっている。
その中で、最前線に立ち“頭”が動く。
「行くぞ」
「はい!」
万所総員が、世紀の妖退治に挑む一歩を踏み出した。




