第百六十一話 選択肢
「選択肢をやろう」
「……………」
「ここで死ぬか。仲間の前で死ぬか。我が頼みを引き受け、生きる事を選ぶか」
提示された選択肢に何事かと訝しみながらも、頭の中で一つひとつを考える。が、どうやっても答えは一つしか出て来ない。
ここは敵陣。大妖の機嫌次第で全てが決まる。
(生かす気なんかない)
それは揺るがない現実だ。餓鬼を止めたのはその頼み事の為だろう。
頼みをわざわざ咲光にするという事は、自分達では出来ない事。ならそれは、何なのか。
「……頼みとは?」
「探し物だ」
探し物?
表情に出た咲光の胡乱気な様子に、大妖は頷いた。
「我が妖力を持つ物を探すのだ」
大妖の言葉に咲光は眉を顰めた。
何故。どういう意味か。妖力を持つ物があるのか。問いたい事は山ほどあるが、一つひとつに答えてくれるとは思えない。後ろの虚木がすでに腹立たしそうな表情をしていて、どうやら奴にとって良い話ではない事が伺える。
「それがどこかに隠された。こちらが手出ししづらく、それでいてこの神社のどこかにある。その所為で雷雲はあっても雨が降らん。我が意が届かぬ」
心底腹立たし気に大妖が吐き捨てた。
妖力を持つ何か。隠されたという言葉に咲光は驚きと疑問を抱いた。
「どうしてこの神社だと断言できる? 他の場所かもしれない」
「それはない。これは、お前達にとっても悪い話ではないと言っておこう」
断言された。それを少し妙に思いながら、咲光は視線を下げた。総元に視線を向けたいが、奴らに気付かれないために向けない。
詳細は恐らく大妖も言わないだろう。それが何か不都合になるのだと推測できる。
(この神社にある大妖の何か…。でも仮にそれを見つけてしまえば、そこで私は…殺される。その何かを、せめて皆に知らせられれば…)
だが、その方法を探る前に今はこの選択肢を選ばなければ。
間違えれば……そう思う咲光の頬に一筋の汗が流れる。
だがもう一つ、聞きたい事がある。
「一つ、聞いても良い?」
「何だ?」
「これから、何をしたいの?」
封じから解かれ、周囲を妖気で包み、負の空気を広げて。
どこか緊張した重い空気が流れた。キッと自分を睨む視線に、大妖はニッと口端を上げた。
「人間。この世は妙だと思わんか?」
「…………?」
「なぜ、妖の闇が薄められなければならない? 何故、人間の勝手で光を広める ? 何故、妖ばかりが身を小さくさせ、片隅で生きている?」
時代が流れ、光は強まり闇は薄まった。それは文明や産業の発展でもあり、町から闇が消えていく事に繋がった。
だから、妖は数を減らした。狭くなった片隅で生きている。
「今度は、こちらが奪ってもいいだろう?」
「っ! …人を殺して、妖で世を染めると!?」
恐ろしい笑みを浮かべる大妖に、咲光は驚愕の声を上げた。その形相にも大妖は笑うばかり。
咲光はグッと拳を握った。
「そうなれば、実に住み心地のよい世になるだろう?」
「っ……人と妖が絆を繋いでいる事もある。そうする事だって出来る! その道さえ閉ざしてしまうの?」
「人と…? それは面白くないな」
スッと大妖から表情が消え、咲光もスッと全身から血の気が引いた。
けれど、引けない。震える手を必死に握る。
(この妖は、人を根絶やす相手としか見ていない)
脳裏に浮かぶのは、鳴神と雑鬼達。
視える人はあまりにも減ってしまった。けれど視えている人の中には、ちゃんと妖を知ってくれる者もいる。
かつて出会った、天城智世のように。
「心地の良い世の中に異物はいらん」
「!」
人も、人と繋がりを持つ妖も、この大妖にとっては同じ。
人が関わる全て、大妖はその気分で手を下す。消えた分を血と負で手に入れる。
それが解ったから、咲光は眉を吊り上げた。
「もうよかろう? お前の選択を下せ」
この大妖を世に出せば、取り返しがつかない事態になる。それを確信した。
だから考える。この大妖を倒すためにはどうすればいいのか。
その為の手段。提示された選択肢。考えて考えて、咲光の頬に冷や汗が流れた。
「……考える時間はもらえる?」
「はぁ? 見え透いた時間稼ぎでしょ。今決めなさいよ」
不満であからさまに不機嫌になる虚木に、咲光は余計な事は言わず口を閉ざす。
そんな両者に大妖はハハハっと笑った。
「構わぬ。しかし時間稼ぎには付き合わん。万所はじき来るだろう。日暮れまでに決めておけ」
「……分かった」
暗い石牢の中は時間も分からない。けれど、貴重な時間に咲光は頷いた。
それを見て、大妖達は身を翻して去って行く。虚木と禍餓鬼はこちらを一睨みすることを忘れず。
その妖気が消え、咲光はほっと息を吐いた。
「大丈夫かい?」
「はい…」
隣で総元が心配してくれる。その表情が総十郎に重なって見えた。
けれど、安心ばかりはしていられない。咲光はすぐに総元を視た。
「今の話は……」
「今のが、君に伝えておきたかった事だ」
「詳細は?」
まっすぐ自分を視る目に、総元は神妙に頷いた。




