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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百六十話 序章は知らないうちに

「君は空気に敏感な子だから、波長を合わせればすぐに解ると思った。上手くいったね」



 そう言って微笑むのは、かつて見た姿のまま。しかし今、陽炎のようにそこに現れて、透けている。

 まさかと思う結論を否定した咲光さくやの視界に、あの人骨が映った。



(あぁ………)



 混乱が一瞬で静まってしまった。


 誰かに、総元そうもとに、否定して欲しかった。そう思って視える総元を見つめるけれど、返って来るのは、自分を見て申し訳なさそうに、哀しそうに浮かべられた力ない笑み。


 だから咲光は唇を噛んだ。胸が痛んだ。

 顔を覆う咲光に、総元はそっとその肩に手を置いた。実際にはすり抜けてしまうから、もう触れる事はできない。だから置いているように見せた。



「咲光。悲しんでくれてありがとう。だけど私は、総元を継いだ時から覚悟はしていたし、妻や子供達に囲まれてとても幸せだよ。だからどうか悲しまないで。心を沈ませてはいけない。せっかく君は自分の力で前を見ているのだから」


「っ……はいっ…!」


「帰ると言ったね。私も同じだ。その為に共に出来る事をしよう。かの大妖を、今度こそ倒す」


「はいっ!」



 もう涙は流さない。顔を上げ自分を見上げる咲光に、総元も頷いた。その目に灯る強い光がとても頼もしかった。


 小さな牢だが、その奥に引っ込み、咲光は総元を会議を始めた。大妖達の気配がこちらに来る様子はない。



「奴らは総元の事は…?」


「知らない。私が完全に奴らと波長をずらしている。だから視えてもいない」



 波長を合わせる事が出来るという事は、逆にずらす事も出来るという事。その実力に咲光は改めて感心した。

 流石、古くから現在まで続く強力な術者。



「総元は、何故ここに…?」


「大妖の復活時に少し戦ってね。けれど及ばず…。意趣返しのつもりなのか、ここに放り込まれて、奴らの妖気に当てられ続けたから、死んだ肉体はすぐに朽ちてしまった」


「意趣返し……?」


「ここは、大妖が封じられていた場所なんだ」



 ギョッと咲光が目を剥いた。ここが!? とキョロキョロと周りを見る様子に、総元もクスリと笑う。

 かつて自分が封じられていた場所に、今度は死んだ総元を押し込めた。そのやり方に咲光はギュッと拳をつくった。



「入り口に大きな岩があるだろう? あれに神の力が宿って封じていた。言うなれば、あれがご神体だ」


「ご神体……。じゃあ本殿には…?」


「そちらにもある。けれど、あちらは人々の信仰の為のものという側面が強い。勿論、私達にとってはどちらも大切な神だ」



 人々が見ている世界。その裏側にある世界。けれどそれは確かに繋がっていて、どちらかだけが清浄に保たれていても均衡は保てない。


 ただ、裏側を知らないだけ。知らない方がいいだけ。知る者があまりにも少ないだけ。

 それを神来社からいと家は少しだけ多く知っていて、そして守ってきた。


 長い時の流れを感じ、咲光は瞼を震わせた。少しだけ感傷的な心を払うように、総元を見て疑問をぶつけた。



「奴らは、総元の身をここに入れただけ…なんですか?」



 戸惑いを含む声音に、総元は咲光の疑問を正確に読み取った。



「喰らえば足しになったかもしれないね。神来社は力が強いから」


「……………」


「けれど同時に、奴らにとって、神来社は口にしたくない程嫌いでもある。それに、口にした瞬間に何をされるか分かったものでもないからね」


「……?」


「死して発動する術というものもある。それを警戒しているんだ。だから奴らは祓人はらいにんは喰わない」



 そうなのかと咲光は顎に手を当てた。死して発動する術…なんだか怖いぞ。

 けれど確かに、被害者はいつも一般市民。抵抗されないというのが一番の利点だと思っていたが、そうではない側面もあったらしい。


 成程と思う咲光の傍では、「実際にされたら私も霊力を爆発させてたよ」とさらりと総元が笑顔で言うので目を剥いた。



「今の私は、少し霊力を使う事は出来る。だけれど来たるべき時まで取っておきたい」


「来たるべき時……」


「だから咲光、その前に君に話しておきたい事がある」


「はい」



 頼もしい頷きを受け総元が話そうとした時、二人は揃って口を閉ざした。この牢に向かって凄まじい妖力が流れて来る。


 咲光は牢の入り口の方へ体ごと向き直る。つらりと冷や汗が流れた。

 近付いて来る妖気と足音。大妖と虚木うつぎ禍餓鬼かがきだろう。手に汗が流れ背を冷や汗が流れる。この妖気には慣れる気がしない。



「大丈夫。落ち着いて。私もいる」



 隣で総元は落ち着いた声をかけてくれる。咲光もそれにゆっくり頷いた。

 奴らは総元が霊になっている事を知らない。これもバレないようにしなければ。



「骨との対面は済んだか? 退治人」


「っ……」


「忌々しい神来社の総元。だが大した奴ではなかった。奴らがしたのはただの小細工ばかり」



 ギッと咲光の拳が握られる。

 この骨が総元であると暗に告げ、怒りを煽ろうとしているのが分かる。だから咲光は必死に唇を噛んで堪える。



「私達が尊敬する人を、それ以上侮辱するな」



 咲光の言葉に虚木と禍餓鬼は眉を吊り上げ、大妖はにぃっと笑みを浮かべた。

 牢の中に足を踏み入れ、身構えた咲光を面白そうに見つめると、その足で骨を一本踏みつけ、へし折る。



「……!」


「咲光!」



 自分にだけ聞こえる声が制止を促した。だけれど聞けなかった。

 鞘を抜き払い、動く左足だけを大きく前へ伸ばす。低姿勢から大妖の足へ一撃を放った。



「がっ……!」



 が、それが命中するより早く、虚木の蹴りが咲光に沈むのが早かった。

 壁にしたたか身を打ち付けると、餓鬼がきが一体咲光へ鋭い爪を振り下ろす。視界の隅にそれを収め、反射的に飛び退こうとしたが右足に力が入らず体勢が崩れた。



「止めよ」



 餓鬼の爪が咲光に触れる紙一重で止まった。制止した餓鬼に、咲光はすぐさま距離を取る。

 ぐらりと体が揺れた咲光を睨み、虚木は頬を膨らませた。



「主様に攻撃しただけで万死に値しますっ!」


「お前は優しいなぁ虚木」



 むぅっと頬を膨らませながらも、大妖の笑みに虚木は言葉を続けなかった。

 臨戦態勢を解き主の傍に控える。禍餓鬼も主の意に異を唱える気はないようで何も言わない。


 二人を後ろに、大妖は咲光を見下ろした。






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