第百五十七話 いつだって共にいてくれる
「なぁ神来社」
「何だ?」
「お前がいいなら、お前と照真と八彦で、先に助けに行ってもいいぞ?」
「!」
バッと総十郎は驚きを顕に鳴神を見た。視線の先の鳴神は、普段通りに二ッと笑顔を浮かべている。
驚いたのは照真と八彦も同じで、二人も鳴神を見た。三人の表情とは逆に、日野も雨宮もどこか柔らかな表情を浮かべている。
「……い…や…流石にそれは…」
「でも、早く行きたいんだろ?」
「それはそうだが……」
上手く言葉を続けられない総十郎に、鳴神は笑みを崩さない。
「だって、お前の弟子だろ?」
「!」
「弟子取らねぇって言ってたお前の弟子なんだから、今度は手、離すな。それに俺らにとっても仲間だしな。だから頼むわ」
鳴神の言葉に、総十郎は目を瞠った。
かつて助けられなかった弟子。今もその時の感情は忘れられない。焦る要因はそこにもある事を、総十郎は解っていた。
もうしない。させたくない。失いたくない。願っても叶わない事があるのは知っている。だから自分で最大限の事をして動き続ける。
助けるために、全力を尽くしたい。
その為に力を貸してくれるのは、同じものを背負う仲間たち。
「あぁ……。ありがとう、鳴神…」
「いいや」
深く深く下げられた頭に、鳴神はいつものように軽く明るく答えた。
鳴神の言葉。それに反対しない雨宮と日野。仲間の想いが嬉しく胸を痛めた。
「俺も戦うから」
「! 南二郎……」
「それなら、総兄は咲光さん救出に憂いなく動けるでしょ?」
弟の笑みと言葉に、総十郎は泣きそうな笑みを浮かべた。
(俺は本当に、仲間に、家族に恵まれた。父さん、南二郎、皆……本当に、ありがとう)
感謝は、咲光を救出する事で伝えたい。
決意を胸に、総十郎は顔を上げ、まっすぐ前を見据えた。
「ありがとう。俺の全てを注いで、必ずなしてみせる」
総十郎の決意には、照真と八彦も強く頷いた。その頷きを見て鳴神も口端を上げる。
「んじゃ、俺らも早々に決着をつけてそっちに合流するようにする」
「えぇ。大妖は総員で倒すわよ」
「はいっ!」
照真も八彦もキリッと眉を上げる。勇ましく頼もしい様子を、南二郎もまた目を細めて見つめた。
総十郎が出会い、弟子にした照真。初めて会った頃よりはずっと強く、頼もしくなったと感じる。
(でもやっぱり、揺るがなくて変わらないところがあって…。それがとても安心する)
思い浮かぶのはいつだって、姉弟で手を取り合う姿。いつも二人でいる所を見ていたから。
そうやって、互いを大事に想うところは時間が経とうと変わらない。いつだって、どんな時だって想い合っていると感じる。
「南二郎。頼むぞ」
「うんっ」
自分の傍で、自分を信じてくれる兄がいる。
その目を見て、南二郎も強く頷いた。以前は笑って言ってくれた言葉は、今はまっすぐ真剣に伝わってきた。
♦♦
虚木に神社の奥に連れて来られた咲光は、ドサリと無造作に地面に放られた。まだ身体に少し痺れが残っていて、身体が言う事を聞いてくれない。
痛みに少し顔が歪むが、咲光はすぐに顔を顰めた。
「っ………」
周囲の空気が重たく澱んでいる。肺に入るだけで心までズンッと重たくなってしまうような空気の悪さ。それが体に侵入して気分まで悪くなる。
少し前まで人々が参拝に訪れ、神の威が澄み渡っていた場所とは思えない。見る影もなくなった周囲に視線だけ向け、胸が張り裂けそうになった。
(こんなっ……ここは神来社さん達家族の家でもあるのに……大事な思い出が詰まってる場所なのにっ……)
もう、戻る事はないのだろうか…。神来社家の皆はもうここに戻れないのだろうか…。
そんな事を考えて、すぐにハッとその考えを振り払った。嫌な方向へ思考が引きづられてしまう。
咲光はキッと虚木を睨んだ。その眼光にも虚木は笑みを浮かべ、ストンと腰を下ろした。
「ここ、すごく心地良くなったでしょう? 邪魔者もいなくなったし。ま、邪魔してるものはあるけど…」
「……?」
「後は万所の奴らよね。だから、あんたを引き離したの」
咲光はギッと奥歯を噛んだ。言葉を出そうとすれば掠れる声しか出ない。
いつもなら睨まれて不快に顔を歪める虚木も、今は機嫌がいいようで笑みのまま。
「万所で面倒な奴は片手の数。それを潰していく。まずは大嫌いな神来社」
「!」
「あんたをアイツの前で殺せばきっと楽しいわ。それとも堕として欲しい? どっちでも選ばせてあげるわよ?」
子供のような無邪気な笑みが向けられる。怒りで拳を握ろうとしても、今は指が地面を掻くだけ。
そんな感覚は薄かった。それ以上に渦巻く激情が荒れ狂って仕方ない。
「それとも、神来社と…あんたの弟は助けてあげようかしら? あんたが死ぬならそれでもいいわよ」
「っ……こ…のっ…!」
「アハハ! 怒っておっもしろーい!」
遊ばれている。頭の片隅でそれは解っているけれど、感情は制しきれない。
肺に入り込む空気まで、体中で暴れているようにすら感じた。




