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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百五十六話 信じて、繋げる

 ところで…と総十郎そうじゅうろうは仲間を見回した。



「今の雨宮あまみやさんの言葉じゃ、大妖は敷地外には出られないとみていいんだな? あの結界は……」



 総十郎の問いに雨宮達は一瞬沈黙すると、そっと南二郎なんじろうを見た。総十郎の視線も同じように、南二郎に向く。

 兄の視線を受け、南二郎はその問いに答えた。



「父さんだよ」


「……!」



 総十郎が目を瞠る。“とう”の前に、南二郎は懐から取り出した一枚の紙を置く。

 パラりと開かれたその紙に書かれているのは地図のようなもの。それが何なのかは総十郎にもすぐ解った。



神来社からいと家の地図だな」



 じっと地図を見る総十郎の斜め前で、鳴神なるかみ照真しょうま八彦やひこを手招いた。少し離れていた二人は、その招きに応じてススッと近づく。


 地図を見れば、確かに空から見た図になっている。中に居ては分からないが、空からの図にはどこかどこであるというのが読み取れる。

 本殿や、神来社家が住む家なども大まかに描かれている中、敷地を囲むように赤い点が記されている。



「その、赤い点は何ですか?」


「それは結界の起点を記しています」



 照真の問いに、すぐに南二郎が答えてくれた。


 赤い点は五つ。等しい間隔を開けて並んでいる。



「起点に使われているのは、あやかしが嫌う瑪瑙の石です。術の起動で石同士が結びつき、結界を張っています」


「それが、大妖を阻んでいるって事…?」


「はい。瑪瑙自体にも魔を払う力があるんです。花や植物、石などにも同じようなものがあります。今回は、これにさらに術を加えているんです」



 顎に手を当て思案していた総十郎は、ゆっくり顔を上げて南二郎を見た。



「…これは新しい結界か?」


「ううん。昔からあるもの。多分、ご先祖がもしもの為に施したもの。父さんもそう言ってた」


「ならこの結界は、昔からずっとあるものだとして……。通常の結界とは違うと視えた。俺は文献でしか知らないが…特定? だとしたら封じてからは施されてないはずだ。父さんは…大妖のみを阻む特定対象への結界にしたのか…?」


「流石総兄。うん。父さんはわざと術式を書き加えた」



 頷いた南二郎に、総十郎は頭を抱えて俯いた。その様子を首を傾げて見やる照真と八彦に、鳴神が説明してくれた。


 総十郎が言ったのは、特定対象に対する結界。言葉の通り、特定の対象のみに作用する結界。今回の場合は、大妖にのみ作用し、虚木うつぎ禍餓鬼かがきには作用しない。


 総十郎は、幼い頃は祓人はらいにんを目指していた。が、その道を変更して退治人になった。それでも神来社家の抱える役目については、“頭”になる以前にすでに父から教えてもらっていた。

 それを知った時、総十郎は改めて神来社家の文献を読み直した。そして勉強をし直したが、膨大な量全てではないので把握できていなかった事もあったようだ。



「……文献、読み直しておけばよかった…」


「俺もこれ、父さんに聞いて初めて知った事だから」



 南二郎もクスリと困ったように笑った。


 頭に手を当てる総十郎の脳裏に、幼い頃の事がよぎる。父に教えてもらった日々。自分で文献を読んでいた日々。

 元は祓人を目指していたので、その術の難度や必要な霊力の強さなどは理解している。



(元ある術に書き加えるなんて、流石父さんだとしか言えないが……。虚木や禍餓鬼へ対象を広げなかったのは、その時に妖気が無かったからか…)



 特定対象の結界は、その時、その場にある妖気しか対象に出来ない。

 つまり父は、封じが解ける寸前に、今にも出て来ようとする漏れ出る妖気を対象として術を加えたという事。

 誰もいない神社で。ただ独り、来たる戦いに備えて――


 グッと総十郎は唇を噛んだ。



(虚木や禍餓鬼を対象に出来なかったが、恐らくそれは出来てもしなかっただろうな……。じゃなきゃ、三体を神社内に閉じ込める事になる。そうなると、全面衝突は避けられない)



 どれほどの覚悟で、父は決断したのだろうか…。長く総元そうもととして、神来社家の当主として、その役目を全うしてきた尊敬する父は。

 胸を締め付ける想いに、くしゃりと髪を掴むと、総十郎は次には表情を引き締め顔を上げた。


 そんな総十郎に、南二郎はさらに続ける。



「父さんは、虚木や禍餓鬼を閉じ込めるよりも、町へ妖気が流れないようにと言ってた。だから、俺はその為の手を鳴神さんに頼んだんだ」


「成程。それで鳴神は動いたんだな。結界じゃなく定点浄化か?」


「あぁ。全体を囲むような結界は確かに妖気は防げるが、この状況じゃ長く持たないし、霊力消費が激しいからな。とりあえず術を施した数珠を地面に埋めてる」



 鳴神が行ったのは、神社と町の境界の地面に、浄化の術を施した珠を一つずつ等間隔に埋める事。それにより、流れる妖気は霊力によって浄化される。


 敷地を囲む結界を施すよりも霊力の消費が少なく、術さえ解けなければ、内部から壊される恐れのある結界よりは長く持つ。いたずらで地面を掘るような者もまずいない。



「分かった。それなら敷地外で虚木と禍餓鬼に集中出来る」


「ねぇ神来社さん。その大妖、何か情報はあるの?」



 日野ひのと同じ眼差しがいくつも向けられる。

 存在しか知らない大妖。どれほどの強さを持ち、どんな技を使うのか。全員の視線が刺さる。



「雷撃を使う。天を裂き地を裂く稲妻…って話だったな…。南二郎知ってるか?」


「俺も知ってるのはそれくらい。すみません」


「いいの。それに、それだけ分かれば十分だわ。今は神威もあまり強められないから、相殺させるのは難しいわね…」


「だな。祓衆こっちもその雷撃、弾くにも霊力を消費しそうだ」


「えぇ」



 雨宮も鳴神の言葉に深刻そうに頷いた。

 照真も考えるように視線を下げた。



(さっきの虚木との戦い、確かに神威の強まりが弱かった…。ここはそれだけ神が弱まっていて、力が届かないんだ)



 その中で、戦わなければ。まずは虚木や禍餓鬼を倒し、少しでも妖気を弱め、空気を換えるようにしなければ。

 そうすれば少しでも、神の力は強まり、妖を抑え込めるはず。



「分担はどうする? “頭”二組で分かれるか?」



 トンッと、思案する総十郎は指先で畳を叩いた。

 虚木と禍餓鬼も強力な相手だ。“頭”二人で挑むのが望ましいと思う。が、脳裏にはずっと不安と懸念が残っている。



(俺達が虚木と禍餓鬼に手一杯になると、その間咲光(さくや)は……)



 敷地内はただでさえ妖気も濃い。その発生源がすぐ傍にあるという状況。

 出来るだけ早く、助け出さなければ。

 今だって、どういう状況か…。


 焦る心を鎮める為、総十郎はふぅっと長く息を吐いて天井を仰いだ。己を制しようとする様子に、雨宮達も何も言わない。






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