第百五十五話 緊張と焦燥の狭間
「ありがとう八彦君。もう大丈夫」
「雨宮さん、すまない。もう大丈夫だ」
ぎゅっと一度強く手を握り、そして放す。
その繋がりの強さに、日野も雨宮も舌を巻いた。そして純粋に感嘆した。
不安も恐れも、変わらず胸に押し寄せてくるけれど、今は感情任せになってはいけない。
「本部に戻り、皆さんと情報を共有しましょう」
「鳴神は?」
「神社を中心に術を展開中。町に侵入しないよう浄化式を追加してるの」
すぐに一同は動き出す。来たばかりの総十郎達は最新の情報が欲しい。
情報共有の為、現在の万所が仮本部を置いているという屋敷へ向かうことになった。
♦♦
現在、万相談承所の本部は仮屋敷に置かれている。元々神来社家の所有する屋敷であり、神社からも近い。
そこに、万所に属する衆員達が集まっていた。退治衆と祓衆、四人の“頭”。そして……
「総兄……」
神来社南二郎がいた。
てっきり家族と避難していると思っていた照真は、その姿に驚いた。が、総十郎は驚いた様子もなく、じっと南二郎を見つめた。南二郎もじっと総十郎を見つめる。
二人の間には不思議な緊張感のようなものがあった。
それを感じていた照真と八彦が口を挟めずにいると、後ろから声を掛けれれた。
「照真、八彦。久しぶり」
「! 鳴神さん!」
驚いて振り返れば、ニッと笑みを浮かべる鳴神の姿。何も変わらない雰囲気に、照真もホッと息を吐く。
よく笑う鳴神のその空気には、いつも助けられてきた。だから、その姿を見て少しホッとする自分がいるのを自覚しながら、照真は「お久しぶりです」と挨拶を返した。
「あ、他の皆さんは…?」
「怪我人は治療中。町の警戒とかで出払ってる面々もいるけどな。俺達は俺達でやるべき事、やるぞ」
「はい」
鳴神はその視線を総十郎にも向ける。半身振り向いていた総十郎も、鳴神の言葉に頷く。
「今から会議だ。照真と八彦も来い」
「はい!」
鳴神は、すぐに照真達と部屋に入った。
すぐに雨宮と日野も合流し、本部と同じ並びで“頭”が腰を落ち着ける。ただ違うのは、いつも総元がいる位置には南二郎がいて、末端には照真と八彦が居る事。
照真は、腰から自分の刀と、布を巻いた咲光の刀を置いた。
真剣な会議が始まる前に、総十郎が思い出したように鳴神を見た。その視線に鳴神はコテンと首を傾げる。
「朔慈さんに改めて礼を言わないとな」
「ん? あぁあれか。気にすんな。俺も知らなかった」
「俺も知らなかった」
「お前もか。親同士がいつの間にか進めてたな。俺ら置いてけぼり」
ワハハと笑う鳴神に総十郎もクスクスと笑みがこぼれた。
緊迫と強張りが出ると思っていた鳴神は、総十郎のその表情にひどく安堵した。
(大丈夫。神来社は大丈夫だ)
今の表情を見て確信した。咲光の話を戻って来た雨宮に聞いて、まず考えたのがそれだった。
照真は声をかけた時に、思っていたよりは焦燥を見せず落ち着いていて、それもまた安心出来た。
(お前ら、凄いなぁ)
改めて思う。二人の心の余裕は、今のこの場の空気の良さにも繋がっている。
「ところで鳴神。今お前の方は何が起こってどうなってる?」
「よし。俺から報告な」
居住まいを正し、鳴神は全員を見た。
先程までも日野や雨宮とは別行動をしていた。現在の事態は、ただ奴らを相手にすればいいだけではないのだ。
「俺の方は、神社を中心に発生してる妖気が町へ侵入しないよう防いでる。ほっとくとどこまでも広がってくからな」
「町への被害は?」
「空気の悪さまでは防げないから、少し悪いな。奴らがこれまで人を攫っていたのも響いてる。だが、妖気は防いでる。色々手を打ってもらえてるおかげでな」
「……?」
鳴神の言葉に総十郎はじっと鳴神を見た。少し引っかかる物言いだが、なんとなく解っている。
この町に来てから、妖気だけを追ってはいない。
「神社を結界が囲んでるが、あれはお前が?」
「違う!」
明るい声の即答で否定が返ってきた。その即答振りにガクリと肩が崩れた。
気持ちいいくらいの答えだな…と思いながら、総十郎は雨宮を見たが、同じように首を横に振られる。となると…と南二郎を見るが、これまた首を横に振られた。
「総兄。それは後で説明するよ」
「分かった。今の所、大妖の姿を見た奴はいるか?」
「いえ。虚木と禍餓鬼は時折現れますが、大妖はまだ姿を見せていません」
総十郎だけでなく、照真と八彦も眉間に皺を刻んだ。
まだ、言葉だけでしか知らない大妖。けれど、神社を覆うその妖気を肌で感じ、冷や汗が流れた。
圧倒的で、圧迫的で、心臓が煩いのに全身の血の気が引く。手が震えて本能が警鐘を鳴らす、そんな感覚。
総十郎が顎に手を当てる隣で、日野が提案を出した。
「私は、姿を見せてる虚木と禍餓鬼を先に倒すべきだと思うわ。出来れば各個撃破で」
「それは俺も賛成だ。一体でも倒したい。でも、同じ場所じゃ戦いづらいだろうし、援護はされたくないな」
「では、それを避ける為に敷地の反対側で迎え撃ちましょう。大妖の援護も遮る為、神社の敷地の外が望ましいですね」
「敷地外なら中心地ほど妖気は濃くないし、それがいい。どう別れる?」
“頭”達が真剣な眼差しで策を練る。その様子を照真と八彦はじっと見つめていた。
これまでも、“頭”の強さも頼もしさも感じた。実戦の中でそれは鮮烈で、今はそれとはまた違う一面を見ているような気もする。
胸の中がカッと燃えて、身体が熱を持った気がした。無意識にぎゅっと拳を握った。




