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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百五十四話 離れてしまう

 前には総十郎そうじゅうろう照真しょうま、後方には咲光さくや八彦やひこ日野ひの雨宮あまみや。眼前の布陣に虚木うつぎが鬱陶し気に眉を寄せた。



(“とう”が三人に増えちゃ面倒だわ。あの三人だって他よりは面倒だし…)



 けれどここで衆員を殺しただけの成果では、禍餓鬼かがきにため息を吐かれそうな気がする。それはとっても気に入らない。想像しても腹が立つ。

 主に食事を提供したいところだが、それを先程邪魔された。それも腹が立つ。



(これまでは主の復活の為に、程々で撤退してたけど、もうその必要もないのよね…)



 だからこそ、今、こうして全力で叩き潰せるのは快感なのだ。

 それにもう一つ、万所よろずどころには()がある。主が復活したのに、万所はとんでもない事をしてくれた。



(だから叩きのめしたい。どうしようかしら…)



 眼前の相手を見やり、そういえば…と虚木は思い出した。淡々とした禍餓鬼が珍しく面白そうに笑みを浮かべていた事があった。あれはそう…学舎まなびやでの一件の後だ。



『あの四人の中で、支柱はあの小娘だ。奴を堕とすのも面白い余興になるやもしれん』


『小娘? あぁ…あの姉。どうしてそう思うの?』


『弟と神来社からいと。両者を俺の前で引き上げた』


『へぇー…そうなの』



 あの時は特段興味も無かったけれど。虚木の口端がニッと上がった。

 それを見た咲光達が地を蹴り、虚木が応じる。再び戦闘が始まった。


 体力を削っている日野や雨宮に代わり、咲光達が前へ出る。目の前の虚木は、雨宮達との戦闘で妖力を削られているはずなのにそんな様子を見せない。周りが味方しているのか、まだまだ余裕があるのか…。

 拳や蹴りに纏わせている妖力が、神威とぶつかり衝撃を生む。


 皮膚を裂き、地を穿つ。咲光と照真の攻撃を躱した虚木を、総十郎と日野が迎え撃つ。そこに八彦も死角から加わり、虚木が舌打ちをした。

 ガキィッと妖力とぶつかり、総十郎が眉間に皺を寄せた。



(日野の戦闘を見ても感じたが、神社内でも神威がさほど強まらない。それだけ神の力が弱まっている)



 今の力は、元々刀に宿る分と、弱まっている状態で神が強めようとしてくれる分。神の力が弱まっているのはかなりの痛手だ。

 が、今はそこを嘆いている暇はないし、そんな時ではない。


 “頭”三人と咲光達の戦闘に、だんだんと虚木の表情が不快に歪む。



「あぁもうっ!」



 苛立ちがそのまま言葉になる。が、虚木はそこで感情的になる事はなく、攻撃を続けた。

 非常に厄介で面倒な相手。弱まった神威でも“頭”はそれなりに戦う。単純に、神威に頼った戦いをしないのだ。


 人数差にだんだんと虚木が押され始める。照真と日野を蹴り飛ばすと、虚木はその妖力を爆発させた。



「!」



 その瞬間、、咲光達の戦場に一筋の雷が空気を裂いて地に落ちた。その凄まじい威力は空気を震わせ、周囲を白く染め上げる。

 周囲の木々もバキバキと悲鳴を上げる中、咲光は背筋がスッと冷えるような感覚を覚えた。



「っ……!」



 前も見えないような状況で、ガッと腹に衝撃を感じて体が折れた。



(なっ……!?)



 虚木に攻撃されたのだという事は何となく解った。だけど、体が痺れて動かない。

 その手からカラリと刀が離れ、咲光の体がそのまま地面に倒れる。



「私の雷撃って、禍餓鬼と違って、私の意思次第で妖力を通して流し込むようなものだから」



 頭上から声が降って来ると、そのままグッと掴み上げられた。


 周囲の光が治まり、だんだんと視界が戻る。雷の凄まじい音で遠のいていた耳もゆっくり音を掴み始める。

 その中で、照真は虚木を見つけると同時に、目を瞠った。



「姉さん!」


「咲光!」



 樹の枝に乗った虚木に、咲光が囚われていた。動けないのか抵抗する様子はないが、意識はあり虚木を睨んでいる様子。

 虚木がどこか上機嫌な様子で笑みを浮かべていた。



「この子、貰っていくわね」


「放せ!」


「いっやだ」



 笑いながら、虚木は咲光を抱えてシュッと神社の奥へ姿を消した。「姉さん!」と叫ぶ照真の声を聞きながら、咲光は妖気が濃い神社の奥へと消えて行った。


 すぐさま動くのは照真と八彦、そして総十郎。が、それを見越していたように、雨宮の声が三人の足を止めた。



「お待ちください」


「……!」


「奥へ立ち入れば、相手にするのは虚木だけではありません」


「奴がいるのは分かってる。だからこそ咲光に危険がある。このままにはっ…!」



 焦燥を滲ませる照真と総十郎。その傍では、八彦が神社の奥と雨宮を交互に見た。心配を見せる表情に日野も表情を曇らせ、それでも雨宮を見た。

 全員の視線を受け、雨宮は変わらず冷静に告げる。



「冷静さを欠いた今の状況は、相手の思うつぼでしょう。万全の準備を整え、迅速に動きましょう。このまま動き、村雨さんを助けるどころか自分達まで…となってもよろしいと?」


「っ……」



 言葉に詰まる照真はグッと刀を握った。その葛藤と苦しさを見つめ、日野はそっと雨宮を見た。

 合わせた両の手。その手を強く握りしめているのを、日野は見た。

 フッと息を呑んで、唇を噛む。



(“わたしたち”がいたのに…。雨宮さんだって辛いのは同じ。それなのに…全部背負おうとして…)



 あの時止めなければ…と後悔が一層強くなるかもしれない道を、雨宮は自分で選んだ。日野はその胸中を想い拳を握った。


 照真、総十郎、日野、雨宮を見つめ、八彦がぎゅっと拳を作った。



(咲光…咲光……。心配だ…心配だけど……でも…)



 今、目の前で皆も辛そうな顔をしている。

 こんな時に皆を柔らかな笑顔にしてくれたのは……。それに自分はいつも笑顔を貰って、嬉しい気持ちにさせてもらって…。



(…咲光なら…こんな時にどうするの…? 俺……俺…何が出来る…?)



 いつも照真と一緒だった咲光がしていた事。これまでの記憶を思い出し、八彦はハッとした。


 グッと、照真と総十郎の手を掴んで、握りしめる。突然の事に二人は八彦を見つめた。

 ぎゅっと力強くて、少し震える手が自分達の手を掴んでいる。



「八彦君…?」


「ふ……二人がそんな顔してると……いつも…咲光はこうしてくれる…から」


「!」



 息を呑んだ。胸が苦しくて痛くなった。

 諦めそうになった。絶望して、座り込んでしまいそうで。



(違う。そうじゃないんだ)


(そうなるな。これまで何度、助けられてきた)



 一緒に泣いてくれたぬくもり。引き戻してくれたぬくもり。



(必ず、取り戻す)



 諦めようとする暇があるなら。絶望している暇があったら。

 助ける為に、動き出せ。






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