第百五十二話 迎えは知り合いの強い人
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それから、穂華は一人歩き続けた。
二つ隣の町までは大通りが通っていて、人通りもそれなりにある。少し不安もあったが、穂華はまっすぐまずは隣の町に向かった。
山越えなんて道でなくて良かったとホッとする。それならきっと総十郎はそんな事はさせなかっただろうと思うけれど。
(神来社さん、お兄ちゃんみたい)
そう思うと頬も緩んだ。見送ってくれた兄の事を思い出す。
仕事で刀を振るう時の総十郎は、とても強くて頼もしいのだと咲光と照真は言う。それは穂華も普段の頼もしさから感じるが、戦闘は見た事がない。だから穂華には、普段の様子が一番知っている姿なのだ。
日のあるうちに隣の町に着いた。町同士が短い距離で繋がっていて幸いだった。
そこで穂華は一泊宿を取り、そして翌日にまた次の町へ向け歩き出した。
長い旅の中で、足腰はそれなりに丈夫になったと思う。咲光達に比べればまだまだだろうけれど…。
(二つ隣の町にしたのは、迎えと丁度合流出来るからかな…? それとも、ちょっとでも急ぎたかったのかな?)
実際の所は、出来るだけ神来社家の避難先を知られないために、万所本部から離れ、かつ、穂華が一人で向かえる距離を考えたからであった。
なので、もしも迎えがもう少し遅かったら、穂華はさらにもう一つ先の町まで歩いていた可能性もあったのである。
が、穂華一人に遠くは歩かせたくないという総十郎の想いもあったので、そうなっていればかなり頭を悩ませていたと思われる。穂華が心配だというだけでなく、単純に女の子の一人歩きは危険なのだ。
途中で休憩を挟みながら、穂華は町を目指す。そして、夕暮れまで後少しという時、その町に着いた。
少し、自分がいた町と雰囲気が似ている町の中を歩く。
「えーっと……確か「黄陽」って宿屋だって…」
総十郎に事前に教えられた合流場所を探す。ついでに、その宿屋で泊まる事になっている。
歩いていた穂華は、「黄陽」の看板を見つけ、ホッと安心の息を吐くと足早に向かう。
が、後少しという所で、面倒な男共の囲まれる事になってしまった。
「おい嬢ちゃん。一人でどうした?」
「はぐれたって感じじゃねーけど、まさか一人で旅でもしてるのか?」
「おいおい、なわけねーだろ」
穂華の眉間に皺が寄って、荷物を持つ手に力がこもった。
十代の女の一人旅が目立つ事は解っていたが、よりによって面倒そうな相手に声をかけられてしまった。
「申し訳ありませんが、私、先を急いでいるんです。失礼します」
「待てよおい」
相手にしないのが一番と、穂華が足早に通り過ぎようとした時、身体がグッと後ろに引かれた。
ハッと見れば男が鞄を掴んでいる。乱暴な男に穂華はキッと男を睨む。
「放して! 大事な荷物なの!」
「へぇ。まさかお前みたいな子供が金目の荷物でも持ってるってか?」
周りでは仲間らしい男達までゲラゲラと笑っている。それを見て穂華の胸にどうしようもなく怒りが湧いた。
ギュッと鞄を離さないと誓って握りしめる。
(これは、皆との思い出が詰まってる、大事な荷物なんだから…!)
野宿の時には皆で笑って、必要な物は皆で話し合って、皆の手助けになってきた、大事な大事な荷物。
なんだか少しだけ周りが騒がしくなってきた感じを受けながら、穂華は身体を捩ると男の手を思い切り叩いて振り払った。
「ってえな! 何すんだこのガキ!」
「こちとら親切に手助けしてやろうって思ってんのによぉ…」
「親切? 迷惑だわ。どうせ荷物から金目のもの取ろうとでも思ってるんでしょ」
「コイツっ…!」
男が懐から短刀を取り出した。周りでも見ていた人達がざわりと騒めく。
穂華の手足も少し震えた。怖い。護身術でも習っておけばよかったなんて後悔は遅い。
このまま逃げても男達が追って来るだろう。だけれど、どうすればいいのか分からない。町の誰かが警備隊を呼んでくれるのを待つしかない。
そう思ってギュッと拳を握っていると、男が短刀を構えて走って来た。
穂華は思わずギュッと目を閉じる。男の足音。ダンッと踏み込む音。そして――
「……?」
痛みがこないので、穂華はそっと瞼を開けた。
「…ったく。金目狙いで短刀持ち出すなんざ、てめぇは一からやり直して来い」
低く、呆れと怒り交じりの声が聞こえると同時に、短刀を持っていた男の体が吹っ飛んだ。「げふぅっ…!」と蹴り飛ばされた男に、仲間の男達も唖然として、口をあんぐりと開ける。
そんな視線と、遠目に見ていた人達の視線を受けても、蹴り飛ばしたその人物は気にした風もなく立っていた。その切れ長吊り目の鋭い眼光が、仲間の男達にも向けられる。
「…で? てめぇらはやんのか?」
ブンブンッと勢いよく否定に首が横に振られた。シュババッと吹っ飛んだ男を抱えてバビューンと立ち去る。
それをため息を交じりに見送った男を、穂華は驚いて見つめた。その視線を受け、やっとその人物が振り返った。
「久しぶりだな。穂華ちゃん」
「!」
「ちょうど間に合って良かった」
「こ…こっ……康心さんっ!?」
鳴神康心。祓衆“頭”鳴神一心の兄がいた。
あわわっと…と次の言葉が出てこない穂華に頬を緩ませながらも、康心は周囲の拍手と歓声を慣れたように受け流した。
「とりあえず、宿に入ろう」
「はっ、はいっ…!」
そう言うと、康心は近くにいた男性から馬を引き取った。礼を言って手綱を受け取る康心を穂華は見つめる。
手綱を引いたまま宿に行くと、宿の主人は康心から馬を受け取り、女将が二人を部屋に通した。
ひとまず腰を落ち着け、康心は「さてと…」と、まずは話を続けていいか穂華に問うた。
「疲れてるなら、明日でもいいが?」
「いえ。聞きます」
「分かった」
背筋を正した穂華に康心は頷いた。




