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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百五十一話 所違えど心は同じ

「お前をこれからの戦いには連れて行けない。危険すぎる」


「っ………」



 ぎゅっと穂華ほのかの膝の上で拳が握られた。


 分かってた。これから始まるのは、とても大きく危険な戦い。これまでのものとは全く違うものになるのだと、話を聞くだけでも分かった。

 戦えない。ついて行っても危険すぎて命の保証がない。


 悔しさと納得を合わせたような表情に、総十郎そうじゅうろうは言葉を続けた。



「だから、お前に頼みたい事がある」


「え……」



 ここに残れとも、家に帰れとも言われてもおかしくないと思っていたのに、総十郎が言ったのは全く別の言葉。


 零れた声に、総十郎は優しい目を見せた。驚く穂華に、咲光さくや照真しょうまも、八彦やひこも優しい笑みを浮かべる。



「まさか、帰れって言うと思ったの? もし神来社からいとさんがそう言ったら、私は反対するよ」


「穂華ちゃんだって、俺達の仲間なんだから」


「うん……。穂華…いつも色んな事……してくれる…大事な仲間…」



 胸がいっぱいになって、苦しくなった。滲みそうになる視界を慌てて堪える。

 そんな皆の言葉を嬉しく感じながら、穂華はまっすぐ総十郎を見た。



「何をすればいいの?」



 自分をまっすぐ見つめてくる目を、総十郎は頼もしく見つめた。


 戦えるか戦えないかは問題ではない。仲間の為にいつも色んな事をして、考えてくれていた穂華。野営の時も、手当ても、積み重ねてきた時間は、生きてきた中では短いものかもしれない。

 それでも、自分達にとっては、この仲間達にとっては、なくはならない大きな存在。


 その元気に、笑顔に、力を貰う。

 積み重ねる行動に、手を抜かない姿勢に、学びを貰う。

 だから信頼できるし、任せられる。



「穂華。俺の家族の傍に居て欲しい」


「神来社さんの? あっ…そっか。本部って…」


「あぁ。だが、私情だけが理由じゃない。危険はないと思ってるが、絶対の保証はない。今は避難してるんだが、神来社家うちは訳あって大妖に狙われる危険があるんだ」


「分かった。それにきっと、神来社さんの事も心配してるものね。私でいいなら、ちょっとでも安心してもらえるように頑張る」


「穂華にだからこそ、任せられるんだ」



 当然のように、世辞の様子もなく笑みを浮かべて言われ、穂華は少しだけ言葉に詰まった。しかも、周りの皆も同じような目をしていて少し落ち着かない。


 総十郎の判断には咲光も納得だった。

 かつて虚木うつぎは「神来社家の人間は根絶やす」と怒り狂っていた。見つかれば術者であろうとなかろうと危険だ。



(今の所危険はないみたいだし、神来社さんも積極的に捜そうとしない限りは大丈夫だって言ってた)



 危険に晒さないために、自分達が戦うのだ。守りたいものが心に沢山浮かぶ。

 一つひとつを胸に刻む咲光の傍では、穂華が総十郎に身を乗り出した。



「私はどこへ行けばいいの?」


「ここから大通りを通って二つ隣の町へ行ってくれ。そこに迎えが来る」


「迎え?」



 あぁ、と頷く総十郎に穂華は首を傾げた。それは照真も八彦も同じだった。

 首を傾げる三人に総十郎は思わずクスリと笑う。



「事情もあやかしの事も、全部承知してる信頼出来る人だ。大丈夫」


「その人が、神来社さんの家族の所へ案内してくれるの?」


「あぁ。俺も避難先はどこか知らなかったんだが、大蛇退治の翌日に知らせが来て、俺がすぐに穂華の事をそこへ伝えた」



 それに対する了承と迎えの連絡は一日経たずに来たらしい。式の移動速度の速さを改めて実感させられた。

 迎えはその連絡からすぐ出発したらしく、後二日、三日で二つ隣の町へ来るそうだ。



「分かった。私も知ってる人?」


「勿論。いくら承知してくれても、知らない人にお前を預けたりはしない」


「……うん。ありがとう。じゃあ、私はすぐに準備するね」



 穂華は立ち上がると出発の準備を始めた。

 ごそごそと荷物を漁る穂華を見て、照真は総十郎に視線を向けた。



「俺達の出発は、神来社さんが回復してからですね」


「………照真。お前と咲光は本当に似てるな。そういうところ」


「? どこですか?」


「ん? 人の事をすごく心配してくれる優しい所」



 嬉しそうだけど少し苦笑い。そんな総十郎を見て、咲光と照真はぱちりと瞬いて顔を見合わせた。








 穂華は一足先に神社を出る事になった。そんな穂華を咲光達が見送る。

 自分の荷物を持った穂華は、咲光に残していく荷物の事を話した。



「薬はあるだけ全部小さい方の鞄に入れてあるから。それから応急道具も。野営道具とかは私が持ってくけど大丈夫? 必要にならなさそうなものを選んだんだけど」


「うん、大丈夫。荷物、私達の事を考えて最小限にしてくれてありがとう」



 ううんっと穂華は笑みのまま。


 これから本部に向かうまでは、恐らく強行突破の行程になる。だから荷物を出来るだけ減らそうとしてくれたのだろう。その心遣いに咲光も照真も嬉しくなる。

 いつもそうして、自分達の事を考えてくれている。



「穂華。これはちゃんと持って行け」


「? お金…? でもこんなに?」



 総十郎が穂華に手渡したのは、巾着袋と財布。二つに分けている理由は盗まれた時に備えてだろうと分かるが、その中の金額を見て穂華はぱちりと瞬いた。

 お金は穂華自身少し持っている。せいぜい宿代と慎ましい食事代くらいだけれど。


 疑問符を浮かべる穂華に、総十郎はしかと言い含めるように告げた。



「これで人に送ってもらってもいい。が、怪しそうな奴には頼むなよ。必ず大通りを行くように。それなら人目もあるし安心だ。隣町で一泊取ると良い。行けそうだなんて判断で夜は歩くなよ。迎えには少々待ってもらってもいい。向こうも休めて丁度いいだろうくらい思ってていいから」


「もーっ! 神来社さん立て続けすぎ!」



 ふむふむと聞いていた穂華がムスッと頬を膨らませたのを見て、咲光と照真も吹き出した。

 そんな穂華に「…すまん」と総十郎もシュンと肩を落としてる。なんとも珍しい光景にまた笑ってしまった。



「…穂華……気を付けてね…」


「うん」



 心配そうな八彦も、穂華の力強い頷きに少しだけ安心した様子。

 そうして穂華は、大きく手を振って一足先に出発した。その姿が見えなくなるまで、咲光達は見送った。






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