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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百五十話 いくつもの不安と心配

 部屋を出て総十郎そうじゅうろうを探す。焦りが胸の内にあっても、それに流されてはいけない。心もしっかり休ませて、次の大きな相手に臨まなければ。


 歩いていた咲光さくやは、広間から声が聞こえてきてそちらへ向かった。そっと中を覗けば、総十郎と雨宮あまみや、そして残っていた数人の衆員がいた。



「それじゃあ頼む」


「はいっ!」


神来社からいとさん、彼らは頼みます」


「あぁ」



 話の終わり時だったのか、頷いた衆員達と雨宮が出ていく所だった。衆員達が出ていき、続こうとした雨宮は咲光に気付いた。それを幸いに咲光はいそいそと広間に入る。



「雨宮さんも向かわれるんですね…」


「えぇ。すでに他の“とう”と衆員達は向かっていますから。貴方方はきちんと体を休めてください」


「でもっ……」


「貴方方は、思っている以上に神威を使い気力を消費しています。それだけの実力を確かに身に付けているのです」



 凛とした中に優しさと柔らかさを感じる声が耳を通る。

 ぎゅっと拳をつくる咲光の、悔しそうな表情を雨宮は優しく見つめた。



村雨むらさめさん」


「はい…」


「神来社さんや弟さんには貴女が必要です。しかと、皆さんの手を握っていてください。それはきっと、心にも体にも大切な事です」



 優しい言葉に咲光は目を瞠った。傍の会話に総十郎が瞼を震わせる。


 それを告げると、雨宮は一礼して広間を出て行った。それを見送り、咲光は総十郎を見上げた。

 自分を見上げる目に、総十郎はフッと笑みを浮かべる。



「大丈夫。そのままでいてくれればいい」


「はい……?」



 どういう事だろうと頭を悩ませているのがよく分かる、と総十郎は笑った。

 まぁ総十郎がそう言うならそのままでいいんだろうと思いながら、咲光は仕事とはまた別の心配事をぶつける。



「神来社さん。きちんとお休みになられてますか?」


「ん…? あぁ」


照真しょうまに聞きました。また強すぎる神威を使っていたと。私達以上に気力と心の休息が必要です。……本部が危険で、ご家族の心配は解りますが、きちんと休んでください」


「……あぁ。分かってる」



 まっすぐと自分を見つめる目が、僅か揺れたのを総十郎は見逃さなかった。

 咲光達にとっても馴染みある人達がそこに居る。心配は同じようにしているのだろうと思う。

 だから総十郎は、まずはその心配を払拭させるように告げた。



「家族なら心配ない。今は避難してる」


「そうなんですか?」


「あぁ。事が危険だと判断された時点で本部を出た。神来社家うちはどうしても狙われやすいから」



 はい…と咲光も重々しく答えた。


 神来社家はかつて、大妖を封じた術者の一人。そして、万所よろずどころとして人々に害為す妖を退治し、そんな者達をまとめている。

 大妖にとっては、自分を封じた一族である神来社家の者は、怒りや憎しみを抱く相手。狙われる危険を考え先手を打っていた事に、咲光はひとまずホッとした。



「避難先は、心配ないんですね?」


「ない。……南二郎なんじろうからの報告じゃ、本部を囲んで大妖は出られないよう結界を張ってあるらしい。神来社家うちの者を率先して探そうとしない限り、見つからない。避難先もただの場所じゃないからな」


「そうなんですか……」



 ホッと大きく息を吐く咲光に、総十郎も頬を緩めた。

 家族の事を心配してくれて嬉しいと思う。その優しさを美徳だと思う。


 が、咲光はすぐにキリッと表情を改めて総十郎を見た。



「では、神来社さんが回復次第、出発と思っていていいですか?」


「俺か…。まぁそうだな。だがその前に、やっておきたい事がある」


「?」



 首を傾げる咲光に、総十郎は「戻るか」と部屋に向け歩き出した。咲光もすぐに後を追う。

 前を歩く背中はいつも大きい。そして頼もしくて安心をくれる。それをひしひしと感じていると、すぐに部屋に着いた。


 待っていた照真達に迎えられ、総十郎は腰を下ろした。咲光達の視線が自然と総十郎に向く。

 口を開こうとした照真を、総十郎はスッと手を上げ制止した。



「まず、俺から報告させてくれ」


「…はい」


虚木うつぎ禍餓鬼かがきが本部を中心に暴れている。万所総員で被害を抑えているが、強力な相手だ。厳しい所もある」



 重々しく咲光達も頷いた。その頷きに総十郎はさらに続けた。



「今の所、奴らの主は姿を見せていないそうだが、恐らく本部の中心にいて、こちらがそこまでたどり着けていないからだ」


「虚木と禍餓鬼は、町にも……?」


「あぁ。今は阻止できるだけしているが、それ以前にかなり人を攫ってる。恐らくは主の為だろう」



 その声に、咲光達も言葉の意味を理解した。

 復活したばかりの大妖に捧げたのだ。町から人を攫って。



「町の人達には?」


「町と敷地との境界で万所が構えてるから、今は大丈夫だそうだ。本部は敷地も広大だからな」



 確かにと咲光と照真は思い出す。

 都会の街並みを抜け、木々が生える小さな森があり、そして本部でもある神社の鳥居が見えてくる。森かと思ったその場所も本部の敷地内だそうなので、本殿や拝殿から見れば、町とは少し距離もある。

 初めて行った時に驚いたのも、今は少し懐かしい。



「合流してから最新の状況を入れる事になる。好転か悪転か…気は緩めるな」


「はい」


「それから穂華ほのか


「はいっ…!」



 同じように真剣に話を聞いていた穂華が大きく返事をした。

 緊張しているようなその様子を、総十郎は柔らかな眼差しで見つめる。しかしすぐに、その眼差しは真剣なものに変わった。



「お前をこれからの戦いには連れて行けない。危険すぎる」


「っ………」



 ぎゅっと穂華の膝の上で拳が握られた。






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