第百五十話 いくつもの不安と心配
部屋を出て総十郎を探す。焦りが胸の内にあっても、それに流されてはいけない。心もしっかり休ませて、次の大きな相手に臨まなければ。
歩いていた咲光は、広間から声が聞こえてきてそちらへ向かった。そっと中を覗けば、総十郎と雨宮、そして残っていた数人の衆員がいた。
「それじゃあ頼む」
「はいっ!」
「神来社さん、彼らは頼みます」
「あぁ」
話の終わり時だったのか、頷いた衆員達と雨宮が出ていく所だった。衆員達が出ていき、続こうとした雨宮は咲光に気付いた。それを幸いに咲光はいそいそと広間に入る。
「雨宮さんも向かわれるんですね…」
「えぇ。すでに他の“頭”と衆員達は向かっていますから。貴方方はきちんと体を休めてください」
「でもっ……」
「貴方方は、思っている以上に神威を使い気力を消費しています。それだけの実力を確かに身に付けているのです」
凛とした中に優しさと柔らかさを感じる声が耳を通る。
ぎゅっと拳をつくる咲光の、悔しそうな表情を雨宮は優しく見つめた。
「村雨さん」
「はい…」
「神来社さんや弟さんには貴女が必要です。しかと、皆さんの手を握っていてください。それはきっと、心にも体にも大切な事です」
優しい言葉に咲光は目を瞠った。傍の会話に総十郎が瞼を震わせる。
それを告げると、雨宮は一礼して広間を出て行った。それを見送り、咲光は総十郎を見上げた。
自分を見上げる目に、総十郎はフッと笑みを浮かべる。
「大丈夫。そのままでいてくれればいい」
「はい……?」
どういう事だろうと頭を悩ませているのがよく分かる、と総十郎は笑った。
まぁ総十郎がそう言うならそのままでいいんだろうと思いながら、咲光は仕事とはまた別の心配事をぶつける。
「神来社さん。きちんとお休みになられてますか?」
「ん…? あぁ」
「照真に聞きました。また強すぎる神威を使っていたと。私達以上に気力と心の休息が必要です。……本部が危険で、ご家族の心配は解りますが、きちんと休んでください」
「……あぁ。分かってる」
まっすぐと自分を見つめる目が、僅か揺れたのを総十郎は見逃さなかった。
咲光達にとっても馴染みある人達がそこに居る。心配は同じようにしているのだろうと思う。
だから総十郎は、まずはその心配を払拭させるように告げた。
「家族なら心配ない。今は避難してる」
「そうなんですか?」
「あぁ。事が危険だと判断された時点で本部を出た。神来社家はどうしても狙われやすいから」
はい…と咲光も重々しく答えた。
神来社家はかつて、大妖を封じた術者の一人。そして、万所として人々に害為す妖を退治し、そんな者達をまとめている。
大妖にとっては、自分を封じた一族である神来社家の者は、怒りや憎しみを抱く相手。狙われる危険を考え先手を打っていた事に、咲光はひとまずホッとした。
「避難先は、心配ないんですね?」
「ない。……南二郎からの報告じゃ、本部を囲んで大妖は出られないよう結界を張ってあるらしい。神来社家の者を率先して探そうとしない限り、見つからない。避難先もただの場所じゃないからな」
「そうなんですか……」
ホッと大きく息を吐く咲光に、総十郎も頬を緩めた。
家族の事を心配してくれて嬉しいと思う。その優しさを美徳だと思う。
が、咲光はすぐにキリッと表情を改めて総十郎を見た。
「では、神来社さんが回復次第、出発と思っていていいですか?」
「俺か…。まぁそうだな。だがその前に、やっておきたい事がある」
「?」
首を傾げる咲光に、総十郎は「戻るか」と部屋に向け歩き出した。咲光もすぐに後を追う。
前を歩く背中はいつも大きい。そして頼もしくて安心をくれる。それをひしひしと感じていると、すぐに部屋に着いた。
待っていた照真達に迎えられ、総十郎は腰を下ろした。咲光達の視線が自然と総十郎に向く。
口を開こうとした照真を、総十郎はスッと手を上げ制止した。
「まず、俺から報告させてくれ」
「…はい」
「虚木と禍餓鬼が本部を中心に暴れている。万所総員で被害を抑えているが、強力な相手だ。厳しい所もある」
重々しく咲光達も頷いた。その頷きに総十郎はさらに続けた。
「今の所、奴らの主は姿を見せていないそうだが、恐らく本部の中心にいて、こちらがそこまでたどり着けていないからだ」
「虚木と禍餓鬼は、町にも……?」
「あぁ。今は阻止できるだけしているが、それ以前にかなり人を攫ってる。恐らくは主の為だろう」
その声に、咲光達も言葉の意味を理解した。
復活したばかりの大妖に捧げたのだ。町から人を攫って。
「町の人達には?」
「町と敷地との境界で万所が構えてるから、今は大丈夫だそうだ。本部は敷地も広大だからな」
確かにと咲光と照真は思い出す。
都会の街並みを抜け、木々が生える小さな森があり、そして本部でもある神社の鳥居が見えてくる。森かと思ったその場所も本部の敷地内だそうなので、本殿や拝殿から見れば、町とは少し距離もある。
初めて行った時に驚いたのも、今は少し懐かしい。
「合流してから最新の状況を入れる事になる。好転か悪転か…気は緩めるな」
「はい」
「それから穂華」
「はいっ…!」
同じように真剣に話を聞いていた穂華が大きく返事をした。
緊張しているようなその様子を、総十郎は柔らかな眼差しで見つめる。しかしすぐに、その眼差しは真剣なものに変わった。
「お前をこれからの戦いには連れて行けない。危険すぎる」
「っ………」
ぎゅっと穂華の膝の上で拳が握られた。




