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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十二章 雷の大妖編

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第百四十九話 開いた扉

♦♦




 万所よろずどころ本部の奥深く。一般参拝者は勿論、神来社からいと家の者でさえ、当主以外は立ち入りが許されない奥深く。

 その場所で今、大きな歯車が動き始めた。


 遥か昔から施されていた術が砕け、けがれに侵された神威が弱まる。人がどれほどに力を注いでも、それは及ばない。


 そして今、決して動かなかった扉が開いた。

 重く、深く、禍々しい妖気と共にやって来る。ヒタリヒタリと足音をさせながら、艶やかで、残忍で、美しいのに恐ろしい笑みを浮かべ、暗闇の向こうからその大妖は現れた。



「足りない…。足りない……。どこへ隠した…」



 目の前でたった一人で立つ男に、大妖は問う。が、それに答えが返る事は無い。

 怒りや苛立ちを見せるかと思われた表情に、不意にニッと恐ろしい三日月の笑みが浮かべられた。







 万所の神社はすでに、神域の中にも負の空気が満ち、妖気が入り込んでいた。いつもなら明るく澄んだ空気を感じさせるその場所は、今はそんな事すらも忘れてしまう程、冷たく、重い。


 裸足で一人悠々と歩いていた大妖は、境内をぐるりと見やる。人の気配が微塵もない。



「人払いは済ませたか…。意味もなかろうに…」



 憐れむように、それでも愉快そうな目を見せた。


 この地の神も、すでにこれだけ神域を穢され、その威はかつてない程に弱まっている。あやかしの侵入も拒めない程に。この自分を拒めない程に。

 そんな様がひどく面白い。クツクツと大妖は喉を震わせた。


 そしてすぐ、その視線が何かに気付いたように動いた。眼前に視線を向ければ、そこにサッと二体の妖が姿を見せた。

 地に膝をつき、恭しくこうべを垂れる禍餓鬼かがき虚木うつぎ。そんな二体を大妖は当然のように見下ろす。



「我が主。大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ございません」


「よいよい。我は今気分が良い。が、少々腹は減ったな。の死骸に手などつけたくもない」


「はっ。この地を出れば人間共がおります。早速俺が…」


「はいはいっ! 私がとってきます!」



 主へ謝罪と敬意を示す禍餓鬼の隣で、張り切る虚木がバッと手を上げた。そんな虚木を禍餓鬼がキッと睨む。

 が、虚木はそんな視線など物ともせず主を見つめた。



(あぁ…。やっぱり主は美しいわ…。強くて気高くて、この堂々たる威風と立ち振る舞い。ずっと見ていられる…)



 満面の笑みの虚木と、僅かな不快感をみせる禍餓鬼。そんな二体を見て大妖はハハッと笑った。

 笑う主を虚木と禍餓鬼も見つめた。邪気のない美しい笑みを。



「お前達は変わらんなぁ。よいよい。禍餓鬼。虚木。我も久方に外を歩こう。共をせい」


「はっ。仰せのままに」



 声を揃える二体に大妖は歩き出す。が、その足がすぐに止まった。

 視線が空……神社の周りを覆う森と空の境界を睨む。



「!」



 禍餓鬼と虚木もそれに気づいた。人には視えない壁が、だんだんと空へと向かい、中天で完全に神社を覆うように築かれた。


 神社を覆うように築かれた結界を睨み、虚木が不快を表情に出す。

 大妖は結界を睨むと、やれやれと肩を竦めた。その纏う空気には僅かな変化もない。



「主」


「大方、奴が事前に霊力を込めておいた結界が展開されたのだろう。我をここに閉じ込める為に」


「……破りますか? 万所や“とう”の連中がじきにここへ」


「だろうなぁ……まぁ、よいよい。どの道殺す者共だ」



 不愉快どころか、主はどこか楽しそう。そんな空気を虚木も、伝染したようにワクワクした思いで受け取った。

 主が復活した今、自分だって全力で主の為に戦いたい。


 大妖は禍餓鬼と虚木を振り返ると、語調を変えず悠々とした態度のまま伝える。



「虚木」


「はい」


「この結界、お前達にも作用されるか調べておくれ。されなければ、腹ごしらえがしたい」


「分かりました!」



 大きく返事をすると、虚木はシュッと姿を消した。元気溢れる虚木に少々疲弊された感を受けながらも、禍餓鬼は主の前に膝を折り、命令を待つ。



「禍餓鬼。我が眠っておった間の事を話せ」


「はっ」



 暗い夜の空の下。妖達が動き出す。






♦♦




 万所に属するすべての衆員に、緊急招集がかけられた。

 集合場所は万所の仮本部。仕事内容は復活した大妖の討伐。それが何の事であるのか、咲光さくや達はすぐに理解した。



(あぁ…本当に……)



 これまで、それを阻止するために動いてきた。だけれどやはり、何事も思うようには上手く進まない。

 時が来た。かつて、自分達を信じて事情を話してくれた総元そうもとの微笑みが、照真しょうまの脳裏をよぎる。



(総元も皆も、戦ってる)


(俺達もすぐに合流しないと)



 けれど今、先の戦いでの傷を癒すよう総十郎そうじゅうろうに言われている。


 すぐにでも飛び出して行きたいが、完治しないままで向かって何とかなるとも思えない。今は治療に専念すると、きちんと心は理解している。体はどうしても動きたくなってしまうが…。

 その度に「慌てるな」と総十郎からは釘を刺されている。


 そしてそんな総十郎は、一日中動き回っている。

 照真にとっては、かなり強い神威を扱っていたので、きっちり体を休めて欲しい所だが、“頭”として忙しい様子に口を挟みづらい。


 今回の合同任務の面々の中でも、すぐ動ける者はすでに本部の方へ向かっている。そがまた、照真に落ち着きを失くさせている要因でもある。

 そんな照真に、穂華ほのかは腰に手を当てしっかり言い含める。



「照真さん。治すところはちゃんと治して、心も体も万全じゃないと駄目だって、神来社さんも言ってたよ」


「うっ……うん…」



 布団の上で落ち着きない照真もシュンと俯く。そんな様子に咲光もクスリ笑みを浮かべた。

 照真の気持ちは咲光もよく分かる。が、それと同時に別の心配事もあった。

 咲光は立ち上がると、部屋の障子に手をかける。



「神来社さん探して来るね」


「うん」



 ひらりと髪を遊ばせ、咲光は部屋を出た。






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