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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十一章 大蛇編

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第百四十八話 最悪の事態

 虚木うつぎは、仕方ないと言いたげに臨戦態勢を取った。


 来る、と咲光さくや達も構えた。



「…え。…!」



 が、戦闘が始まる事はなかった。


 構えていた虚木の表情が突如、驚きを見せて、バッとどこか視線を向けたのだ。

 何だと訝しむ咲光達の前では、禍餓鬼かがきも同じような動きを見せる。



「あ…あっ……あ…あははは!」



 戦闘なんて忘れたように、虚木が体ごと視線を向けていた方へ向き直り、笑い出した。


 何だと照真しょうま八彦やひこも一層に警戒心を持つ。

 それに対し、総十郎そうじゅうろうはゾクリと全身が総毛立つような、頭を殴られたような、そんな感覚を覚えた。

 雨宮あまみやがバッと耳に手を添える。その目がだんだんと瞠られた。



「終わりよ終わりよあんた達! やっと…やっとこの時が来たの!」



 空を覆っていた雲が少し、濃くなったような気がした。まるで、今にも雨が降り出すかのように。


 拳を震わせ歓喜に打ち震え、虚木が笑いながら空を仰ぐ。



「こうしちゃいられない…! 禍餓鬼すぐ行くわよ!」


「無論だ」


「! 待て…!」



 空から一陣の稲妻が落ちた。空を裂くように落ちたその稲妻は、不気味な赤色。


 周囲がその光から解放された時、すでに虚木も禍餓鬼も姿を消していた。

 周囲にすでに気配もない。咲光と照真も刀を鞘に納めた。



神来社からいとさん、今……神来社さん…?」



 返事がないので、咲光は総十郎に視線を向けた。が、すぐに目を瞠る。

 総十郎が顔を青くさせていたのだ。照真も八彦もギョッとして、慌てて駆け寄る。



「かっ……どうしたんですか?」


「もしかして神威が強かったんですか!?」


「か…神来社さん…大丈夫…?」



 目の前で三人がオロオロしている。いつもなら笑って、安心させるように声をかけてくれるのに、目の前の総十郎からは返事もない。

 口元を手で覆い、地面に膝をついた。心配する咲光達も同じように膝をついた。


 雨宮は、念のためにと衆員達に周囲の警戒を命じ、彼らをこの場から離れさせた。それに従い衆員達が離れていくのを見届け、雨宮は視線を総十郎に戻した。

 その視線の先で、心配そうにしていた咲光がスッと総十郎の手に自分の手を添えた。



「神来社さん。一度ゆっくり呼吸しましょう」



 ハッとなった総十郎が咲光の言葉に従い、ゆっくり息を吸って吐く。思わず照真と八彦も同じようにしていて、雨宮は微笑ましそうに目を細めた。

 落ち着いた総十郎は「ありがとう」と咲光を見た。そしてすぐに立ち上がり刀を納める。それを見て雨宮は声をかけた。



「先程の赤い稲妻、一般的な雷ではありません。明らかに妖力を纏っていました」


「あぁ……。奴らの様子と文献に記載されていた内容、それにさっきの感覚……多分間違いない」


「ではやはり……。先程、私にも“声”が聴こえました」



 総十郎と雨宮に、咲光達の視線が交互に向く。

 何の話か分からない。ただ心臓がいやに煩くて、嫌な予感ばかりして。



(違う。この感覚を否定して欲しいんだ…)



 そんな事ないと。心配ないと。そう言って欲しい。


 咲光達の目に、総十郎は真剣なまま、辛そうな目を向けた。



「封じが破られたと、考えた方が良い」


「!」


「以前の会議の前に、総元より話がありました。お二人はご存知ですから、解りますね?」



 これが、どういう事態であるか。



(え……今…? こんなにあっけなく…?)


(違う。それだけ奴らは手を打って、動いていて……)



 これまでに積み重ねられた負の山が、今やっと天へと通じ、事を為した。

 防ごうと誓ったのに、あまりにも早くてあっけなく思えてしまう。そして同時に、防げなかった無力感が沸き上がる。


 言葉も出ず、全身の血の気が引く。そんな二人を八彦は心配そうに見つめ、総十郎を見た。



「ま、前に言ってた……奴らの主…?」


「あぁ。封じが解けたと思う」


「神来社さん、彼には……」


「大丈夫。総元に許可は貰ってる」


「そうでしたか」



 なら言う事はないと雨宮はそれ以上止める事はしない。


 八彦もまた起こった事態に拳をつくった。が、そんな中急に咲光がバンッと頬を自分で打った。一同の驚きの視線が向く。



「大丈夫。引っ張られちゃ駄目」


「さ…咲光…痛くない?」


「大丈夫。それに、日野ひのさんや鳴神なるかみさん、万所よろずどころの仲間がいるから、大丈夫!」


「姉さん…」



 ね? と顔色が悪くても気丈に笑みを浮かべる咲光に、照真もうん…と頷いた。

 互いの手を取り体温で温める。ぎゅっと強く、握りしめる。


 そんな二人を見つめ、総十郎は雨宮も八彦も一緒に引き寄せて皆をぎゅっと抱きしめた。

 皆をくっつける優しい力に咲光達も驚く。頭の上には、優しくてニッと浮かべられた笑みがあった。



「そうだな。皆いる。弱気になってる場合じゃなかったな」


「はい!」


「弱気になったら、姉さんに平手打ちしてもらったらいいですよ。多分、弱気なんて一発で吹き飛びます!」


「照真っ……」


「それは勘弁」


「……俺も」


「八彦君までっ……」



 ぬくもりと信頼の優しくて柔らかな空気に、雨宮も少し驚いて、そして自然と頬が緩んだ。






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