第百四十七話 それぞれの精一杯を
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清らかな霊力と、凄まじい霊撃が地と空を覆った。同時に薄れていった妖力に、咲光達は大蛇を退治した事を確信した。
それは虚木と禍餓鬼も同じようで、僅か眉間に皺を寄せた。
「後はこっちだな」
「黙りなさいよ。そっちはたった四人じゃない」
苛立ちが声音に混じっている。
大蛇は祓われても、目の前の二体の妖力が凄まじい事は何も変わらない。それでも、確実に削っていると照真も諦めない。
しかし、咲光達の体力が限界を向かえる方が早い。フッと息を吐いて、咲光は虚木を睨む。
封じに使われていた玉を窪みの中から取り出すと、心なしか水が変化したように視えた。水を通じて流れていた負や妖気が薄まったように感じただけかもしれない。
実際にそれは、雨宮が大技を唱える余裕と、大蛇への力の流れを止めるという効果があった。玉を取り出さなければ、ずっと大蛇に力が流れ、最後の一体になった時にはそれまで以上の力を得ていた事になったかもしれない。
ダンッと地を蹴った虚木と、咲光と八彦が応戦する。
「!」
虚木と八彦が同時に目を瞠った。
八彦の刀が虚木に傷をつけたのだ。驚く八彦に咲光の声が飛んだ。
「妖気が薄まって神威が強まってる! 八彦君攻めて!」
「っ……!」
何度も何度も虚木の妖力に弾かれ続け、攻撃を続けた。それは無駄じゃなかった。
八彦が強く刀を握り攻め続ける。その猛攻に虚木は舌打ちをした。
(八彦君。確かに君はまだ退治人になって日は浅いかもしれない。でも、時間よりももっと濃い仕事や鍛錬をしてるから、それはちゃんと、神も見て下さってるよ)
自分達だって知ってる。本当は誰よりも朝早く起きて、一人で鍛錬してる事。
誰よりも、コツコツと努力を重ねる頑張り屋さん。だから照真も、負けないぞと一緒に頑張ってる。
咲光も総十郎も知っている。本当は八彦も、強い神威を扱える事を。
ただ八彦は、少し自分に自信がないだけ。経験を積んでいけば、もっと自分の自信になる。大丈夫。
八彦の猛攻に、咲光も続いた。
「っ……!?」
虚木からさらに鮮血が舞った。虚木は眼前の二人を睨む。
(コイツらっ…! こっちの妖力削って、神の息吹が地に降りたのを利用して、限界まで神威強めたわね…!)
咲光の刀も八彦の刀も輝いている。大蛇が退治されるまでは、神威も周囲の悪い空気にあまり強まらなかったはず。それでも神威に頼らず剣術で戦っていたのは解っている。
虚木はその刀を睨んだ。
(嫌い。これだから嫌いなの! こっちの力が薄まったらすぐに出しゃばって来て、人間なんかに力貸して! こんな奴に傷を作られるなんてっ…!)
虚木の額にピキリと青筋が浮いた。
苛立ちが力となって全身を覆う。動きに俊敏さを加えた虚木の拳や蹴りが、咲光と八彦を直撃する。
口端から血が流れても、二人は止まらない。
(止まるな! この機を逃すな!)
同じ想いで刃を振り続ける。
「調子に…乗るんじゃないわよっ!」
ドオォッと衝撃が両者の間に生まれた。
一方、禍餓鬼と戦う照真と総十郎も少しずつ押していた。照真はその理由に察しがついた。
総十郎と禍餓鬼がぶつかり合うと、凄まじい衝撃が吹き荒れ、光が点滅し少量の鮮血が舞う。
そんな中を、照真も呆ける事なく挑む。禍餓鬼は総十郎の相手に手をとられている。自分がちょこまかと動けば意識を逸らす事が出来る。
戦いの大部分は総十郎が引き受けてくれている。正面から挑む必要はない。しかし全力で、一撃を繰り出す。
案の定、禍餓鬼の表情は歪み始める。
禍餓鬼の一撃をすれすれで躱し、照真は着地する。視線の先では総十郎が歯を食いしばって戦っている。
(神来社さんの神威がかなり強まってる。あれは多分、扱い切れないぐらい強いはず…。腕だけじゃない、身体への負荷も大きいはず…)
激しい応酬が目の前で繰り広げられている。押しているのは紛れもなく、総十郎の実力だ。
だけど…と照真は刀を強く握った。以前、北の町で戦った時の事がよぎる。
(強すぎる神威は人の身には扱い切れない。長時間持続して使えるものじゃない)
自分達に比べれば、総十郎が普段から扱う、扱い切れる神威はずっと強い。しかし、総十郎は己の意思に加え、そこに神の意が合わさって神威が強まりすぎてしまう。
以前もそうだった。僅かな間でも、扱い切れる以上の神威を使い、総十郎は膝をついていた。
(神来社さんばかりに負担をかけるな……!)
自分が出来る限りの事をして戦えば、総十郎の負担も少しは減るはずだ。胸に誓った決意があるだろう。
照真はすぐに地を蹴った。再び向かって来る照真に、禍餓鬼の視線が鋭く向けられる。
照真の刃が少しずつ禍餓鬼に迫る。ピキリッと妖力の障壁を壊されかけ、禍餓鬼は足元で妖力を爆発させた。
「っ!」
一旦距離を取った照真と総十郎。土煙を払い、禍餓鬼が迫る。
「裂波」
重なった二つの声。同時に咲光達と虚木、照真達と禍餓鬼、戦う者同士の間に霊力の塊が落とされた。
総十郎が視線を向けた先、そこに、風に髪を遊ばせ立つ雨宮と衆員がいた。
心強い援軍に鼓舞される。そんな咲光達とは逆に、虚木と禍餓鬼は眉を寄せた。
虚木が、咲光達と雨宮達を交互に見ると、はぁっとため息を吐いた。
「……なんでこう、次から次に湧いて来るのかしら」
「虚木」
「分かってるわよ」
面倒くさそうに息を吐く虚木には、禍餓鬼とて胸の内で同意したい。
一人を相手にするよりも、こうして数人をまとめて相手にする方がずっと手がかかる。万所はいつもこちらの手を煩わせる。
雨宮と共に来た衆員達は、目の前の妖力の持ち主達に身が竦む。何とか立っているのがやっとで、戦っていた咲光達をちらりと見た。
そんな様子も見ていた虚木は、仕方ないと言いたげに臨戦態勢を取った。
来る、と咲光達も構る。
「…え。…!」
が、戦闘が始まる事はなかった。




