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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十一章 大蛇編

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第百四十五話 闇の底から手を伸ばす

 雨宮あまみやの術が大蛇おろちを一体退治した。



「すごい…!」


「これが“とう”……」


「さすが雨宮さん…」


「まだ気を緩める時ではありません」



 びしゃりと言われた言葉に、浮き出し立っていた一同は背筋を正す。

 大蛇はまだ一体残っている。その目が先程までよりも殺気立って一同を睨む。


 雨宮はそっと手首の数珠に触れた。



(思ったよりも神来社からいとさんの援助は強力…。これが、神来社家の者である事、ですか…)



 自分の霊力の消費も少なく済んだ。それはありがたい事だが、神の意を強烈に意識する。

 総十郎そうじゅうろうも、総元そうもとも、同じだけのものを背負っているのだと、雨宮は伏せがちの視線の下で思う。


 しかし、すぐに眼前にいるもう一体の大蛇を睨む。結界の中にいてもその存在に頭が警鐘を鳴らし、雨宮も僅か眉間に皺を寄せる。



(大蛇の力が先程までよりも増している…)



 増したのは大蛇を倒してすぐ。やはり…己のある考えが合っていたと感じた時、雨宮はハッとすぐに別の妖気を感じた。



「下がりなさい!」



 その声と近づいてくる妖気に衆員達もすぐに反応した。しかし動いても、轟音と共に地を割り現れた大蛇を避け切れない。

 雨宮は素早く後退し、表情に険しさを見せた。その視線の先には、三体目の大蛇の姿。それに加え、地を割られた事で二体目の結界も砕かれてしまった。



(これもまた、先よりも強い妖力……)



 雨宮は封じの強化を総元より任された時に、この地にある封じについて聞いていた。


 遥か昔、この地には八体の大蛇が存在したらしい。なんとか五体が倒す事が出来たらしいが、残る三体を封じるしか術がなかった。三体の大蛇を封じ、その怒りと退治された五体の怨念を鎮めるために祠が建てられ、年に一度儀式が行われるようになったそうだ。



(しかしやはり、五体の念は生きる三体に残され、それが力となった。つまり先に倒した一体の念も今の二体と共にある。……ここからが正念場ですね)



 ここにいる二体で大蛇は八体になる。が、どちらかを倒せば残る一体に七体の念が注がれ、どの大蛇よりも強力になるだろう。

 だとしても…雨宮は揺るがぬ瞳で大蛇を睨む。ゆわりと髪が風に揺れた。


 かつて八体の大蛇は、人を、動物を喰らい、それに恐怖した人々とある約定を交わしたという。

 日常的に人を襲わない代わりに、年に一度、生贄を差し出す事。


 それがどれほどの期間続いたのかは分からない。しかしそれは見過ごせる事ではなくなった。

 どんな思いで大蛇と約定を交わしたのか。生贄となった者はどんな想いだったのか。見送った家族は、親しい者は。


 その背中を、どんな想いで見つめたのか――



(今も、大蛇の念の中には、貴方達の無念があるのでしょう。その想いを、解き放ちます)



 二体の大蛇を見つめ、雨宮は凛と立つ。



(私は、祓人はらいにんですから)



 あやかし退治も。霊祓いも。囚われた想いを解く事も。術で出来る事は全て為す。


 三体目を前に、雨宮はすぐに指示を飛ばした。



「総員。二体目の大蛇の足止め、可能ならば退治を」


「はい!」



 告げるだけ告げると、雨宮はすぐに走り出した。その後ろを大蛇の巨体が追って来る。後ろにそれを確認しながら、雨宮は少しでも二体目と離すために走る。


 時折後ろから大口を開けて突撃してくるのを避けるのは至難だが、雨宮とて妖退治をし、幾多の困難に立ち向かってきた万所よろずどころの“頭”。術だけでなく体の動かし方もまた鍛錬してきたからこそ、大蛇の突撃を見極める事も出来る。

 避けられないと判断すればすぐに術で障壁を築く。その壁は大蛇も容易には砕けない。



裂破れっぱ!」



 霊力の塊が撃ち出される。命中した大蛇が悲鳴のように叫び声を上げる。

 天に仰け反るような大蛇の体は、いつだってその尾は視えない。森の中に埋もれ視認できないのだ。



(しかし逆に、大蛇が森中を巡り町に出る事が無い所を見ると、尾は動かないようにしてある…? ならば、そこが力の吸収地点)



 そこが、玉か、それに近い場所。雨宮は推理した。


 その推理は当たっていた。咲光さくや達が現在戦っている場所にある滝。滝壺から流れる水がつくる川が、大蛇の尾が隠されている場所なのである。

 負や死に染まる水の中に身を隠し、そこから流れて来る力を得る。しかも大蛇は妖力が強く、川から上がる体は容易に見つからないよう隠している。妖力の蔓延する森では、隠れている姿を見つけるのも難しい。

 そしてそれは、本来清らかに流れる水がそれだけけがされているという事。


 感覚を鈍らせる森。力が強い故に隠れるのも上手い妖。水という隠れ蓑。様々な要因が万所を苦しめる。


 雨宮の攻撃を大蛇は鬱陶し気に睨み、顎を開いて襲い来る。巨大な大蛇のそれは避けるのも一苦労だが、雨宮は出来るだけ動いて避ける。



(霊力は可能な限り温存を。しかし無駄な動きで体力を削ってはいけない)



 どちらも温存したい。出来るならそれがいいが、現状ではどちらかを捨てる心づもりが求められる。

 どちらを取るのかと問われれば、雨宮は霊力と答える。妖を退治するにあたって、まだ残る敵と戦うために。

 だから多少疲弊しようとも、風圧に飛ばされそうになっても、霊力の消費を抑える。


 離れた所では、衆員達も大蛇を相手に踏ん張っている。一人で挑まず、数人ずつで術を唱え、強力なものにしている。

 それを一瞥し、雨宮も大蛇へ術を放つ。



「………?」



 幾度も術をしかけていた雨宮の視線が険を帯びた。

 術を与えた大蛇の身が、わずか再生しているように視えたのだ。



(周囲の妖気を吸収している…? それか、自己再生の力が増すほどに、大蛇の力が増している…?)



 妖は決して、傷を受けてすぐに再生するような存在ではない。どれだけの妖力を持っていても、再生には人よりは早いが時間はかかる。


 斬り傷は一日。深い傷や斬り落とされるような傷は数日。致命傷に近い傷は数十日。虚木うつぎ禍餓鬼かがきとて、回復には時を要する。


 が、中にはそうでない存在がごく稀にいる。

 虚木や禍餓鬼すら上回る妖力を持つような妖ならば、己の膨大な妖力を回復に回し、自己再生力を高める事はできる。多少深い傷でもすぐに治るように。

 が、結局の所は己の妖力を回復に回しているので、己の妖力を削る事になり、削りすぎればその回復力も落ちる。


 無限に使える力など、存在しないのである。






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