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縁と扉と妖奇譚  作者: 秋月
第十一章 大蛇編

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第百四十四話 埋められない差

♦♦




 復活した大蛇おろちの元へ、祓衆はらいしゅうと退治衆を率い向かった雨宮あまみやは、二体の大蛇の元へ辿り着いた。

 今なお、結界に捕らわれた大蛇がいる。回復に努めていた二体はまだ少々傷痕が残るものの、こちらを鋭く睨んでくる。この様子ではすぐに攻撃に転じて来るだろうと、雨宮は大蛇を見た。


 復活した大蛇を倒すには、高度な術と膨大な霊力が必要になる。そして、結界を一度解かなければならない。その間の対処も必要。


 祓衆の中にはそれなりに霊力のある者もいる。が、全ての者に退治の為の術に回ってはもらえない。



(これだけの大蛇を二体…場合によっては三体全てを倒す為に必要な霊力は、私一人では補えない)



 だからそのために、雨宮はある手を考えた。






♦♦




 それは、衆員を集めた会議を行う前、咲光さくや達が布団に倒れ込んでいた時の事。


 総十郎そうじゅうろうと雨宮は二人で今後の方針を話し合っていた。大蛇に加え虚木うつぎへの対応もある。

 顎に手を当て考える総十郎に、雨宮は静かだがはっきりと告げた。



「大蛇は私が対処します」


「…それは祓衆で?」


「えぇ。ですが、いささか霊力に不安がありますので、神来社からいとさんにお願いしたい事が」



 衆員の中でも、同じ“とう”である鳴神なるかみよりも、霊力の強い雨宮の言葉に、総十郎は瞬く。

 霊力は無尽蔵ではない。虚木や禍餓鬼かがきを全員で相手にするにしても、強大な大蛇三体にしても、退治出来る数名で挑む事に不安を抱くのはおかしくない。



(いや。雨宮さんは大蛇の先に虚木と禍餓鬼を見据えてるな……)



 “頭”としての役目を果たす為、雨宮は先を見ている。それを感じ、総十郎は「何だ?」と雨宮を見る。

 その目を雨宮はまっすぐ見つめた。



「一つは、神来社さんの祈りを頂きたい事と」


「あぁ」


「一つは、髪を数本頂きたいのです」


「……髪?」



 総十郎は思わず自分の頭に触れた。その手の茶色い髪に雨宮は頷いた。

 確かに頷かれ、総十郎は一瞬沈黙すると、昔読んだ書物の術が浮かんだ。



「……呪殺?」


「違います。なぜ私が神来社さんを呪殺する事になるのか、ご説明願えますか?」


「ないない。理由。………ない」


「今のは少々気になりますが、結構です。私も説明が不足していましたね」



 総十郎とて本気で呪殺を考えているわけではないが、よぎってしまったので思わず口からこぼれたという様子。

 ふぅと息を吐き、雨宮は改めて説明する。



「神の御力を借り受け、私の霊力の消費を抑えます。神の御力を、神の威を、最も強く借り受けられるのは神来社さんですから」



 雨宮の言葉に、総十郎も成程と頷いた。


 “頭”の中で、最も霊力が強いのは雨宮だ。しかし、最も強い神の威を借り受けられるのは総十郎である。

 その差も、それが神来社家故である事も、雨宮は理解している。

 総十郎の髪を貰うのは、それを媒介に借り受ける力を強める為。



「私が毎日、神前で祈りと感謝を捧げる数珠があります。それに神来社さんにも祈りを込めて頂き、その数珠を神来社さんの髪を縒り合わせて通します」


「それなら確かに、普段以上の御力を借り受けられるな…」


「えぇ。大蛇が本命ですが、“頭”として見過ごせぬ相手もいます。……今は特に」



 言葉の裏の意味に総十郎も深刻な表情で頷いた。総元から“頭”の四人には知らせが飛んでいるだろう。

 かつてない緊迫した状況が続いている。



「分かった。すぐ準備する」


「ありがとうございます」



 雨宮の要望を叶えるため、総十郎は雨宮の数珠の珠、一つひとつに祈りを込め、そして長い髪を数本切って雨宮に渡した。

 そして雨宮はそれを使い、特製の数珠を作り上げた。




♦♦






 大蛇を前に、雨宮はすぐに指示を出した。衆員達は皆まっすぐ上官である雨宮を見つめている。



「一体ずつ結界を解きます。しばし厳しい戦いになるでしょうが、無理に前へ出ずとも構いません。足止めで結構」


「了解しました」


「では参りましょう」



 一同が大蛇を見据える。結界の中の大蛇はそれぞれ、威嚇するように舌をちらちらと出しながら雨宮達を睨んでいる。

 その眼光に怯む事もなく雨宮は構えると、赤羽と山本を見て頷いた。



まがつ風退き返し、満ち満ちたる生命の光――」



 雨宮が詠唱を始めると、赤羽と山本は、自分達が張り雨宮が補強してくれた結界を解くための詠唱を始めた。自分達が結界を解けば、雨宮の術も消える。

 両者の詠唱に、他の衆員達は臨戦態勢を取る。


 術の詠唱は途中で止まってしまえば無力となる。口に乗せれば最後、途切れず唱え続けなければいけない。途切れればまた最初から。


 雨宮の周囲を彼女自身の霊力と、総十郎の髪と祈りを媒介に増した神威が満ちる。ぶわりと変わった空気が髪や着物を遊ばせる。


 雨宮は祈り、そして唱える。

 祈りとは己以外のなにかの為のもの。己の為は祈りではなく欲。欲はいずれ禍をもたらす。

 幼い頃から、雨宮はそれを知っている。だからいつも心を傾けて、祈る。



「神の御心を和め、鮮潔なる地に坐しまする万の神々の息吹――」



 強力な術は、その分の霊力を必要とし、身体への負担も増える。

 が、一切表情にも出さない雨宮は大蛇の眼前で唱え続ける。雨宮の詠唱が終わるより早く、赤羽と山本が結界解呪を終えた。


 バリィッと視えていた結界が砕ける。昨夜雷神の一撃を喰らった大蛇は、少々の傷を残しながらも、大きな咆哮を上げると、詠唱を続ける雨宮に大口を開けて迫った。

 その行く手を、祓衆と退治衆が止める。「禁!」と束になって唱えた障壁が大蛇を弾き、神威の刃が続けて襲う。



「地の神、風の神、水の神、坐します神々の御名によって天の八雲吹き払い、万魔を退けたまえ――!」



 力強く、厳かな声が術を放つ。雨宮の霊力と総十郎が乞うた神々の威が強大な術となり、大蛇へと打ち落とされた。

 その一撃に一同は思わず目を閉じる。再び開いた瞬間、大蛇の姿が黒い靄となり消えていった。






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